第4話 灰色の記憶

 見た目ゴツゴツしている岩で出来た階段なので、ヒールだと辛いと覚悟していた。


 あれ?

 しかし、不思議と歩きやすく、バランスも崩れることがない。ゆっくりゆっくりと階段を踏みしめるが、思ったよりもすいすいと足を進められた。


「この階段、歩きやすいですわ!」

「それなら、よかったです。雨神様も歓迎しているようです」

 落ち着いた口調で話す夕雅様。優しい微笑みに良い人だなあと思う反面、罪悪感からか物凄く申し訳ない気持ちになってくる。


「神宮では雨神様からの婚姻の祝福を受けてもらい、後日改めて婚姻お披露目の儀を行います」

「別なのですか」

「ええ、お披露目に関しては準備するのにテュベルーズ殿の協力も必要なので。先に祝福を受ければ、雨神様に認められた夫婦になります」


 ここを上れば、このまま結婚となるのだろう。しかし、実は、私はこの結婚に幸せを見い出しに来たわけではない。

 罪悪感でチクチクする心の痛みを感じていると、私の気持ちが伝わったのかは知らないが、急に夕雅様が質問を振ってきた。


「テュベルーズ殿、緑壁国の魔女の集落で育ったとお聞きしたのですが、どのような場所なのですか?」

「えっ、ど、ど、どのような場所って!?」

「我が国には祈祷師や陰陽師と呼ばれる人たちはいるのですが、魔女という人たちは初めて聞くので」

「あああ、そうですわよね、あはは、そう、ですよね、気になりますよね」

 私の身体から冷や汗がタラタラと流れ始める。夕雅様の顔は優しく微笑んでいるので、他意はないだろうが。

 いや本当に、この場合どうやって返すべきなのか。私は必死に故郷を出るときの事を脳内で掘り返しながら、どう伝えるか思案し始めた。



 緑壁国の最も北にある《呪いの森》。黒く変色した木々と霧に覆われた不気味な森に、マンションと呼ばれる大きな四角い朽ち果てた建物。

 黒いドレスに、黒い魔女帽子。そして、全顔を覆う薄い青みを含んだ白ムーンホワイトの仮面を着けた女性たち。そして、まだ幼く仮面を着けていない自分の娘たちだけが住んでいる。


 白仮面を着けた彼女たちの通称は、《武装魔女ベヴァフネン・ヘクセ》。

 緑壁国において、最凶の切り札と呼ばれている女達であった。

 そして、その彼女たちが住む集落マンションこそ、私が生まれ育った《白黒モノクロの摩天楼》である。


「テュベルーズ、わかってるだろうけど結婚したら、とっとと離婚して・・・・・・・・帰ってくるのよ。あの半人前で馬鹿だった姉さんの分まで武装魔女・・・・として、立派にならないと。ただでさえ、あんたは姉さんに似て、とろくて、抜けてるんだから。下手したら母親と同じように・・・・・なるわよ」

 旅立つ前の私の肩を掴み、かなり厳しい口調で魔女の掟の一つを話す黒髪の武装魔女。厳しい言葉に、私の身体は緊張でがちがちに固まる。


「わかっております、アリウム叔母様。なるべく早く帰ってきます……!」

 アリウム叔母様と呼んだ彼女は、死んだ母親の代わりに私を育ててくれた人だ。この集落でも一番強い武装魔女であり、二十年前の大戦乱では、先頭で戦ったという鉤爪かぎづめの魔女。


 半人前のまま私を産んで死んだ母親は、この村で《戒め》の一つとして扱われている。

 何度も母親のようになるなと言われ、私は育てられてきた。


 そう、私は彼女の言うとおり、幸せな結婚生活を夢見て来たわけではない。

 離婚をして、武装魔女になるために、ここまで来たのだ。

 

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