第3話 新緑の道


 心地よい風、木材の車輪が道を駆ける音、土の道を蹄が蹴り進む音。視界を移ろいでいくのは、木の間から注ぐ暖かな陽の光、新緑、樹の幹、土。

 鼻には心安らぐ森の香り。

 感じる全てが新鮮で、私は声には出さないものの、年甲斐もなくはしゃいでいた。隣に人がいなければ、スケッチブックを出して、見える色全てを描き留めていただろう。


「グリネワンド殿、座り心地はいかがですか?」

「最高です。座り心地も、デザインも、この木々も!  ……あとテュベルーズでいいです。あまり、家名で呼ばれ慣れてないので」

「そうなのですね。では、テュベルーズ殿とお呼び致します。私のことは、夕雅と」

「なら、まずは夕雅様と呼びますね」

「ええ、呼びやすいようにお願いします」


 自分の隣に座る夕雅様の問いかけに、漆黒の車体と座る部分の艷やかなガーネット色の座席を撫でながら答える。

 今乗っている乗り物は、馬の頭と人間の身体を持つからくり人形が引っ張る《からくり人力車》。妙に写実的な馬の頭と、木で出来ているとは思えないほど精巧な筋肉ムキムキの身体。人形の服装が藍色の前掛けと、胡粉色の短い下履きのため、人形といえど私にはまだ刺激が強い。なるべく視界に入れないよう馬の頭を注視する。

 そんな不思議な乗り物で、雨神様がいるという場所に向かっていた。


「それにしても、からくり人形なんて初めて見ました。何故、馬の頭なのかしら?」

「馬の頭は、死んだ祖父の趣味ですね。馬が好きだったのです」

 馬好き、それならば人の体にしなくともと思ったが、死者の真意を探るのは無粋な真似だろう。ちなみに、頭に巻いてる布は、ハチマキというらしい。


「ヒヒヒンッ! ヒヒヒンッ! ヒヒヒンヒンッ!」

「夕雅様、これは何と言ってるんですか?」

「道を曲がる合図ですよ。テュベルーズ殿、あと少しで雨神神宮あまのかみじんぐうに到着です」


 森を抜けた人力車は見事なカーブを描き、道を曲がっていく。一気に眩しくなった世界、私の視界には空を映し出した鏡のような広大な湖が広がっていた。


「ヒヒーンッ!」

 もう一度人形が、まるで到着を合図するようにいななく。暫くして、その人力車は、白く塗装された大きな木組みのような物の前に止まった。見たことのない建造物、更にその建造物は灰色の石畳の緩やかな階段を囲むようにずらららっと連なっていた。


「これはなんですか?」

「雨神神宮の雲鳥居くもとりいです」

 確かに改めて見上げると、青空も相まって、鳥居の白色がまるで連なった雲のように見える。


「私達は今からこの階段を登っていくのですが、履物は大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です」

「無理はなさらず、無理だったら言ってくださいね」

 そう言って、夕雅様は私に手を差し出した。エスコートされるなんて人生で初めて。少しドキドキしながらも、美しい青白い手におずおずと私も手を重ねた。

 それにしても、横に立つと小さい身長の彼がよく際立つ。そのせいか、先程隣りに座っているときよりも幼く見えた。


「お目通りをすれば、雨神様から祝福される夫婦となります。婚姻の儀とも言われてるのですよ」

「そうなのですね」

「ええ、祝福はテュベルーズ殿を守るでしょう」

 お目通りすれば、私達は神様的には夫婦になるのか。でも、彼は本当に、私と結婚でいいのかしら。

 どうしてもその不安が心に過る。

 そうしてる間に、人力車は次々と止まり、迎えに来てくれていた人達も私達の下へとやってきた。


「若様、嫁御様、お気をつけていってらっしゃいませ!」

「「「いってらっしゃいませ」」」


「行ってくる」

「行ってきます」

 老人の言葉に続き、深々と頭を下げる数十人の無表情な人たちに送られる私達二人。

 夕雅が先に立つようにして、一歩その階段に踏み出した。



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