第8章 『結成‼ トクサク』(エピローグ) 

31話

「地球を守る、星の使徒ォー‼ 環境、戦士エ、コ、イ、ストォー‼ はぁ……はぁ……」


 本日五度目となるアウトロ部分を歌い終わると同時に、俺は激しい息切れを起こしながらその場に倒れこんだ。


 そんな俺の醜態を瀬名は不満そうに、そして先生は呆れた風に見つめてくる。


「決起集会の場所が、どうしてカラオケなのよ……」


「仕方無いって、瀬名ちゃん。英路にそんな気遣いを期待したところで、たかが知れてるよ」


「それはまぁ、何となくわかってきてますけど……」


「それに、まだ未公認団体にも登録してないのに、部室なんて使えるわけ無いって。まぁ、他にどこかあっただろとは、あたしも思うけど……」


「あんだよ、君たち……不満あるなら、面と向かって…… はぁ、はぁ……」


 人が熱唱している最中、さも興味がないようにそう愚痴をこぼす彼女らを見ながら、俺も不満を口にした。


 後日、我が特撮サークルへの瀬名の加入を祝し、また瀬名を先生に紹介するための良い機会と考えた俺は現メンバーでの決起集会と称して、初めて先生と瀬名の顔合わせを実現させた。


 一応は龍法大学公認学生団体を目指している以上、形式ばったところを使いたかったのだが、そうした学内施設の利用は未公認団体からでしか利用許可が下りず、仕方なく龍法の最寄りである田吉駅近くのカラオケを、その集会の場として使用している。


 瀬名は俺のそんなおざなりな対応が不服だったようで、ぶつぶつと抗議の意を示しているが、俺にとっての懸念材料はそこではなく、先生と瀬名の顔合わせだった。


 どちらもなかなかに我の強い二人。仲良くできるかと心配で仕方なかったが、それは無用だったようで、俺なんかよりも特撮歴が長い二人はすぐに意気投合し、俺を差し置いて二人で仲良く話を続けてしまう始末。


 挙句お互いに瀬名ちゃん、八宮先輩と言い合う仲にまで進展し、残った俺は一人で歌っていろという所業を科せられていた。


「君たちさぁ……人が歌ってるんだから、合いの手は無いにしても、少しは関心を向けない? 非常識じゃない、それ?」


「仕方無いでしょ。私、今マスクの製作中なんだから」


「あたしは、ちゃんとマラカス振ったんだから、文句言われる筋合いは無いな」


「先生に関しちゃ、そのシャカシャカがうるさすぎて肝心の音源が聞こえないんだよ‼ あんた、適当に振ってただけだろ⁉」


「あぁ、もううるさいなぁ……もう一曲歌ってな」


 そう言いながら、先生は手元のタッチパネルを操作する。すると画面には環境戦士エコイストの主題歌、『環境戦士エコイスト』が再び表示されてしまった。


「あ⁉ またかよ、チクショウ‼」


 せっかく手放したマイクを再び手に持ち、本日六度目となるエコイストの主題歌が始まった。


 歌いたくなければ歌わなければいいだけだのだが、熱い特撮ソングが流れて歌わないなんて、特オタの名折れだ。流れてきたら最後、本能的に歌わざるを得ない。


「そう言えば、八宮先輩、就活で忙しいって八神君から聞いてましたけど、大丈夫なんです?」


「まぁ、やばいっちゃやばいんだけど、英路に手伝うって約束しちゃったからなぁ。あくまで人数合わせみたいな感じだけど、私が卒業するまではこいつの面倒見てやろうと思ってるよ」


 そうして、俺がこう熱唱しているというのに、そんな苦労も知らず、その傍らで彼女らは絶えず俺を差し置いたガールズトークに勤しんでいる。


 さっきの俺の抗議なんてさも耳にも入っていない様子だ。


「あ、でもこの前受けた英撮に関しちゃ、結構受け良かったんだよなぁ……英路のロー・テクターのこと話題に出したら、めっちゃ食いつきてきて……ワンチャンあるかも」


「へ、へぇ~、英路君の……」


「あれ? 瀬名ちゃん、もしかしてアイツのこと下の名前で呼びたくなった?」


「ぜぇ……ぜぇ……なんか、言った……?」


 一番を歌い終わり、間奏に入る直前に俺の名前が呼ばれたような気がして、瀬名に尋ねる。


 そんな俺の問いかけに、瀬名は何故だか顔を赤くして、少し焦ったように弁明をした。


「いや、別に⁉ ほら、英路君って呼ぶとヒーローみたいで格好良いじゃないですか⁉ そうだよね、ひ、英路君⁉」


「あぁ、確かにヒーローっぽい……って、二番が始まっちゃう……‼」


「ふ~ん……そうねぇ……」


 先生は何やら意味深そうに、瀬名の方を見つめている。その目つきはなんだかやらしい。


「というか、そう言う瀬名ちゃんの方こそ大丈夫なの? 英路の話じゃ、龍気体に籍を置いてるって聞いてるけど」


「それならもう清算済みですよ! 自分の学ランに退部届を添えて、龍気体に送りつけてやりましたから‼ 今日届くようにしてたから、そろそろ…… ほら‼」


 熱唱中の俺には、彼女らが何を話しているのか、全く聞き取れていないのだが、瀬名が先生にスマホを見せると、それを見た先生は腹を抱えて笑い出した。 


 この前、食堂で俺の失態を話した時よりも笑い転げている。


「っぷははは‼ それも素顔だけじゃなくて、マスク有りバージョンもあるなんて、確かに、こいつはとんだヒーローだよ‼」


 ひとしきり先生が笑い終わるのを待って、瀬名は続けた。


「それに、ここにいても、龍気体とは戦えますから‼」


「戦う? でも、どうやって?」


「簡単ですよ。来年度の公認申請枠で、龍気体じゃなくて私たちが公認申請の枠を取ればいいんです。公認団体になれば、自治会の出席権と議決権が手に入りますから、全会一致を採用している龍気体の横暴はそれで止められます‼」


「なるほど、だから連中、ここぞとばかりに他の学生団体を吸収してたのか……それじゃあ、当分の目的は公認申請を目指すってことだな? この計画書通りに……」


「はぁ、はぁ……もう無理……」


 何やら話がまとまったところに割り込むような形で、俺はボックスソファへと倒れこんだ。


 流石に六度目は歌えない。もう喉はぼろぼろで、掠り声しか出てこないでうめき声を上げる俺に、瀬名がドリンクを手渡す。


「お疲れ様ー お茶でも飲めば?」


「なんて無責任な……でも、いただきます……」


 ただでさえ連続してのカラオケは体力を使うというのに、俺が歌った特撮ソングは強烈なサビに加えて、恐ろしく早いテンポがあるために無駄に体力が消費されてしまう。


 とは言え、自分の設立した本サークルのリーダーもとい代表でもある俺抜きで今後の予定を決められてはたまらない。


「ぷはぁ……! で、目的が何だって?」


 勢いよくドリンクを飲み干して、喉に潤いを取り戻す。同時に掠れ声も多少良くなってきた。


「当分の目的は、公認申請を目指すってことで良いんだろ、英路?」


「……だね。そのためにはまず、未公認団体登録のための人数として、あと二人、仲間が必要なんだよなぁ……」


「それを見越してるから。こうしてベースマスクを作って、ガワコス製作してるんじゃない」


「まぁ、そうなんだけど……時期的には次の冬コミにでも参加できれば、良い活動報告になってくれるかとは思うんだけどさ、それだけだと少しパンチが……」


 大学の一サークルとしての活動以前に、俺たちの持つ技術は英雄会どころかアマチュアのコスプレイヤーにさえ届いていない。


 英雄会からはおそらくブラックリスト入りしてるだろうから、もう一度潜入し、情報を盗み取ることは不可能だろう。


 それ故に、技術の提供が滞っている現在、それを手に入れる最も効果的な場所はコスプレ会場が有力視される。


 そうすれば、団体の活動報告として部員勧誘の広告にも使えるし、ついでに他のコスプレイヤーさんやガワコスレイヤーさんからの技術も入手できるという算段だ。


 とは言え、それだけでは広告としてのパンチが足りないのは言うまでもない。そう懸念していた俺に、瀬名が特大の爆弾を投げかける。


「パンチならどでかいのがあるじゃない。キャンパスでの英路君の摘発が良い意味で広告塔みたいな役割になってるから、知名度は抜群よ。君の名前を知らない人とか、今の龍法には誰一人いないんじゃない?」


「えっ、俺聞いてないんだけど…‥うわっ、なんかめっちゃ通知来てる……」


 カラオケ中、ポケットに入れてあるスマホがやけに音沙汰うるさいと思っていたが、いよいよキャンパスにおける俺の摘発が実行されていたようで、ホーム画面はその通知で埋め尽くされている。


「ほら、やっぱり広告効果の期待大よ。摘発が広告になってくれて、逆に良かったんじゃない?」


「まぁ、今更気にはしないけどさ……」


 ただ、これだけの通知は流石にちょっと引く。当分、キャンパスに触れることはないだろう。


 だが、そんなことは瀬名を引き入れた時点で覚悟の上だ。俺たちはこれから、ヒーローを作ると同時に、龍気体を打倒するという目的も備えているのだから。


「それはさておいてだな。とにかく、今年度までに何とかメンバーを二人かき集めて未公認申請を通す。それが出来次第、来年度の公認申請を目指して、色々実績を作るってのが今後大まかな今後の予定になるつもりだ。何なら、英雄会みたいに学祭でヒーローショーとか出来たら万々歳なんだけどな……」


「まぁ、期待はしすぎても損は無いし、良いんじゃない?」


「了解。あたしもできる限りのサポートはしてやるよ」


 瀬名も先生もこれといった異論はなさそうだ。


「よし、それじゃあ、とりあえずの方針はこれで決まりだ‼」


 そんなやる気に満ちた予定を揚げた矢先、先生がふとある疑問を口にした。


「それで? 名前は一体どうするんだ?」


「ん? 名前?」


 俺がそう聞き返すと、すかさず瀬名がその疑問に答えた。


「このサークルの名前よ。さっき八宮先輩とも話したんだけど、特撮研究会とかじゃありきたりで面白くないでしょ?」


「そうそう、なんなら英雄会みたいに、その団体独自の方が広告効果も相まって良いだろ?」


 そんなことを言われて初めてそのことに意識が向くと同時に、なるほどとも納得した。


「あぁ、確かに……考えてもみなかったけど、それは一理あるなぁ……」


 ありきたりな名前では面白くない。いずれは英雄会とも肩を並べるのを目的とするならば、俗っぽい名前ではなく、何か覚えやすくて、特徴的な名称にしたいものだ。


「うーん、そうねぇ……特撮ヒーローを作るサークル……縮めて……トクサク、とか?」


パッと出の案を言葉にしてみただけだったのだが、それにしては案外受けは悪くなく、瀬名と先生の反応はむしろ好印象だった。


「トクサク、ねぇ……嫌いじゃないな」


「悪くないんじゃない? やっぱり英路君、ネーミングセンスに関しては結構良いもの持ってるわね」


「悪かったな、それだけで……」


 さり気ないディスリに、間髪入れずに俺は文句を入れる。


 だが、たとえそれだけとは言え、真正に褒められるということに悪い気はしなかった。


 何度も挫折しかけて、ようやく始まった俺のヒーローの道。


 まだ始まったばかりで、この先にも様々な難関が控えているものの、今の俺には、いや俺達ならばその全てを乗り越えていけるという得体のしれない自信が俺にはあった。


 そんな俺の決意をあたかも宣戦布告のように、俺は言葉にする。


「うし‼ それじゃあ、今日が我らがトクサクの記念すべき結成日だ‼ 打倒龍気体、目指せ英雄会、そして俺の、いや、俺達のロー・テクターの実現に向けて、気合い入れていくぞ‼」


「「おー‼」」


 こうして俺の、いや俺たちの特撮ヒーローを作る物語、トクサクの活動が今、その扉を開いた。

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特作(トクサク!!) オメデタガ @omedetaga

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