プロポーズ
白川津 中々
◾️
高級ホテルのレストランはプロポーズにうってつけのプレースであり、案の定、男はポケットにプラチナ拵えのブライダルリングを忍ばせていた。
「ガーネットちゃん」
「なぁに」
神妙そうな男の面持ちにガーネットちゃんと呼ばれた女はなにがあるのか察したようだが敢えてすっとボケてみせていた。まさか「プロポーズでしょ」と聞くわけにもいかないし、露骨にソワソワしたりしたら沽券に関わるから、あくまで日常の一幕での何気ない会話のつもりで相対しなければならないのである。
「その、話があるんだけれど」
「え、えっと……なぁに、改まって」
ガーネットちゃん、一瞬浮つき吃る。齢三十二。まだまだ現役とはいえひしひしと老いを感じる歳。若さの光が薄らと残っているるうち籍を入れて結婚後の喜びを噛み締めたい願望はあった。男とダラダラと交際関係を続けるのも不安だし、分かれて別の人間と一から信頼関係を構築するのも時間的、精神的にしんどい。さっさとマリッジ決めたい焦りが、ガーネットちゃんに隙を与えた。
「あ、分かった、夏休みの旅行でしょ。そろそろ決めないとね」
露骨なリカバリは逆効果であるがなりふり構っていられない。ガーネットちゃんは結婚など微塵も心にないという素振りを見せこのイベント序盤を切り抜けたいのだ。お気持ちを察してあげるべきであり、男には、その度量と気概が必要となるが、果たしてどう受けるのか。
「旅行じゃないんだ」
華麗なるスルー。素通り御免。男の本気の眼差しがガーネットちゃんを突き刺す。
「な、なんだろ」
ガーネットちゃん、乙女の表情。男の言葉に期待大。持続するハートシェイク。男の言葉を待つ。
「……」
「……」
ガーネットちゃん。男の言葉を待つ。
「……」
「……」
ガーネットちゃん。男の言葉を待つ。ただ待つ。
「……」
「……」
ガーネットちゃん。男の言葉を待つ。ただ待つ。ただただ、待つ。
「……」
「……」
ガーネットちゃん。待つ。ただ待つ。ただただただただ、待つ。待つ、待つ!
「あの……」
「……」
「……」
ガーネットちゃん、待ちきれず声を出す。しかし男のオーラにより息を呑むと共に沈黙。焦らしは十分。十分過ぎる。男の圧は依然上昇。あたりの空気が歪む。
「たとえば」
男が口を開く。
「たとえば」
いったい何を例えるのか。
「たとえば君が傷ついたとして、挫けてしまいそうになった時があったとする」
「え?」
「そんな時は、必ず僕が側にいるから、支えてあげるからね、その肩を」
「ちょっと、ねぇ」
「世界中の希望を乗せて、この地球は回っていると思うんだ」
「待って、ねぇ」
「今が、未来の扉を開ける時じゃないかな。悲しみや苦しみが、いつの日か、喜びに変わるだろうから」
「待って、ちょっと、一旦待て、マジで」
「あーいびりー……」
「おい!」
「え?」
「えじゃないよ。あんた今、何してんの?」
「何って……聞いちゃうそれ〜?」
「ふざけるなよ?」
「すみません……」
「プロポーズしたいんだろ、なぁ」
「まぁ、はい。そういったものといいますか、それに近いものというか、プロポーズ的なものですかね」
「で、高いレストラン予約して、そのポケットに指輪入れてんだろ?」
「いやぁ、まぁ、指輪といいますか、指輪的なものといいますか」
「それでなんで?」
「……はい?」
「なんでだって聞いてんだよ」
「あ、はい。その、人柄に惹かれたといいますか、顔はタイプではないんですが……」
「あぁ?」
「あ、すみません」
「聞いてんのは結婚したい理由じゃないねん。なんで合唱の曲の歌詞をもじってプロポーズしてんねん」
「いや、なんか、考えたんですよ色々。毎朝味噌汁を作ってくれとか」
「おぉ、それでええやんけ」
「ただ、なんかこう、ありきたりかなって」
「そんでなんでこの歌やねん」
「関白宣言の方がよかったですか?」
「そういう問題ちゃうねん。まず歌を使うな。使うにしてもちゃんと使え。いらんアレンジを加えるな」
「いやぁ、そのまま使うとJASRAC的に……」
「使うなっていってんのよ。あとJASRACとかいうな」
「だって結婚指輪より高い金額請求されるんだよ?」
「いらん事を言うな。もう台無し。全部。せっかくプロポーズ受けようと思ってたのにアカン。もう無理」
「ガーネットちゃん」
「あぁうるさいうるさい。もうええねん。無理無理。けったクソ悪い」
「ガーネットちゃん!」
「……なんやねん」
「ごめん。俺、想いを伝える事だけ考えてて、想いを伝えられる人の事を考えてなかった」
「……」
「ガーネットちゃん。難しいかもしれないけど、もう一度だけ、もう一回だけ、一からやり直させてほしい」
「……自分。ほんまにできるん?」
「ユー、ビリーブ、フューチャー、信じてほしい」
「やっぱ無理やわこいつ」
プロポーズ 白川津 中々 @taka1212384
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