第8話 辺境伯

「ステラだ。今日からうちの末っ子」


 魔族の序列二十八番目である美しい黒髪の騎士は、困惑したままの少女を抱き上げながらそう、自身の親に紹介した。対峙した彼の両親は、突然紹介された『新しい自身の子ども』を見て、目を丸くしてから、何度か瞬きをする。


「どこの子ども、……いや、人間じゃないか。どうしたんだ?」


 最初に口を開いたのは男親、つまり、この魔界と人間界の境目を守護する辺境伯、魔族の序列であれば二百五番の男だ。長男とは異なり、彼は狼の顔を持つ獣人だ。二足歩行はすれど、顔や体質は狼よりの彼は、人よりも素直に「人は魔界にいてはいけない」と言葉を続ける。


「でも来ちゃったならしょうがないか……?」


 彼は自身の長男の腕に抱かれた少女を見て困ったように眉を下げ、「そんなことより、どうして、その子、そんなに痩せているんだ……」とも言う。人よりもずっと素直に命の尊さを知っている彼は、その毛むくじゃらの手を伸ばし、ステラの頬に触れた。


「うちの子にするのに反対はないが……しかしな……どうしましょうか?」


 彼は自身の隣で厳しい顔でステラを睨んでいる妻、辺境伯の妻にして魔族の序列で言えば百一番の女性に問いかけた。彼女は息子に近く、人のような形をして、狼の耳と狼の尻尾を持っていた。長男より年上に見えないほどの恐ろしい童顔の彼女はふさふさの尻尾を振り回す。


「ね、どうしたいです……?」


 彼女は夫から再度投げられた問いかけに、難しい顔をしたまま小さく口を開く。そしてなにかつぶやくが、それはあまりに小さい声で、隣りにいた夫の耳にすら届かなかった。

 そのため夫は妻のつぶやきをたしかめるために、妻の口元に、その狼の耳を寄せた。


「……かわいい」


 彼は妻のつぶやきを聞くと、神妙な顔で頷く。


「女の子はいませんからね」

「そう……女の子は諦めていました……」

「人の子ですが……」

「でもすごくかわいい……」


 夫婦はそんな会話をした後、まず妻は長男を見上げる。


「この服は?」

「妹ができたら着せたかった服。給料出るたびに一着買ってた」

「わかる……私もたくさんある…」

「……母さん」


 長男は着飾ったステラを自身の母に受け渡す。ステラは困惑したまま、気がつけば女性の胸に抱かれていた。女性は神妙な顔のままステラに頬を擦り寄せた。彼女の大きな狼の耳が鼻先に触れ、ステラはつい微笑んだ。それはとても気持ちが良く、くすぐったい耳だったからだ。

 そして、その彼女の微笑みが……しかし、決定打となった。


「ぼく、妹がほしい! ステラがいい!」


 まず素直に叫んだのは白い大きな狼だ。

 そもそもステラを拾い上げたのは彼なのだから、彼がステラの笑顔に落ちるのは自然の理だった。


「俺もこの子はうちで保護するべきだと思う。俺の序列もある。うちならこの子を大事にできる」


 言葉を続けたのは長男だ。彼は抱っこしていることをいいことにスルスルとステラの頬に自身の頬を擦り寄せる。ステラはずっと困惑しているが、彼らはそんなことは気にしない。


「母さん、私もちょうど娘がいてもいいと考えていた。人の子も魔族の子もそう変わりはしない」


 自身の立場をなげうってむちゃを言い出したのは辺境伯だ。彼は魔界に紛れ込んだ人間を押し返す仕事をしているにも関わらず、さりげなくステラの右手を握り、その人間特有の低反発力を楽しんでいた。

 そうして、家族の視線を集めた辺境伯の妻は、神妙に国を開いた。


「……この子、その……私達が貰って困る方はいらっしゃるのかしら……? 私達が甘やかして困るような、その……不届者は……?」


 ステラは困った顔をして、長男は首を横に振った。

 それで、この辺境伯一家の総論となった。

 こうしてこの瞬間からステラは魔界辺境伯の末娘となったのだが、ステラはまだなにが行われているのかわからず、魔石を握りしめたまま、魔族たちの腕の中で困った顔をしていたのである。


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生贄の少女と魔族の騎士 木村 @2335085kimula

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