閑話 大いなる意思
ステラと名付けられた少女が困惑しながら魔族の青年に抱き上げられていた同じ頃、魔界ではもう一つ、異例のことが起きていた。
それは奇しくも少女が目覚めた廃墟の舞台の上で始まっていた。
――それは光だった。
舞台の苔の下にある溝、それは少女が去ってから少しずつ、少しずつ光り始めていたのだ。やがてその白銀の光は苔を焼いていった。焼き焦げた苔が消え、やがてそこには模様のように、大きな一つの魔法陣が浮かび上がった。苔を焼き切ってもなおその魔法陣から溢れる光が強くなっていく。
とどまることないその白銀の光は廃墟のすべてを照らしていた。最早天井もなく、壁も崩れた廃墟と化していたはずのその場所は、しかし白銀の光に照らされることでもとの荘厳さを取り戻していく。
――かつてここにあった『ナニカ』。
厳かで、恐ろしい『ナニカ』。
それを讃えていたこの神殿の力が蘇る――
しかし、やがて魔法陣の中心に白銀の光が集まっていった。神殿を照らしていた光がそこに戻れば、神殿は再び廃墟に戻り、閉めった陰鬱とした空気をまとい出す。先程の厳かさが嘘だったように、あたりが暗闇の廃墟に戻っていく。
――『ナニカ』はもうここにいないのだ、と――
しかし、――けれど、舞台の中央に集まった光は、まだそこにあった。そうして、一つの塊となっていた。白く輝くそれは、やがて、『人の形』となった。
――そうして『彼』は目覚めた。
白銀に輝きながら靡く髪は彼の足元まであり、白に近い青色の瞳は雨上がりの蜘蛛の巣のように輝き、雪のような肌は暗闇でも艶めく。それは、絵に描くことすら難しいであろうほどに美しい青年だった。
金糸の刺繍が踊る真っ白なローブを身に着けたその青年は、辺りを見渡し、天を仰いだ。
空はまだ朝の光を蓄えている。青年はその青い空を眺め、トン、と軽やかにとんだ。ほんの少し、とても軽やかにとびはねただけのような動作で、青年の身体は天井の穴をとびこえ、空にあった。
青年は空を歩くように移動しながら、眼下を見渡す。
青年の視線はドラゴンのいる崖から、なにかを追うように……いや、少女を追うように……狼達の屋敷のある方に向けられる。
美しい青年は何も言わぬまま、しかし、少女の後を追うように、空から、崖の底へ身を投げた。
白銀に輝くその髪は重量に逆らい天にむかう。その身体は重力に則って地に落ちる。
美しい青年が落ちていくその様は、まさに流れ星のようであった。
――こうして、魔界に二つの流れ星が落ちた。
『彼』は『彼女』の到来により、目を覚まし、そうして、十五年前に止まっていた物語は再び幕を開ける。
少女も、この青年も、まだこのときは知らなかった。けれど、これが彼らの、世界を巻き込んだ運命の始まりだったのである。
とはいえ、この流れ星がステラに出会うのは、まだ、もう少し先のことだ。まだ青年は落ちていくままであり、そして少女はまだ困惑の中にあった。彼らはまだ目覚めたばかり、赤子のように無力で無垢なまま、世界の運命に流されるだけだ。物語はいつもこのように、まず、世界の都合で始まるものなのだから。
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