CR FEVER生命

菊池ノボル

本編

 負けちまったよ。6万円。

 おかしいと思ったんだよな。新装グランドオープンなのに釘はガッチガチだし、当たっても単発ばかりだし。せっかく抽選で良い番号を引いて本命のエヴァに座れたって言うのに、こうも調子悪いんじゃやってらんねぇよ。

 そのくせ隣のジジイやババア、いかにもパチで食ってそうな無職どもは出してるから気にくわねぇよな。パチンコする金あるなら税金払えよって感じだし、もうすぐ死ぬようなジジババが小銭稼いでどうすんだよ。

 ハァーッとため息を吐きながら俺はスマホの画面を見る。時刻は14時前。今日は一日打つと決めてきたのだから、流石に帰るにはまだ早い。

 だけどなぁ、今日パチンコ用に用意した6万は使い切っちゃったからなぁ。もちろん、ここで帰るのが懸命だと思う。人間にはどう足掻いてもパチンコで勝てない日があり、今日は恐らくその日に違いない。

 けれど……そこから逆転出来るのもまたパチンコだよな。例え勝てない日と思っていてもそれは思い込みによるオカルトで、確率はいつだって平等だ。6万円負ける日ってのは6万円負けた事を自ら受け入れた結果に過ぎない。

 じゃあ、打つしかないだろが。俺は財布を開け、中身を見回す。

 実のところ……ここに入っているのは手を付けちゃいけない分だ。今まで使った分は負けても今月のパチンコ代が無くなるくらいだが、ここからは負ければ負けるだけ負債となってしまう。

『でもさ、使っちゃいけない分を使い始めてからが”ギャンブル”だよな』

 俺にパチンコを教えてくれた先輩の声がふと頭をよぎった。パチンコで負債を作り過ぎて蒸発した先輩の声なんか聴くべきじゃないはずだけど……どうしてかな、今日に限っては俺の背中を優しく押してくれる素晴らしい言葉にも聞こえる。

 よし、やっぞ。俺は意を決すると、財布から『つくば市』を取り出し、パチンコ台横に設置してあるサンドに入れた。パチンコ台に100が表示され、俺は貸しボタンを押す。

 追加投資1万円。けれど、その1万円には『つくば市』と言う存在そのものがかかっている。負けられない戦いだった。

 だが、そんな思いが通じるほどパチンコは甘い物では無い。当たりは無いどころかアツい演出も無く、たった161回転回っただけで、あっという間に球は尽きた。かくして俺の味わった無の時間と引き換えに、明日『つくば市』はこの世界から姿を消すことになる。

 

 この能力に気付いたのもやはりパチンコで負けていた時だった。あの時は牙狼だったかな。事前に下ろしておいた5万が尽きた所で、いちおう財布の中を開けてみると、残っているはずの無い1万円札が入っていることに気付いた。

『久野市』

 1万円札には墨のような物でデカデカとそう書かれていた。全く身に覚えの無い札だった。『久野市』と言えば俺の住んでる場所のちょうど隣にある市で、たまに車で有名なラーメン屋に行くことがあるくらいだ。それ以外、特別かかわりがあるわけでもない。

 今思えば心底不気味な札だったが、その時の俺は5万使って出たGARO保留を外したショックで相当苛立っていた。起死回生の信頼度78%を外した怒りの前には、1万円札の得体の知れなさなど些細な問題だった。サンドに入れると無事に使えたのでそのまま牙狼を打ち続け、案の定当たりを引けずに負けた。6万負けの失意のまま、その日はパチンコ屋を後にした。

 次の日、俺は目を覚ますとまずはラーメン屋に向かう事にした。昨日見た『久野市』の文字から、そういや最近あそこのラーメン屋に行ってないから行くかと思い立ったのだった。

 車に乗り、国道沿いを走ること約15分。ラーメン屋へと向かう道をひた走っていたのだが、ふと何かがおかしい事に気付く。言葉では表せないのだけど、見知った道を走ってるはずなのに知らない道のような奇妙な感覚に陥っていた。

 こんな事は初めてだが、まぁ気のせいだろう。何せ久しぶりに行くんだもんな。国道から目印のコンビニを曲がればあと少し。やがて店舗の前に連なる行列が見えてくるはずだ。

 だが……目的地に到着すると俺は大きく首をかしげてしまった。そこにあるはずのラーメン屋が影も形も無かったのだ。ラーメン屋があったはずの場所には、戦後から建ってそうな木造りの廃屋がポツンとあるだけだった。

 おかしいな、道を間違えたつもりは無いのだけど。それとも知らない間に移転や閉店でもしてしまったとか? それは困るなぁ。俺は道路脇に停車をすると、スマホを取り出し文字を打ち込んでいった。

『Q県久野市 ラーメンとななにや』

 しかし、これも出ない。地図のアプリでもブラウザでも検索結果は該当なし。いくら何でもおかしいと思い、色々と検索を続けていくうちに、やがて一つの可能性にたどり着く。

 ……『久野市』が世界から消えてしまったのか?

 そんな話を信じてしまうのも、そもそも『久野市』と言う市がいっさい検索結果に出てこないからだ。今いる場所は昔から俺の住む市のようだし、市の歴史をwikipediaで軽く読んでも久野市なんて言葉は出てこない。まるで最初からそんな市など無かったかのように世界が改変されているみたいだった。

「……やっぱ昨日のアレだよな」

 『久野市』と書かれた1万円が俺の頭をよぎる。きっと、あの1万円は『久野市』そのものだったのだ。それを俺がパチンコで使い切ってしまったせいで、『久野市』は世界から消え去ってしまったのだと。

 そんなバカげた話があるかよ。

 だが、バカげた話でも無ければ起こりえないような奇妙な事態に陥ってるのもまた事実だ。

 少なくとも一つ確実に言えるのは、俺は今日とななにやのラーメンを食えないことだった。


 その後もパチンコ屋で金を使い切るたび、俺の財布の中には、何かしらの文字が書かれた1万円札が入っていた。文字の内容は地名に限らないようで、動物や食べ物、有名人や商品から様々だった。そう言えばこの間は『100円』って書いてあったな。『100円』の消えた世界なんて想像出来ないし、どうやって成り立ってるんだろうな。その時ばかりはわざと負けてみたい気持ちの方が強まったが、そう言う時に限って勝ってしまうからパチンコって奴は一筋縄ではいかない。

 そうそう逆にこの1万円札を使っても、全てを使い切って次の日を迎えなければ世界から消えることは無いようだった。2万円分使っても、そこから大当たりを引き2万円を取り戻せばチャラになる。

 そう、全てがチャラになる。更に追加投資で6万円、計12万円。現在、『つくば市』『カルダモン』『8』『ポール・マッカートニー』『S字フック』『COUNTIF』がこの世界から消え去ろうとしているが、最後には勝てば良いんだ。

 俺は財布を開け7枚目の1万円札を取り出す。7枚目にはこう書かれていた。

 『生命』

 うーん……『生命』かぁ。ここまで重い言葉は初めて来たな。たかだか一人の男がパチンコを打つだけのことに世界中の命がかけられるだなんて、どう考えても割に合わないに決まってる。それに今までは俺とほとんど関係の無い物ばかりだったからこそ淡々と使うことが出来たのだ。『生命』とあっては無論、俺も例外では無く、負けた次の日にはこの世界から消え去るのだろう。

 今日の負債は甚大だけど……それでも全てが終わるような負債とまでは言い切れない。明日にはまた違う言葉になっているのだし、ここは帰るべきなのだ。

 普通は。

 だが、俺は『生命』を取り出すと、サンドに入れた。心とは裏腹にスーッと腕が伸びていった。やがてパチンコ台に100が表示され、俺は貸しボタンを押してしまった。

 間違いなく愚行だ。負けたら俺だって消え去るような言葉が書かれているのに。宇宙が100億年以上かけた掛け替えの無い多くの生命が一人の男のパチンコによって潰えようとしている。

 けれど、不思議な高揚感もあった。絶対に勝たなければならないと言う思いが俺の心を熱く揺さぶる。自分の金で打つパチンコとは間違いなく違う何かがここにはある。

『でもさ、使っちゃいけない分を使い始めてからが”ギャンブル”だよな』

 今なら先輩の言葉を100%信じられるよ。この気持ちを味わうために先輩は最後までアクセルを緩めることなく消えて行ったんだな。

 俺は大きく息を吐くと、エヴァのハンドルを握り、球を打ち出していった。

 盤面を縦横無尽にかける銀玉は生命の輝きだ。その一球一球がこのギャンブルに打ち勝とうと必死になって動いてるかのようだった。けれど考えてみれば、現実だってそうだ。誰もがいつか突然死ぬかもしれないと言う状況にあって、それでも生きるために必死になっている。理不尽な偶然の可能性を背負って生き続けることそのものがギャンブルなのだ。

 俺たちは誰だって生きるためにギャンブルをしている。それが今日はたまたま俺のパチンコの結果に現れてきただけだ。

 だから世界中のみんな、今日だけは俺の事を応援してくれよ。パチンコで勝てますようにって。

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