不自由な幸せ
雪村団子
休日の小旅行
『次は、
「もうすぐだ…」
電車のアナウンスを聞いて、僕はすぐに降りれるようドアの前へ移動した。
今日は久しぶりに何も予定に入ってない、本当の意味での休日だ。
普段はバイトや知り合いとの集まりだったりで、休日でも何かしら予定が入っているけれど、
今日は奇跡的に何も入ってないんだ。
折角丸一日空いているのだからと、うちの県内で見れば大都会と言って差し支えないほど栄えてる、ここ朝御門に来た。
電車のドアが開くと都会独特の喧騒が一気に押し寄せてきた。
「うわっ…すげぇ…」
今まで何度か来たことはあるけど、やっぱり何度来てもこの都会独特の雰囲気には慣れないな。
そう思いながら僕は周りの乗客に流されるように改札へと向かった。
「おー!見ないうちにめちゃくちゃ変わってるなぁ」
駅を出た僕の目の前にはビル群や駅の脇にそびえ立つデパート、そして今日初めて見る奇抜デザインをした大きな建物が飛び込んできた。
「流石に南邦デパートは今も健在だけど、他の場所が結構変わったなぁ。
特に、目の前にあったでっかい駐車場が変な建物になったのとか…
あれウチのキャンパスの体育館の5倍はあるよな?」
その不思議な建物が気になった僕は、試しに行って見ることにした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「おー、美術館なんだ、ここ」
駐車場の跡地に建てられた建物は美術館だった。
駅から見た時は奇妙としか思えなかった建物のデザインだけど、美術館と聞くと途端に良いデザインのように見えてしまうから不思議だ。
何はともあれせっかく大都会に来たんだ、写真でも撮ろうとスマホを探してみると、
「え…」
どこにもスマホが見当たらないのだ。
季節は秋の終わりに差し掛かるころだというのに、身体のいたるところから汗が噴き出す。
必死の思いで自分が持ってきたバッグやポケット、衣服などを調べるけれど、なかなか見つからない。
最悪な想像が次から次へと脳内に溢れ出し、心臓の鼓動がどんどん速まっていく。
「ハァ、ハァッ…!」
荷物も服も、思い付く所は全部探し切り、駅に落し物として届いてないか聞きに行こうと思ったその時
「あっ…そうじゃん!」
僕は自分がスマホを家に置いてきたことを思い出した。
「なんだ…良かったぁぁ」
昨晩充電するのを忘れて寝てしまい、朝起きても充電が1割を切っていたため仕方なく置いてきたのだった。
僕は安堵からか腰が抜けてしまい、つい縁石に座り込んでしまった。
「ふぅ、気を取り直して美術館楽しむか!財布はちゃんと持ってきてるし!」
縁石から立ち上がり軽くお尻を払い、僕は美術館へ入って行った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「アプリで、割引…ですか?」
スマホが無くても十全に楽しめると思っていたけど、どうやら僕の認識は田舎に染まりすぎていたみたいです。
「はい、こちらのアプリを入れていただき会員登録をしていただくとお得にご入館していただくことが出来ますよ。もしまだインストール出来てないのでしたらこちらでしていかれますか?」
受付の人もまさか僕がスマホすら持たずにここに来たとは思ってないんだろうな…
まさかスマホを持っているだけで出費を抑えられるなんてっ!
「いえ、大丈夫です。」
「そうですか、では…」
「あ!ちょっと待ってください、学生証が…すみません何でもないです。」
アプリで割引が出来なくとも学割があると思ったけど、うちの大学の学生証はスマホに入っていて、スマホを忘れた自分が持っているわけがないのだ…
「えー、ではお客様は2600円となります。」
「はい、どうぞ…」
僕は暗い気持ちになりながらチケットを受け取り、美術館を見て回った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
美術館を一通り見て回り、値段分の価値はあったなと割引を一切使えなかった自分jンを慰めながら外に出てくると、すでに日が若干傾きかけていた。
「えぇっ!もうそんな時間!?」
美術館に入ったころはまだ朝だったのに、気が付いたらもう夕方だ。
せっかく朝御門に来たのにこれじゃ全然楽しめてないじゃないか。
「うーん…うちまで朝御門からだと2時間はかかるしなぁ、行けてあと一か所…か」
近くに何か良い店や観光スポットがないか調べようと思ったけれど、
スマホがないのだ。
「うーん…あ、そうだ。あそこのカフェ昔行ったけど雰囲気良かったよなぁ、朝御門の街並みが結構よく見えたし…最後に行ってみるか」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
僕は子供の頃親に連れられてきた、南邦デパートの最上階にあるカフェに来た。
インターネット予約をしてきたかと店の入り口で聞かれたときはまさか入れないのかと内心怖かったが、幸いにも店は空いており予約を取っていなくても窓際のカウンター席に座ることが出来た。
「ふぅ…昔はこのコーヒー、苦くて飲めなかったけどめちゃくちゃ美味しいな。」
窓の外には駅の周りに立ち並ぶビル群と、その外縁部に広がる住宅街、そしてそのさらに奥に大きな山々が広がっているという自分が小さい頃にも見た朝御門の景色が広がっていた。
都市の様相は、確かに目まぐるしく変わっていくが、この店や朝御門の景色のように変わらないものもあるのだと思った。
スマホを忘れてしまい、かなり損な気分になってしまった大都会への小旅行だったけど、スマホを忘れたおかげでこのカフェに行くことになり、それによってこの景色を見ることが出来たのなら、ある意味良かったのかもしれません。
――――――――――――――――――――――――――ー
カフェを出た僕は家に帰るために電車に乗った。
僕は周りの人たちがみんなスマホを見ている中、ひとり窓の外を流れていく景色を見ていた。
スマホを持たないことで僕のお財布はものすごく寂しくなったけど、電車の中でこの景色を見ている人が僕しかいないと思うとちょっとだけ胸があったかくなった。
不自由な幸せ 雪村団子 @alucica0nigiri
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