ローバーミニ

@muiidsk

第1話

 僕はよく体調を崩す。特に親族で旅行に行こうとか、クラスの遠足とか、そういう時に崩す。しかも、行く前に楽しみで熱を出すのではなく、必ず行った先か、行く途中に崩すから困る。周りのみんなに迷惑をかける。迷惑をかけるのがわかっているなら初めから参加しなければいいのだが、出発するまでは崩していないので参加しない理由がない。自分でも今回こそは、と毎回期待して出発して、また崩す。幸いクラス替えや転校があって、周りの人にはばれていないのだけど、実は「おまえ、体調を崩すのなら初めから参加するな」と思われているんじゃないかと思っている。実際父親はそれくらい思っているのだろうが、僕以上に希望的観測から参加を促すから、たちが悪い。そんな風だから、僕は旅行というものが嫌いにな大人になってしまった。

 だから、今日の旅行も本当は気乗りがしなかったが、どうしても、と誘われて、仕方なく参加することにした。「参加」というと複数人の1人のようにとられてしまうと思うが、催行人数は2名である。僕と、友人の浅田さんだ。浅田さんは大学で出会った女性で、現在無職である。そう言うと彼女のように勘違いされるが、どちらと言うと孫と祖母のような関係である。彼女は78歳だ。僕は27歳だから、61歳の差があることになる。歳の差と恋愛についての議論に参加する気はないが、少なくとも僕らはそういう関係にない。

 僕たちは、大学で出会った。同級生としてではなく、大学図書館を市民として利用する浅田さんと、大学生の僕という関係だ。僕は旅行嫌いが祟ってか、フィールドワークを最も嫌う学生だった。なので、農学部でありながら、実習林での単位が足りず、夏休みを使って図書館で課題を行っていた。他の学生は休みのうちに旅行へ行ったりリゾートバイトをしたりしていたが、僕には無縁の娯楽だった。

 毎日図書館で過ごすうちに、自分の指定席が決まってくる。エアコンが当たりすぎず、目当ての本が近くにあり、外からの視線を避けられる絶好のポジションだ。その席に陣取った時に、必ず見える革張りのソファがあって、そこにたまに座りに来るのが浅田さんだった。

 「座りに来る」という表現は例えではなくて、彼女は本当に座っているだけだった。あれだけ本がある場所で、学生以外は特別な入館届を提出しなくてはいけないのにも関わらず、浅田さんは本を読まなかった。たまに来ては、座り、うとうとしては目を覚まし、何もせずただ座っていた。

 初めは不気味で、関わり合いを持たないようにしようと思った。毎日違ったコーディネートで、ショートの白髪はよくブローされていたし、節電のために居座っているようには見えなかったが、図書館に来て本も読まずパソコンも触らない人というのは、やはり異様だ。彼女から人に声をかけるという様子もなかったし、館内には他にも利用市民が居たので、そういう意味ではさして珍しいということもない。

 そのうちに僕の課題も終わり、なんとか提出に漕ぎ着けた。難を逃れた僕は、もともと勤勉なわけではないので、図書館から足が遠のいた。ただ他にやることもないので、ある日近所の喫茶店に入ると、見慣れた顔があった。

 浅田さんは、その喫茶店でもソファに座っていた。ただ喫茶店では喫茶をしないというわけにはいかなかったのか、目の前の小さいテーブルには飲み物とケーキが置いてあった。店員さんに席に通してもらうと、それは彼女の隣の席だった。僕は何となく意識をして、しかし知り合いでも何でもないのだから、声をかけるわけにもいかず、ただアイスティーを頼んだ。ただ、少しお腹も減った。「そのケーキ、美味しそうですね」と声をかけたのは、おそらく空腹のせいだと思う。

「何ていうケーキですか?」

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