第15話 庶民と貴族、そして異人類種と魔術師の結婚事情
「ところで初夜はどうしようか」
夕食後、そんなふうに真面目な顔で切り出されて、セラフィータはむぅと苦い顔になってしまった。
聖王国貴族であれば、結婚した相手との初夜を拒絶するのは途轍もない非礼となる。抱く価値もない、と言われたも同然だからだ。
ムスッとしかけた顔を、しかしセラフィータは貴族令嬢。ここは魔王国、常識が違うと自分に言い聞かせて和やか微笑を堅持する。
「どうしよう、というのは? 旦那様」
「……聖王国はさておき、魔王国――いや、この神樹の森において結婚はさておき出産っていうのはその、ちょっと普通じゃないんだ」
どう説明したものか、とルークが思考をこねくり回しているのは、これまでずっと直実だった男にしては珍しい、とセラフィータの不満はあっさり雲散霧消した。
やはり短慮に怒らなくて良かったっぽいと安堵する。ここでもどうやら、両者の常識は著しく乖離しているようだと話を聞く前に察してしまったからだ。
「あー、隠さず言ってしまうとね、セラ。森の魔術師にとって子供っていうのは研究成果なんだ」
「……はい?」
ポカンと口を開けてしまったセラフィータを前に、やはり前置きしておいて良かったとばかりにルークが表情を引きしめる。
「魔術師っていうのは自分の研究に一生を捧げているような連中ばっかりなんだ。そして魔術を継がせるためだけに子供を作るし、その子供が自分の研究にもっとも合致するよう魔術で手を加える」
魔術的に手を加えて、自分の研究により好都合な存在をこの世に生み出すために子を作るのだ、と言われたセラフィータは少しだけ気分が悪くなった。
それはまるで子供を道具としか思っていない――まで考えて、思い返せば貴族もそれは同じか、と無駄に納得してしまう。
聖王国における『お家の為』がこの森では『魔術の為』に置き換えられるということなのだろう。
「そこら辺は聖王国も同じ面があると俺は思ってるけど。というか、家格なんてあやふやなものが価値を持つっていうのが正直俺にはよく分からない」
ここら辺の価値観については恩師がルークに徹底して教え込んだせいで、ルークは自分たちの価値観が聖王国と大きく異なるのだ、と今現在知識として知れているのだという。
森の魔術師からすれば、「尊い血を後に残すぅ? いやぁ貴族とやらは自分の血に上手くお値段を付けた
「聖王国貴族も何も考えてないわけではないわ。実際、聖王国貴族は生まれた家の家格が高いほど多くの魔力を持って生まれてくる」
元を質せば聖王国貴族は聖王と轡を並べて人類圏奪還のため、大陸中を駆け回った騎士たちの末裔だ。だからこそより多くの魔力を持って生まれてくることは、今でも聖王国貴族にとってステータスとなっている。
故に聖王国貴族は発足当初より魔力が多めの相手を伴侶に選んできて、その結果として上位貴族ほど魔力が強く生まれてくるのが現状だ。だからより上位の家と結び付こうと、聖王国貴族たちはあれこれ蠢動するのだ。
そこまで考えればやはり、王国貴族がやっていることは森の魔術師と全く代わらないのだとセラフィータも惑ってしまう。
意識せず、聖王国貴族は子供をデザインしている。森の魔術師は意図的に子供をデザインしている。その違いがあるというだけで。
「そうだね、森の魔術師はそこから更に一歩、現実的な技術を添えて踏み込んだって思ってくれればいいよ」
いや、正確にいえば庶民だって同じだ。
結婚相手には自分にとって望ましい相手を選ぶ。そこに自分の血脈を織り交ぜて、自分が好ましいと思う血筋を増やす。
子供を作るということは前提として、子孫をデザインすることだ。その程度の差があるだけで。
「で、こっからが問題なんだけど……違う人類種どうしで子を作るとね、母方の人種として生まれてくるのが普通なんだ」
だから普通なら自分たちの子供はセラと同じ、第二人類種ワイトとして産まれるはずだとルークは言う。
普通ならば、と。
「だけど俺は母方の第四人類種エルフではなく、父方の第三人類種として生まれてきた」
ルークは普通には生まれなかった。デザインされたせいで、ルークは普通の存在とはあからさまに異なっている、と。
「もしかしたら俺たちの子供は第三人類種オーガ、あるいは第四人類種エルフとして生まれてくることもあるかもしれないんだ。それを踏まえて、今晩最初の質問に戻ることになる」
そこまで説明されてようやく、セラフィータはルークが己を思いやって最初の質問を投げたことに気が付いた。
心構えもなく、自分より成長速度が倍遅い子供を授かってしまえば、セラフィータはこんな筈じゃなかったという考えを延々引き摺ってしまう未来もあり得ただろう、と。
たしかに、その認識はセラフィータにはなかった。子は母方の人種になるのが普通、ということを知っていたからではない。
ただ漠然と、なんとなく人間の子を授かると思い込んでいて、それを見抜いたわけでもないだろうが。ただルークがセラフィータのことを考えて是非を問うてきたのは間違いないと、それだけは理解できた。
「君が望むなら白い結婚でも構わない。いや、君のことが嫌いだとは全く思っていないのは誓って事実だ。俺は君に好意を抱いているけど――これが友愛なのか親愛なのか、俺にもまだよく分からなくて」
確かに、とルークの側に立って考えてみればセラフィータとしても理解ができる。
貴族は血を残すことが義務だから、結婚すれば面識のない相手とも肌を重ねることは普通と教育される。だが庶民としては会ってまだ二日の相手をいきなり抱くのはまずあり得ないだろう、と。
「……そうね。私もルークとは仲良くやっていけそうだと思ったけど。それが恋人としてなのか、隣人としてなのか、正直まだよく分からないわ」
相手がそう言っているのだし、であれば急ぐ必要もないか、とセラフィータは頷いた。
早く子供を為せ、という貴族の重圧はこの森には存在しないのだ。であれば、結婚してからゆっくりと愛情を育んでいくような生き方もありだろう。
「……ひとまず、初夜はもう少し先でも構わない?」
セラフィータは問題を先送りにしたが、ルークはそれを非難せず受け入れた。
「ああ。俺は貴族じゃないし、それに今の俺に必要なのはセラであって子供じゃないから」
その言葉にセラフィータは内心で胸をなで下ろした。少なくともセラフィータはルークに求められている。それはどうやら事実であるようだから。
だがなで下ろしたはずの胸が少しだけ急ぎ足なのは――面と向かって誰かに必要だ、と言われたのがこれが初めてだからに違いない。その筈だ。
「ただ行為はさておき、ベッドは一つしかないんだけど」
「ああ、うん。それは構わないわ。元よりそのつもりだったから」
そうしてマグの中身を飲み干した両者は簡単な入浴を終えると、
「お休み、セラ」
「おやすみなさい、ルーク」
お互い背を向けるでも抱き合うでもなく、肩を並べて同じ天井を眺めながら眠りについた。
もっとも悩みで眠れないかも、なんて考えていたセラフィータだったが、お疲れの脳はセラフィータの感情に反してひたすら休息を欲していたようだ。
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