第14話 芸術がないんですね




 そんなふうにセラフィータがまずは屋内の配置を実際に動いて確かめたり、生活に必要なものが不足してないかの最低限の確認を終えると、森に着いたときには南中だった太陽も木々の向こうへと沈み始める時刻で、


「セラは料理はできる?」

「……お菓子作りなら、なんとか」


 今日の夕食は駐屯所で食べよう、という話になり、三人で家を後にする前に、思い出したようにルークがポンと手を打った。


「セラの魔力登録をしておこう、ちょっと痛いだろうけど我慢して」

「大丈夫よ、私も刻印魔術を囓った身だからそれは分かってるわ」


 魔力登録、というのは概ね血液に含まれる魔力を魔装具に読み込ませるのが常だ。

 指先を裁縫針でついっと突けば、マメのような赤い血がぷっくらと滲む。

 それを入口扉の裏に嵌められた魔石に触れさせると、淡い光の後に施錠の魔装具にセラの魔力が記憶される。


「これでよし、と。外からは開けられないとは言え、セラが開けちゃったら意味がないから。不審者にはくれぐれも注意して」

「そういえば、聖王国の間諜が来るんだったわね」


 セラフィータは既に魔王国に嫁いだ身だ。仮に聖王国の間諜が逃げ込んできても、これを夫に突き出さねばいけない立場にある。

 そこで甘い顔をしたら二度とセラフィータはこの森で信用を勝ち得ることは能わなくなるだろう。


 むん、と気合いを入れたセラはヒョイとダナンの背に乗せられ、ルークと並んで蒼星騎士団の駐屯所に移動する。


「ここの食事は関係者なら無料で食べられる。もっともセラはまだ有料だけどね」


 ちょっとコアタイムを外れているせいか、客足もまばらな駐屯所食堂で山盛りのパンとスープを前に、ルークがそう説明してくれる。


「まだ?」

「そのうち事務作業は手伝って貰おうって思ってるから」


 もう少しセラフィータが森に慣れたら、ルークは書類仕事をセラフィータに回すつもりでいるらしい。


「学院卒業生なんてこの森、というか魔王国じゃトップエリート扱いだからね。少なくとも文官としては」


 ルーク曰く、恩師が学院長としてブルーガーデンに聖王国立大学院を誘致したことで初めて魔王国も教育のノウハウを取得。

 恩師がそれをせっせと纏めて魔王の元に送ったことで、最近ようやく王都バルディアに見様見真似のフェルドゥス王立大学院が発足できたのだそうだ。


 それまでの魔王国には教育機関らしいものは一切なく、コネと伝手で雇った人員を職場の上司が一から教育する、という大変な状況だったらしい。


「もっとも教育が始まったとは言っても、まだ絵画や作曲で食っていける職人ってのはいないんだけどさ」

「実用的な技術が優先、というわけね」


 カンプフント家からの釣書に肖像画がなかった理由を、今更ながらにセラフィータは理解した。

 似顔絵なんてのはもっての外だったのだ。そういう文化というか、芸術が、技術がそもそも無いのである。


「そ。もっともやる気に直結しているから料理に関しては浸透が早かったけど」


 ルークはお行儀悪く木のスプーンでスープに満たされた木皿の底をコンコンと叩いてみせる。


「ま、それもまだこの駐屯所では質より量重視だけどね」

「それはそれでいいことではあるけれど……」


 魔王国は南北大陸最大の武力国であり、農業国でもある。

 その恩恵にセラフィータはたっぷり預かれているようだが、


「ごめんなさい、ちょっと食べきれない、かも」

「仕方ないよ、日々鍛錬で腹減らしてる成人騎士向けの量だから」


 お腹をさすってなお半分も食べ切れていないセラフィータを前にルークは「あまりは持って帰って大丈夫だから」と微笑む。

 どうやら飢え死にとはほど遠い生活になりそうなのは、セラフィータとしてはありがたい。ちょっと多すぎて、これからのウエストが心配にもなるが。


 そうしてダナンはダナンで他の騎竜たちと夕食を終えたらしく、血で赤く染まったダナンの歯をルークが磨いて再び合流。

 三人で家に帰り、果実酒を満たしたカップを手にルークとセラフィータは向かい合って座り、ダナンが藁の上で丸くなって目蓋と瞬膜を閉ざした後に、


「ところで初夜はどうしようか」


 そんなふうに真面目な顔で切り出されて、セラフィータはむぅと内心苦い顔になってしまった。






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