第12話 森の中に町がある!




 そうして森に近づく手前で大きく高度を下げ、鬱蒼と立ち並ぶ樹木の上すれすれを這うようにしばらく進んだセラフィータたちは、


「わぁ……凄い、森の中に町がある!」


 少し木々が開けた場所、小さく纏まった町並みの外れへと着陸する。

 中央に用水路が貫き、その両側に歩道と商店が建ち並ぶそこは森の中にあるにしては場違いに美しく、洗練こそされてはいないが穏やかな活気と生活感に満ち満ちている。


 裁縫店があり、小物屋があり、靴屋があり、鍛冶屋があり。パンを焼く匂いも漂っているし、花の蜜が並んだショーケースのあるお店もある。

 用水路脇の小道はどちらも多少乱れてはいるが石畳みで舗装され、その隙間から申し訳なさげに顔を出している野花が逆にセラフィータからすれば微笑ましいくらいである。


 道行く者たちは空から降りてきたセラフィータたちにチラと一瞬だけ視線を向けたのみ。空から竜が降りてくるのは、ここでは日常茶飯事なのだ。


「イメージしていた場所と全然違うわ」

「ああうん、野営地みたいなものを想定していた?」


 イメージが魔獣戦線の最前線だったもので、予想をドンピシャで当てられてしまったセラフィータは赤い顔で顎を引くように首を振った。

 だが南北大陸最強の武力国との隣接区域と聞けば、誰だって激戦区を予想するだろう。それが蓋を開けて見れば領域支配者が引きこもりとか、普通はあり得ない。


「この近辺は神樹の森の中でも外周部に位置するから、国民じゃない魔獣はそうそう近づいてこない。ここにいれば平和だよ、九割九分程度はね」


 要するに一分程度は危険はある、過信は禁物、ということらしい。

 だが一見するだに、ここの雰囲気はあまりに長閑のどかだ。敵襲があることをほぼ想定していない。


「ここが森唯一の集落、メインストリートだね。行き当たりにある石造りの建物が蒼星騎士団の駐屯所兼兵舎、つまり俺の職場だ。いざという時の避難場所も兼ねている」


 なるほど、とセラフィータは頷いた。歩道の両側にある家屋がほぼ木製なのに対して、駐屯所だけは頑丈な総石造りになっていたからだ。

 ここがあまりに長閑なのは、そういった騎士団に対する信頼もあるのだろう。そしてこれまで騎士団がその信頼を裏切らずにきたから、この今があるのだと。


「もっとも優れた魔術師なら普通は自宅に結界張ってるし、そっちの方がよっぽど頑丈だけどね」


 そして魔術師として優秀であればあるほど、より研究素材の入手に適した場所、つまりメインストリートから離れた森の奥寄りに家を構えているらしい。

 そこら辺にはご縁はないだろうから、セラフィータとしては説明を聞きながらも、立ち並ぶ商店街に興味津々だ。


 さっきから糸を紡いでいる糸車は、どういうわけか全自動で動いている。とすると魔装具か、ならばあれはどういう動作原理なのだろう。

 機織り機もまた休むことなく全自動で機を織り続けているし、靴屋にはやはり小人の靴屋ようせいさんがいたりするのだろうか?


「私たちの住居はどこ? さっき言っていた駐屯所兼兵舎なのかしら」

「いや、あそこは結婚するって言ったら追い出されたから、新しく一軒家を建てた。ちょっとここから外れるんで少し歩くけど」


(あとごめん、ダナンも一緒の三人生活になる。買い出しの荷運びとか重労働はあいつにやらせるから許してくれ)


 そうルークにそっと耳打ちされてセラフィータは笑ってしまった。流石にセラフィータも竜相手に配慮を求めたりはしない。

 だが魔獣を一国民としてカウントする魔王国民からすると認識がまた異なるのだろう。


 逆に言えば、セラフィータは魔王国の国民証を着けているダナンを未だ一人の民として見られていないわけで、この認識は早めに改めないと危なそうだ。


「構わないわ。新居に案内して頂けますか? 旦那様」

「ああ、最低限必要なものは用意しておいた。お気に召してくれると嬉しいけど」


 そう二人で笑い合っていると、ダナンが尻尾で二人の背中をずずいっと撫でた後に、指差すというか尾指すようにある一点を示してみせる。

 はて? と首を傾げた二人がそっちを見ると、


「あ……忘れてたよ、ごめん」

「お待たせして申し訳ありません……」


 セラフィータの荷物を運んできた魔王国所属の集配飛竜が所在なさげに二人を見ていて、慌ててルークはセラフィータをダナンの背に戻し、自らは手綱を引いて移動を開始した。






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