第11話 こんにちは、人類未制圧領域




「そういえば、セラは神樹の森のことをどこまで知ってるんだ?」


 フェルドゥス王都バルディア上空から一路南下して神樹の森を目指す途中。

 一度お花摘みのため、ルルーシュ領とやらの一都市で休憩を挟んでの再飛行中、ルークがそう問うてくる。


――どう言ったらいいのかしらね? 正直に言えば殆ど分からない、というのが事実だけど。


「先生は何も教えてくれなかったし、よく分からないわ。ただ人類未制圧領域ベスティアルエリア、とだけ。だから私とルークの常識は結構乖離していると思う」

「なら基本的なところから合わせていくか」


 一度頷いたルークは「学院卒業生だからそっちの方が詳しいんだろうけど」と前置きしつつ、


「人類国家と人類未制圧領域の関係については把握しているよね?」


 もっとも基本的なところから話を始めることにしたようだ。

 無論セラフィータは知っている。そこら辺は学院一年生の授業できちんと習っている常識だからだ。セラフィータはルークの背中に小さく首肯を返す。




 この南北大陸が遙か昔、全土が人類圏であったときからずっと、大陸の各地には支配の魔装具ルーラーと呼ばれる超大型魔術装置が設置されている。


 これ即ち、この魔装具に登録したものに土地の魔力制御権を付与する、支配者の証である。

 支配の魔装具を得ることにより、登録者はその土地をまるで拡充した手足のように操ることが可能となるのだ。


 行使できる能力は登録者の魔力量によって異なるが、一般に地形操作、空間制御(ただし歪曲や遮断のみで拡張や圧縮は消費魔力的に維持不能)、生物の成長促進、支配範囲内の大まかな魔力の把握、生態系への干渉、登録者への忠誠心の付与など、物理的な制御のみならず精神的な操作も一部可能とする。


支配の魔装具ルーラーを抑えたものが、その効果範囲が及ぶ土地の王になれる。人類、魔獣問わずね」


 七百年前、南北大陸全土を統治していた魔帝の死後に、魔獣たちは一斉に人類に反旗を翻した。

 大陸各地に設置されていた全ての支配の魔装具ルーラーは魔獣の手に落ち、人は絶滅寸前にまで追いやられた。


 そこから三百年の雌伏の時を経て、聖王が十二勇士を率いて支配の魔装具ルーラーを奪還して周り、最終的に聖王は十三の支配の魔装具ルーラーをその手に収めた。これが聖王十二諸公国の始まりである。

 以降この人類圏を足掛かりに、数多の英雄たちがそれぞれに人類未制圧領域へ踏み込み、さらにいくつかの支配の魔装具ルーラー奪還に成功。中小各国を立ち上げるに至った。


 なお支配の魔装具ルーラーは設置された土地から動かすことはできず、そしてその数は古代遺産故に増やすことも減らすこともできない。

 その土地に紐付いた支配の魔装具ルーラーを持たないものは誰にも王として認められない。それがこの南北大陸の実情だ。



 平たく言えば、人類と魔獣が支配の魔装具ルーラーを巡って陣取り合戦をしているのがこの南北大陸という土地なのである。



「ただ聖王国や中小各国は人類国家だけど人間国家でもあったから、第二人類種以外は肩身の狭い思いをしていた。そんな連中を率いて魔王陛下が建国したのがこのフェルドゥスだ」


 通称魔王国ことフェルドゥス王国もそうやって支配の魔装具ルーラーを奪還し興った、新しい人類国家の一つであるのは聖王国と同じだ。

 だがフェルドゥスは行き場のないものたちの受け皿として、第三から第七の人類種のみならず知恵ある魔獣をも国民として受け入れている。


「ただそうやって人類以外を受け入れてると、どうやっても人類との軋轢が生じる、人類圏で生活したくないって連中も出てくるからね。そこで生まれたのが魔王国の法の一部のみが適応される特別区だ」


 フェルドゥス王国には現在四つの特別区があり、神樹の森はその三つ目に相当するらしい。

 もっとも神樹の森はあくまで人類未制圧領域であり、フェルドゥス王国と隣接したごく一部の浅層を第三特別区、と魔王国が勝手に呼称しているだけだそうだ。


「で、セラがこれから暮らす第三特別区だけど、まず支配の魔装具ルーラー登録者である領域支配者、通称『神樹』は人にも魔獣にも一切興味がない」


 神樹が支配者としての行動を一切取っていない、と聞かされてセラフィータは思わず目を見張ってしまう。


「え? でも……神樹も魔獣なのよね?」

「樹木の魔獣だとは言われている。でも神樹の元に辿り着いたものはいないから、誰も本当のことを知らないんだ」


 ルーク曰く、森の最深部は空間歪曲が張られていて誰も神樹のお膝元には辿り着けず、ならば空からと近づくと如何なる防御も不可避の火線砲が伸びてきて焼き尽くされるのだそうだ。

 神「樹」なのに火を噴くの? と聞いたらルーク曰く、木の外見をしているから必ずしも木とは限らないし、そもそも長生きで神がかっているから「神」樹と言われているだけで、別に神とも関係ないらしい。


「要するに神樹は引きこもりなんだ。積極的に人類がどう、魔獣がどうとかするつもりはない。配下もいない。最深部に近づかなければ無害な魔獣なんだよ。故に魔王陛下もこちらから神樹を攻めないよう騎士団に厳命している」

「な、なるほど……?」


――そっかー、魔獣の長にも引きこもりがいるんだぁ。なんか親近感湧いちゃうわ。


 常識が違うな、とセラフィータは軽い眩暈を覚えてしまった。聖王十二諸公国の周辺を支配する魔獣たちは、積極的に配下を放って人類圏を削ろうと画策している。

 だがそういうことに一切興味がない魔獣の領域支配者もいるのだな、というのはセラフィータからすれば目からうろこである。


「でも、聖王国では神樹の森は危険な土地だと言われているけど?」

「うん。聖王国の間諜が魔王国に侵入する唯一の陸路が神樹の森だからね」


 どういうこと? と続けてセラフィータが話を聞くに、


「セラは貴族だから分かってると思うけど、政治ってのは間諜を放って相手の懐を探り、自分たちにとって有利な情報を得たり離間工作、買収が横行するのが常だ」

「そうね。皆さん飽きもせずに良くやるものだわ」

「だから十二諸公も当然、魔王国に間諜を送りたいわけだけど――魔王国は人類未制圧領域によって他の人類国家と遮断されている」


 北大陸最北の国家であるフェルドゥス王国の立地は、どの人類国家とも隣接していない陸の孤島である。

 それ故にフェルドゥス王国ではシーレーンが重視され、空母を派遣して船団を守る海上輸送にて交易を行なっている。陸路での交易が不可能と判断されたからだ。


「でも港だと入管もあるし、間諜が入りづらいだろ? だから陸路で間諜がフェルドゥスを目指す場合、この森を通ることになるんだけど……」


 森のなんたるかを知らない間諜はここで全滅し、それ故に聖王十二諸公国から恐怖の土地と恐れられるようになったそうだ。


「そんな裏話があったのね」

「騎士団である俺たちも間諜狩りには手を抜いてないし、それ以前に自分たちの住処を荒らされる魔術師たちがまず間諜を大いに嫌ってるしね」


 要するにフェルドゥス国家騎士、魔術師、野良魔獣の全てから聖王国の間諜は襲われるわけで、


「そりゃ誰一人として戻ってこれないってのも頷けるわ……」

「だろ? だからその国民証を外しては絶対に出歩かないように。それがないとセラは聖王国所属にしか見えないからね」


 怖いのは人類未制圧領域ではなく政治である、と知ったセラフィータは乾いた笑みを零すのみだ。

 結局は人の都合なんだなぁ、政治って面倒だなぁと呆れるばかりである。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る