第9話 挙式、テイク2




 そんなこんなで華燭の典は順延され、改めて控え室に戻ったセラフィータは、


「よく考えたらセラの在学中は第三人類種の生徒はいませんでしたね。すっかり失念していました。恨むならお互いではなく私を恨んで下さい」


 学院長にそう頭を垂れられて、隣のルーク青年と思わず顔を見合わせてしまった。


 教会で恩師が語ったように、第三人類種オーガは第四人類種エルフと同様、人の二倍生きるのが一般的な寿命なのだそうだ。

 当然、成長速度もまた人の二分の一である。故に三十三歳のルークは、人で言えば十六、七歳に相当する肉体、精神年齢ということらしい。


「じゃあ、あの最前列に座っていた、いかにも三十三歳オーガっぽい人はもしかして……」

「ええ。あちらはルークの実父であるルート・アル・マーク・カンプフントです」

「ああ、そういう……」


 そうセラフィータが頷いて、ここでようやくルーク青年はセラフィータが父親をルークだと思っていたことに気が付いたようだった。


「ん? じゃあさっきの俺の腕を取れないってのは……」

「それは……その、すみませんが貴方をルークさんの部下か誰かだと思っていたので」

「ああ、そういうことか。俺に操を立てて俺の腕を取らなかったってことか」


 そう呟いた青年は少しだけ安堵したようだった。

 たしかにルーク目線で見れば、花婿である自分が花嫁をエスコートしようとしたら、それは受けられないと断られたのだ。そこは普通に怒ってもいいところだろう。


 しかし、とセラフィータは呆然と目を瞬く。三十三歳の年上が来ると思っていたら十七歳の年下が夫として現れるとは。

 いや、実年齢は三十三歳であることは事実なわけで、一応年上として扱うべきなのだろうか? しかし師曰く精神年齢は見た目と同様だとも言うし……


 改めて、両者は正面からお互いの顔を見やる。


「その、差し支えなければ教えて頂きたいのですが……角は?」


 第三人類種オーガは通称鬼族と言われるだけあって、頭に角が生えているものだ。そういう特徴はセラフィータも知識として知っている。


「……最初に新郎に聞きたいことがそれですか? セラ」

「だ、だって先生! 私そのせいで彼が第三人類種だって分からなかったんですよ!」


 だがこの青年の額には角が見当たらず、それがセラフィータが彼をルークだと判断できなかった最大の要因でもある。


 実際、彼の父親であるルートは両こめかみと額の計三本、小さいながら角が生えていたわけで――

 ルークの角は喧嘩とかで折れちゃったのだろうか、なんて失礼なことを考えていると、


「埋まってる」

「はい?」

「頭の中に埋まってるんだ。怒ると生えてくる。親父と同じ位置に三本」


 な、なるほど? とセラフィータは頷いたが内心はびっくりドッキリだ。まさか角が生えたり引っ込んだりするとは思いもしなかった。

 だが一方で納得する部分もある。怒ることを「角が生える」というのにもちゃんと語源があったんだなぁと。


「俺からも聞いておきたいんだが……本当に俺と結婚して構わないのか? 頼りになる大人の男を期待していたんじゃないのか?」

「いえ、別にそういうわけでは……ただ三十三歳と聞いていたからそれに合致する人を探していただけで、別に殊更の年上好きとかではありませんし」


 別にセラフィータはオヤジ好きというわけではない。聖王国貴族令嬢として、政略結婚ならそういうのもあるよねと覚悟していただけだ。


「むしろルークさんこそ私で宜しいので? 人の二倍生きるなら年下のお嫁さんを貰った方が良い気もしますが……」


 セラフィータは人間で、肉体的には年上だ。ルークが人間で言うところの四十歳になる頃には老衰で死んでしまうだろう。

 四十は流石に微妙な年齢だ。新たに嫁を貰うには遅く、余命というには残りの人生が長すぎる。それでも構わないのか? とセラフィータは問うが、


「同じ年頃どうしで結婚したって同じぐらいに死ねるわけでもないだろ? 魔獣、病気、その他死因なんていくらでもあるし」


 なるほど、流石は人類未制圧領域ベスティアルエリアで生活しているだけのことはある、とセラフィータは納得してしまった。

 ルークにとって人類は寿命まで生きられないことが前提であるらしい、と。


「セラフィータさんは殆どこっちの情報聞かされてないんだな……先生、流石に可哀相じゃないですか?」

「なに、貴方がセラに話せるネタをなるべく温存していただけですよ。貴方、必要なこと以外あまり喋らないし、語ること無くなると会話しなくなるでしょ?」


 そうすまし顔で恩師に返されたルークは黙り込んだ。

 どうやら少しでも会話が弾む――というかルークの会話の引き出しを温存するために、あえて恩師は嫁ぎ先の情報を徹底的に伏せていた、ということらしい。


「けどまあ、互いが互いを認識できないまで誤解が進んだのは完全に私の責任ですからね。貴方たちの栄えある華燭の典にこのような事態を招いてしまい申し訳ありませんでした」


 改めて恩師にそう頭を下げられると、セラフィータだけではなくルークの方も尻がむず痒くなってくるらしい。

 少女の外見ながら、この恩師は魔王国所属の龍殺しの英雄だ。その権威は魔王国騎士であるルークにも重いようだ。


「理由が分かれば怒るようなことでもありませんので。頭を上げて下さい、先生」

「そうですよ、出だしでちょっと予定が狂った程度ですし」


 二人がそう頭を上げるよう促すと、恩師がホッとした顔で両者の手を取ってくる。


「では、お互い特に不満はなさそうですので、このまま式を再開しても宜しいですか?」


 そう問われた両者は顔を見合わせて――


「君は――不満はあるかい?」

「ないわ。鬼族と聞いて想像していたより優しくて理解のある御方のようですし。貴方は?」

「俺もない。貴族と聞いて想像していたより温和で穏やかな人みたいだし」


 示し合わせたわけではないが同時に頷いた。


 セラフィータからすればやっぱりおじさんよりは年が近い方が好ましくあるし、話をしてみても性格が悪いふうにも感じない。

 むしろ良案件では? などとセラフィータが考えていたところで、仕切り直しとばかりに教会の鐘が控え室に響き渡る。


「では、私は先に貴賓席に戻りますね」


 恩師が足早に離脱した控え室にて、セラフィータも席を立とうと腰を上げかけ、そして思い出して自重した。


「それでは、お手を拝借できますか、セラフィータ様」


 こういう時は男性のエスコートを待つのがマナーであると。聖王国貴族令嬢のセラフィータの方から横紙破りをするべきではない、と。


「喜んで、ルーク様」


 そうしてセラフィータはルークの手を取って立ち上がり、その腕に己の腕を搦めて式場へと向かう。

 光神の祝福を得る婚姻の儀は、その後特に何事かあるでもなくさっくりと終わってしまった。


 この日よりセラフィータ・デッラ・マゼッティ伯爵令嬢はセラフィータ・カンプフントとして野に下り、一庶民として人類未制圧領域で生活することになったのである。






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