第8話 え、私の結婚相手、貴方なんです?




 そうして、既に来賓は光神の教会内へ移動を済まし、


「鐘が鳴ったら新郎と共に教会に入れ、って話だけど……」


 そろそろ時間だというのに、控え室で待つセラフィータの周囲には未だ新郎の影も形もない。

 どうしたものか、とセラフィータが悩んでいると、唐突に控え室の扉が開いて、


「失礼、ダナンを宥めるのに時間がかかって……貴方が花嫁か? 貴方を迎えに行くように言われているのだが」


 年頃は十六歳、七歳程度だろうか。フェルドゥス王国空海軍、蒼星騎士団の衣装を纏った少年が慌てたように控え室に駆け込んでくる。


「はい、セラフィータ・デッラ・マゼッティと申します」


――本人、じゃないわね。部下の人かしら。


 セラフィータの結婚相手は三十三歳と聞いている。とするとこれぐらいの従卒を従えているぐらいが確かに丁度いいだろう。


「失礼ですが、従卒さんでいらっしゃいますか?」


 試しにセラフィータが尋ねてみたところ、


「いや、偉大なる魔王陛下より蒼星騎士団の末席に名を連ねることを許された。去年の話ではあるが」


 どうやら既に一人前の騎士であるようだ。慌ててセラフィータは腰を折って頭を垂れて無礼を侘びる。


「これは失礼致しました。お若いのに精強でいらっしゃるのですね」


 改めて、身を起こしたセラフィータは青年の外見を検める。黒い髪に、澄んだ青い瞳。角が見当たらないから第三人類種オーガではなく人間か。筋肉が無いわけではないがかなりの細身で、均衡の取れた体付きはお世辞にも筋肉質とは言いがたい。


 ルーク氏の従卒ではないにせよ、部下か何かなのだろう。そうセラフィータが判断したところで鐘の音が鳴り響き、


「時間のようだ。エスコートするが宜しいか?」


 青年がそう、セラフィータが腕を取れるよう肘を少し曲げて隙間を作るが、


「申し訳ありません。その腕を取るわけには参りませんわ」


 流石に花嫁が華燭の典で、父親でも花婿でもない男の腕を取って案内される訳にもいくまい。

 そうセラフィータが断ると、青年はそういうことか、と呟いて、


「では少し先を行く。足が悪いと聞いているから少し遅めに歩くが、それでも辛いようなら教会入口につく前に言ってくれ」

「畏まりました」


 気持ちゆっくり目にセラフィータを牽引するように歩きだす。

 セラフィータもまた青年の後に続いて光神の教会へと向うが、


――あれ、ルーク氏はどこ? 途中で合流するんじゃないの?


 教会入口前に到着しても、ルーク氏は一向に姿を現さない。

 もしかして中で待っているのか? とセラフィータが首を傾げたところで教会の扉が開かれ、


「――ん? ちょっと待てお前、エスコートはどうしたんだよ!?」


 最前列に座っていた、額と両こめかみに小さな角を生やした三十代半ばの立派な体躯の男が、聖歌隊の演奏を遮って驚愕の声を上げる。

 青年と同じ蒼星騎士団の礼服に包まれた身体は、なるほど。確かに人間よりも筋骨逞しく、骨格自体がより多くの筋肉を纏うべくできていると納得できる造りだ。


 あ、あの人がルークさんか、思ったより普通の人でよかったな、とセラフィータが安堵に胸を撫で下ろす斜め前で、


「仕方ないだろ親父、俺の腕は取れないって断られたんだから」


 青年が軽く肩をすくめれば、なんだろう。

 マゼッティ家側の出席者たちは完全にお通夜モードで、めいめいに頭を押さえたり天を仰いだりしている。


――え、ちょっとお父様もケルビナもどうしたの?


 父親や妹の顔から察するにセラフィータを責める気はないように見えるが、なんだろう。

 一縷の望みは叶わなかった、奇跡は起きなかったみたいな家族の嘆きっぷりが、セラフィータには理解できない。


 意味が分からん、とセラフィータが視線を左右させていると、


「……仕切り直しましょう。誤解を解いておく必要がありますので、新郎新婦入場は四半刻後にやり直します」


 ブルーガーデン守護騎士団である蒼穹騎士団の礼服を纏った学院長が、長椅子から立ち上がり額を抑えながら両者の前に歩み出てくる。


「あの、先生。誤解って……?」


 そう問うセラフィータの前で、学院長はここまでセラフィータを案内してきた青年に視線を向けて、


「セラ、彼がルークです」

「はい?」

「魔族が人の三倍生きるように、第三人類種オーガもまた人の二倍生きるんです。彼がルーク・アル・ルート・カンプフント。今年三十三歳の蒼星騎士団正騎士、貴方の結婚相手なんですよ」

「……………………えぇ」


 流石にそれはセラフィータの、否。マゼッティ家全員の予想を超えていたようだ。






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