第7話 神の祝福、妹の祝福




 聖王国の民は神殿にて生まれてから死ぬまでに七回、神のご加護を賜る。


 生まれてから一年以内、最初の祝福は『水神』で、前世の業を洗い流す祝福を授かる。

 二番目に来るのが離乳期を越えて三歳になった年の『樹神』で、これは木々のようにすくすくと育つようにとの祝福だ。


 その次が七歳の、生命力を讃える『獣神』の祝福。ここまで生き延びて人類は初めて国民としての登録が可能になる。

 なお何故七歳まで国民登録ができないのかというと、都市部ならともかく農村において幼児が七歳まで育つ率は五割を切っているからだ。


 続いて十三歳の『土神』。基本的に正式に職人や商人としてギルドや店に所属し、店員と認められる年。この節目に地に足付いた生活の安定を祈るのである。

 貴族の場合はこれを聖王国立大学院への入学祝として祝福を賜ることになる。


 その次が十八歳の『空神』。聖王国立大学院を卒業した翌年はつまり成年の仲間入りであり、天高く広がる空の如くその者の未来が広がっていくように、とのありがたい祝福である。

 庶民にとっては卒業祝いではなく、成人式としての祝福となる。


 そして人生の最後は当然のように『火神』だ。荼毘に付されて其の者の生命は消え去るのである。


 残る最後の一柱である『光神』の祝福は授かる時期は決まっていない。

 なぜなら『光神』の祝福は婚姻、新たな家族となる両者の未来が明るいものであることを願って与えられるからだ。



 とまあ、聖王国にはそういう文化があるが、他方で魔王国、つまりフェルドゥス王国にはこのような文化はないので、当然七柱の神殿も存在しない。

 今回セラフィータらの挙式の場として学院が選ばれたのは、学院が魔王国で唯一、七柱の神々の神殿を備えた領土だからだ。


 なお此度の挙式ではあるが、セラフィータが特別に例外として取り計らってもらった、というわけではない。

 南北大陸には聖王国、魔王国以外にも中小様々な人類国家があり、それらの国からも留学生(当然、貴族相当の貴人である)が入学してきている。

 そういう生徒と聖王国貴族が婚姻し、かつ聖王国式の挙式が望まれる場合、学院の神殿が式場に求められることはしばしばあるのである。




 そんなこんなで手早く準備が終えられた『光神』の神殿を遠目に、


『空中学院ブルーガーデンはただいまフェルドゥス王国王都バルディア上空に停泊しました。停泊期間は二日。帰国、及び観光で大地にお降りの学生は定刻までの帰還をお願いします。繰り返します。空中学院ブルーガーデンはただいまフェルドゥス王国王都バルディア上空に停泊しました……』


 いよいよ空中学院ブルーガーデンはフェルドゥス王国直上に到着してしまい、本日がセラフィータの挙式当日である。


「お姉様!」


 控え室にて、ごく無難なプリンセスラインを描くドレスを身に纏い終えたセラフィータの前に、


「ケルビナ、来てくれたのね」


 制服を纏った妹、現在学院三年生十五歳の妹ケルビナ・デッラ・マゼッティが不安そうに近づいてくる。

 若草色の髪に蒲公英色の瞳のセラフィータとは違い、父親譲りの青い髪に金の瞳が映える、美しい貴族令嬢だ。


「そりゃあ姉の挙式だもの。でもいいの? お姉様。いくらお姉様が限度を弁えない最低の金食い虫とはいえ、お相手が森の蛮族は酷いわ、流石にないわよ」


 貴方の私評も結構酷いですよ、とセラフィータは言いたくなったが、制服の下に着ている妹の衣服の質素さに何も言えなくなってしまう。

 伯爵令嬢でありながらの妹のこの飾り気の無さは――どうやら妹にまで清貧を強いていたのだとようやくセラフィータは気が付けたのだ。


「いいのよ、金食い虫は森の木にでも留ってカナカナ鳴いているのがお似合いでしょ?」

「お姉様? 私はお姉様のそのバカスカ金を使う悪癖が最低だと言っているだけで、お姉様に不幸になってもらいたいわけではないのですけど?」


 物言いは酷いものの優しい妹が腰に手を当てて、椅子に腰掛けているセラフィータの顔を覗き込んでくる。

 流石に姉妹だけあって幼い頃はよく似ていた顔立ちは、入学当初の頃より大人びてきたせいか、少しずつ違いが現れ始めている。


「大丈夫よ。学院長曰く、森は魔術師にとってはいいところらしいから」

「ふぅん。別に諦めたり絶望したりはしてなさそうね。ならいいんだけど……浪費は程々にしておきなさいよ? お姉様は嫁入りするんだから」

「対魔獣戦線の最前線では浪費のしようなんてないわよ。心配いらないわ」

「お姉様に心配いらない要素なんて何一つない、ってことをお姉様一人だけが理解してないから心配なのよ」


 ものっそい低評価を賜ったセラフィータはそろそろ泣きたくなってきた。これではどっちが姉かさっぱり分からなくなってくるではないか。


「まぁいいわ。少なくともあと二年は私も観光で魔王国に降りられるし……辛かったらちゃんと見栄張らずその時にちゃんと言うのよ。連れて帰ったげるから」


 しかも学生の間ならフェルドゥス王国に降りることもできるので、森に様子を見に来てまでくれるという。


「……私、貴方のことお妹様って呼んだほうがいい?」

「馬鹿なこと言ってないの! ほら、お姉様はアホみたいに勉強できることだけが取り柄なんだから、知恵と知識を相応に売って自分の有用性をアピールするのよ。いいわね!」


 なんか二年会わない間に妹が異様な成長を遂げていて、セラフィータは泣きたくなり――そして別の意味で泣きたくなった。

 妹は家の心配などしなくてもよいと、そう自分が気遣うことなく嫁に行けるよう、あえて自信に満ち満ちた態度を取っているのだと分かってしまったからだ。


「ありがとう、ケルビナ」


 椅子から立ち上がって、そっと妹を抱きしめると、どうやら妹の方も自分の虚勢が読まれた事を覚ったようだった。セラフィータの腰にギュッと腕を回して強く抱きしめてくる。


「心配だわ。お姉様は本当に勉強しかできないから心配よ。大心配だわ」


 一度思い切り鯖折りのようにセラフィータを抱きしめた妹が、そのまま腕を離して無言で部屋の外に消えたのはだから、涙を見せない為なのだろう。


 華燭の席に、悲しみの涙は不要なのだから。






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