第5話 恩師との再会




 まだまだ勝手知ったる学院ということもあり、また空の孤島というどうやっても犯罪者が入り込めない環境故に、


「ちょっと一人で散歩してきます」

「待ちなさいセラ、護衛は?」

「いらないわお母様。ここは学院よ? 不埒な連中なんて入り込めないもの」


 両親に断ってセラフィータは宛がわれた自室を後にし、一人外苑御園を目指す。


 空中学院ブルーガーデンは四重の円環構造をしており、中央が学院区、その外周が各国の寮が並び立つ生活区、その外周に商工業区、最外周を緑の庭園が取り巻くという設計になっている。


 高度な循環系により飲料水は自己完結しているものの、食糧は完全に外部に依存。

 なにせ三万人分の食糧を生産するには外苑御園では足りず、食糧は専ら南北大陸の各地で買い上げて回っている。

 だからこそ外苑御園には研究用途以外の田畑はなく、然るに農学部庭園科生徒たちによる創意工夫が凝らされた、見目良い回廊庭園の様相を呈している。


「私の在学中と少し庭の趣が変わってるわね」


 とはいえ、基本構造は変わらないから迷子になる心配はない。外苑御園に出たセラフィータは水堀の傍にしゃがみ込んで、そっと手を水路に浸す。

 学院の浄水設備は――これもまたオーパーツだが――南北大陸一の濾過性能を誇っているため、この水路に口を付けて直接呑んでも害がないほどの水質が保たれている。


 生臭さや腐臭のしない、人工的なれど極めて美しい庭だ。これより美しい庭など聖王十二諸公国のどこを探しても見つかるものでもない。

 そんな外苑の水路を抜け、ガゼボの傍を通り抜け、セラフィータはブルーガーデンの果ての果てまで到達する。




 空中学院ブルーガーデンには、目に見えた外壁が存在しない。

 一見するとそのまま飛び降りてしまえそうな最外周部にはしかし魔術障壁が備えられていて、ふらっと生物が近寄ると斥力で内側に弾き飛ばされるのだ。


 見た目重視だが、しかし不慮の事故にも対応した作りになっている。

 そんな魔術障壁が発動しないギリギリでセラフィータは腰を下ろし、水平線――いや、雲に隠れて水面は見えないから雲平線とでも言うべきか――の向こうに沈んでいく夕日をじっと見つめていた。


 気付けば空中学院ブルーガーデンは既にモンフェラート公国を離れ、イルティセン公国上空にまで差し掛かっている。要するに、順調にフェルドゥス王国へ向かっているということでもある。


 夕日が雲の下に沈み、空が文色も分からぬ闇に暮れていく様は絶景だ。

 だが周囲にそれを眺める学生はいない。極めて美しい光景なれど、それが日常になってしまえば、わざわざそれを見に来るものなどいなくなるが道理故に。


 そうやってボウッと夕日を眺めていると、


「懐かしいですね、貴方はよくこうやって夕日を見ていました」


 背後から声をかけられて、セラフィータは振り向き、そして慌てて立ち上がった。


「……覚えていてくれたんですね」

「刻印魔術を専攻する聖王国貴族は少ないですし、その中でも貴方は勤勉な生徒でしたので」


 シャラン、シャリンと薄い金属が擦れ合うような音を立ててその場に現れたのは――その人影をどう表現すべきか。

 年頃は、見た目には十二、三歳と言ったところか。肩上辺りで切り揃えた白い髪に赤い目は魔族こと第一人類種マグスに共通する特徴である。


 だがその手足――両足は太股から下が黄金の、右腕は肩から先が白銀の甲冑を纏っている――否、金属の手足を備えたような風貌の少女が、


「先――いえ、学院長」

「昔のように先生で構いませんよセラ。セラフィータ・デッラ・マゼッティ」


 空中学院ブルーガーデンの支配者にして聖王国立大学院の学院長であり、セラフィータに生きる希望を与えてくれた恩師だ。






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