第3話 魔境フェルドゥス王国、またの名を魔王国




 この世界は、七を基調として構成されている。

 主神たる七柱の神々に、七つの大陸と七つの海。主神の名を借りた七つの曜と、陰陽七回繰り返す十四の月。


 そして、七つの人類種。


 人間は第二人類種ワイト、と正式には呼称されるが、他の人類種より圧倒的に数が多いこともあり一般的には人や人間と呼ばれるのが普通だ。

 だが『人類』という場合には、それは七つある人類種全てを内包する言葉となる。


 魔王国、正式名称フェルドゥス王国はその通称通り『魔族』と呼ばれる第一人類種マグスが北大陸最北の地に興した新興国家だ。

 新興、といっても建国から七十年が経過しているのだが、四百年の歴史を誇る聖王国からは蛮族の未熟な未開の地として下に見られている。


 実際、魔王国の文化水準は聖王十二諸公国と比較すれば大いに劣る。

 だが広大な土地を持ち、そして『魔獣すらも国民と認める』魔王国は、この南北大陸最大の農業国であり武力国でもある。


「お相手はルーク・アル・ルート・カンプフント。第三人類種オーガの三十三歳、独身で結婚経歴なし。現在魔王国第三特別区に勤務する蒼星騎士団員、竜騎士ドラグナーだ」

「貴族、ではないのですよね?」

「そも魔王国には爵位制度がないからな。だが魔王からも信頼の篤い騎士の嫡子だと聞いている」


 魔王国は意思疎通が適うなら魔獣をも国民と認めている。

 故に魔王国に三つある騎士団の中で空海軍を担う蒼星騎士団員は、全員が飛竜に跨る竜騎士ドラグナーだ。


 その精強さは聖王国騎士の比ではないとされ、空母という巨大な船で竜騎士を海上輸送し南北大陸のシーレーンを魔獣から守る魔王国空海軍は、今や聖王国にも無くてはならない貿易の守り手である。


 魔王国が空母によるシーレーン上の魔獣の駆除を止めた場合、聖王十二諸公国は各国の予算で商船を武装、自衛をさせねばならない。

 だが本当にそのような未来が訪れた場合、南北大陸間の貿易が壊滅的打撃を受けてしまうほど、今の聖王国は海路の安全を魔王国に依存している。


 そういう意味ではシーレーンを護る竜騎士、フェルドゥス王国蒼星騎士団員というのは国を跨ぐエリートではあるのだが……


「森暮らし、になるんですよね」

「そうだ。竜騎士といっても全てがエースの空母乗りキャリアストライカーではないからな」


 魔王国の各地に騎士団の駐屯地はあり、そこに勤務する竜騎士たちも沢山いる。

 そして今回父親クレートがセラフィータに持ってきた婚姻話は、


「第三特別区とは言うに事欠いて実際は神樹の森。人類未制圧領域ベスティアルエリアじゃないですか!」


 そう、そこは未だ人の生活が安定しない未開の地である。




 この南北大陸に生息するのは七つの人類種だけではない。

 人類国家が支配する土地はこの南北大陸のせいぜい半分程度。


 残りの土地は人と相容れない魔獣が支配する土地であり、それを通称『人類未制圧領域ベスティアルエリア』と呼称する。

 神樹の森はフェルドゥスと隣接してはいるが、紛うことなき人類未制圧領域であり、つまるところそれは、


「対魔獣戦線の最前線に娘を送り出すとか、お父様には血も涙もないんですか!」


 人と魔獣がその土地の支配圏を巡って一進一退を繰り返す激戦区ということだ。


「熱き血潮も清き涙もある。ないのは金だ、お前が浪費したのだ」

「うっ……」


 それを言われるとセラフィータも何も言い返せない。だいたいセラフィータが悪いのだ。


「要件は破格だ。貴族令嬢としてある程度の家格を備えていれば持参金も馬も挙式代も不要。しかも土地が土地ゆえ、普通でなければない令嬢ほど好ましい、ときている」

「私ものすごく普通ですけど!?」

「普通の奴は自分のことを普通とは言わん。安心しろ、お前は誰の目から見ても見た目以外は普通じゃない」

「そこは見目麗しいって言ってくださいよお父様!」


 実際、セラフィータの容姿は貴族令嬢としてはものすごく普通だ。不細工などでは無論無いが、突き抜けた特徴もなく「普通に美しい」女性がセラフィータだ。

 もっとも聖王国では学院卒業後の十八歳で成人と見なすので、二十歳のセラフィータは既に行き遅れ扱い。それ以外には見た目に特徴がないのが特徴みたいな貴族令嬢がセラフィータだ。


 当然、その中身は普通ではない。それはセラフィータ以外の全員が認めるところである。


「お父様、そんなに私の事が憎いのですか? 三十超えても未だ独身のモテない性欲持て余しオーガと森で暮らせと? 私に棍棒持って森でウホウホするような生活を送らせたいのですかお父様は!」

「別にオーガといっても毛むくじゃらの類人猿なわけではない。ただ少し筋肉質で頭に角が生えているだけだそうだ」


 鬼族、第三人類種オーガもまた、七つの人類種に数えられるれっきとした人類である。セラフィータの言うように棍棒を持ってゴブリンを従える、ましてや人間を襲うような魔獣ではない。

 『鬼族』と呼ばれはするが、角が生えていて若干筋肉質で、人間より少し小柄なだけの人類種だ。


 だがセラフィータのような誤解を懐いているものも聖王国には少なくはない。第二人間以外の人類種は、聖王国には殆どいないからだ。

 他方、魔王国は南北大陸では希少となった人間以外の人類種を積極的に保護し国民として認めている。

 第一人類種マグス、魔族が作った国家ながら実際には多民族合衆国というのがフェルドゥス王国、魔王国の現状なのだ。


「あちらさんは私に一体なにを望んでいるのです?」


 人類未制圧領域に貴族令嬢を呼び込んで一体なにを考えているのか、セラフィータにはさっぱり分からないが、


「知識だ。魔王国で国際的な案件に関わる武官には聖王国に関する知識が必須となるらしいからな。それを補って貰いたいらしい。学院を卒業できている令嬢なら文句はないそうだ」


 空母乗りキャリアストライカーはエースだが、ただ強いだけの騎士だ。今回のセラフィータのお相手はエースではないが、指揮官としての能力を期待されての此度の縁だという。

 つまり騎士団の中核を担うことを求められているわけで、そういう意味ではかなりの有望株ではあるのだそうだ。


「ううっ、なら私なんかで満足しないでもうちょっと高望みしてもいいと思うんですけどね。学院卒業生って言ってもピンからキリまでいますよ」


 そう食い下がってくる娘に、父クレートは愛情と誇らしさと若干の哀れみが籠もった視線を向ける。


「ぬかせ、成績だけで言えばお前は文句なしの上位層だろうが」

「くっ、我が優秀な卒業成績がこんなところで裏目に出るとは!」


 確かに、セラフィータは上位一割に食い込む成績で学院を卒業している。

 もしかしたら文官としてワンチャンあるかも、という淡い希望に縋った結果がこれとは泣けてくるではないか。


「それにこの話を私に持ってきたのはモンフェラート公爵閣下だ。断ろうにも断われん」

「! ルナーリア女公爵直々のお話だと……」

「そうだ」


 セラフィータは青くなった。

 死せる聖王のみを王と奉る聖王十二諸公国において、公爵というのは実質的な公国の王だ。その一人であるルナーリア・ディ・モンフェラートはもうすぐ六十歳を迎える、モンフェラート公国の支配者である。

 年老いてなお才気は煥発、頭脳は衰えず聡明でよくモンフェラート公国を統治する、理想的な支配者の一人として知られる才女だ。


「お前も知っての通り、モンフェラートのリーリュ港は魔王国空母『雲竜』の南大陸側母港だ。これがもたらす経済的効果がモンフェラート公国繁栄の支柱でもある」


 北大陸に興ったフェルドゥス王国と聖王十二諸公国の中でもっとも早くに交易を始めたのが、南大陸西海岸に面するこのモンフェラート公国だ。

 当時のモンフェラート公に先見の明があったことは歴史的に見て疑いなく、魔王国の空母が南大陸で骨を休めるのは余程のことがない限り、モンフェラート公国のリーリュ港と定まっている。


 南北大陸最強の軍艦が留まる安心感に並ぶものはなく、だからこそリーリュ港には空母『雲竜』と共に大商船団が入港してくるのだ。


 南大陸一物資が集まる港、それがリーリュ港。

 そのリーリュ港を抱えるモンフェラート公国は、最早フェルドゥス王国とは切っても切れない仲、最大の友好国である。


「お前がろくに歩けないことも行き遅れなことも、魔術に傾倒した駄目娘であることも全てあちら側は気にしないとの事だ。これ程旨い話はあるまいよ」

「お、終わった……私の人生……」


 ろくに走ることもできない身体で、南北大陸最強の武力国の最前線に送られるのだ。

 これが死亡通知と同義でないとどうして言えようか。


「そう心配するな。フェルドゥス側とてモンフェラート公国を軽視できないのは同じなのだ。何らかの方法でお前の生存保障ぐらいはしてくれるだろう」

「どうやって?」

「そうさな、所詮は人の目入らぬ人類未制圧領域。お前が死んでも書類上は生きていることにしておくとか?」

「それは保障とは言いません!」

「冗談だ。一々怒るな」

「笑えない冗談は冗談とは言わないんですよ!」

「はっ、今日は随分とまともに受け答えできるではないか。普段からそうであればこのような事態にはならなかったであろうな」


 力なく首を振る父クレート伯爵の様子から、セラフィータは諦めざるを得なかった。

 どうやらこの話は、もうマゼッティ伯爵家が何をしようとも覆せない案件だと分かってしまったのだ。


 各家に根回しをして回避しようにも、マゼッティ伯爵家には金がない。他でもないセラフィータが使ったのだ。

 人脈だけでは貴族社会は動かせない。その大事な燃料をセラフィータ自身が使い果たしてしまったのだから、誰に文句を言ってもその全てがブーメランとなって自分の元へと帰ってくるしかないのである。






 

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