シヴ・ポリス -日本民営警察事案録-

J.D.

Police Story/プロローグ






 「はあっ、はっ、はあ……っ!」




 コンビニエンスストアの中で悲鳴と共に銃声が木霊する。


 右手に握る拳銃が硝煙を吹き、衝撃を受けた左肩が高鳴る心拍に合わせて酷く疼く。

 視線の先には、胸に無数の銃弾を受けて床の血溜まりに倒れ伏す覆面の男。その手には自身のモノと同じ様に硝煙を吹く小さな拳銃が握られている。




 暫くは半ば呆然とそれ・・を眺めていたが未だ事態が終わっていない事に気付き、震える手で銃を構えながら店内へ視線を巡らせる。

 ドリンクコーナーのガラス扉は粉々に破損、飲料が床に泡混じりの滝を撒き散らし、レジ背後に掲げられたギフトが床に散乱。互いから放たれた何発かの流れ弾が、この数瞬の間に店内へ決して小さくない破壊を齎していた。

 



 「——どうすんだよ、コレ」




 大舘 信治おおたて・しんじ、22歳。


 東都とうと警備保障株式会社・民営警察部・新板橋署配属、着任から0日3時間38分。

 会社史上最速・・・・・・のファーストキル達成という最悪の看板手柄が十字架の様に背中へ重くのし掛かるのを感じながら、彼は天を仰ぐしかなかった……青い空は見えず、涙に滲む視界に映るのは薄汚れた店の天板と埃まみれの蛍光灯だけだとしても。






     ◇  ◆  ◇  ◆  ◇





 西暦2046年。




 日本という国は嘗て先進国だった頃の面影を失い、今やいち途上国と遜色ない有様だった。


 20年前に国内で発生した、難民に偽装された外国人勢力による武装蜂起。

 8年にも及ぶ長い紛争は、国土・インフラ・社会機構・そして国民の心身に深い傷を植え付けるには充分な時間と凄惨さだった。




 真っ先に狙われて壊滅的な被害を受けた後も自衛隊と並び奮闘し続けた警察は通常業務を行える程の余力は残っておらず。

 紛争の立役者であり日本随一の武力を持つ自衛隊は未だ武力干渉の機会を窺う隣国への警戒で国内の治安維持に集中できず。

 失政を重ねた政府は怒りに満ちた民衆と自ら呼び込んだ武装外国人と愛想を尽かした自衛隊により爆破解体の憂き目に遭って。

 そして全国各地には武装勢力の遺した大量の銃器が碌な処分も出来ず放置されたまま。


 結果、犯罪者は銃を持っているのが当たり前になり。それに対抗する為、市民や自警団も銃で武装する。あっという間に瓦礫の平和国家は荒野のウェスタンへと変貌した。


 治安が悪化した事で物流は瞬く間に停滞し、衣食に困窮した者達が徒党を組んで盗賊へと変わり他の住民や周辺の交通網に襲撃を繰り返す事で更に治安が悪化してより地域が孤立していくという悪循環。

 紛争の原因である外国人は存在そのものが悪だという考えの下に各地で自警団などの民間武力団体によって狩り出され、彼らは住民達によって私刑を受けた後に辻という辻へ奇妙な果実を実らせる結末を辿る事となる。




 国連は毎度の如く拒否権発動により介入出来ず、普段は御大層な文句を並べる人権団体はどちらの味方をすればいいやらで右往左往するばかり。米軍は隣国の太平洋進出を嫌ってか撤退こそしなかったものの、本国からの指示により大陸勢力からの攻撃を除き現地への干渉を最小限に控えて殆ど基地に閉じ籠るだけ。


 二進も三進も行かなくなった臨時政府(とは名ばかりの有力者集団)は半ば独立国家群と化した地方に協力を要請。各自治体から代表者を招集し、臨時の国家議会を創設。

 治安維持に関しては自治体や民間人有志による自警団ではなく国家及び自治体の承認する警備会社を始めとした企業型の警察組織に一任、武装・逮捕権を付与して運用する方向で法案を作成。後に様々な修正を施されたそれが現在の〈民営警察法〉として施行された事で警察組織の強化と人員の水増しに成功。様々な問題を残しつつも日本の復興を後押しする事となった。




 しかし10年に渡る復興事業でもそれを成せたのは結局旧都市部とその周辺だけ。田舎では地元勢力の反発や武装集団の度重なる襲撃により復興は遅々として進まず、その治安は西部開拓地ピンから紛争地帯キリまで。


 無法地帯カオスと呼ぶには人々の心には未だ秩序の残火が燻り、法治国家ローフルと呼ぶには法の力及ばぬ者達や混沌とした地域が未だに残っている。




 現代の日本。そんな中途半端な国ミッドランドの上澄みで、俺は命懸けの〈民営警察シヴ・ポリス〉をやっている。






     ◇  ◆  ◇  ◆  ◇






 「えー、では!大舘 信治新任警士しんにんけいしの着任と、初陣生還と……あとは〜……「ファーストキルっス、ファーストキル」そうそう!署内最速の童貞ファーストキル卒業を祝って乾杯!」


 「『カンパーイ!』」




 時と所変わって勤務終了後、所属署近くの居酒屋にて。


 俺は既に酔っているのか赤ら顔の同僚達に囲まれながら飲み会に参加していた。




 「着任早々最初に寄ったコンビニで、たまたま強盗やろうとしたチンピラと遭遇して、ソイツに先制射撃喰らってから無事に返り討ち?なお前!ラッキーマンだな!」

 「どっちかと言えば〈悪運バッド・ラック〉でしょ!そういや前に最速だった奴って誰?」

 「確か赤坂君だろ?二日半の。でもあっちは太腿ブチ抜かれて半月病院送りだったし、結局事務職に移っちゃったじゃん」

 「どーしても命懸けだからねウチらの仕事。だから給料は良いんだけどさ!アハハハッ!」


 「あはは……」

 未だに痛む左肩をバンバンと叩きまくる笑い上戸の先輩に引き攣った苦笑いを浮かべ、本日の主役として中心で縮こまりながら口に付けた中ジョッキを傾ける。

 男女の混じる集団の中で飛び交うのはキルスコアや負傷自慢、装備品のブランドに犯罪情勢など鉄と油の臭いが鼻に付く話ばかり。酒のせいにしても笑顔で話せるような内容じゃないだろ、と内心独り言ちながら今日の出来事を振り返る。


 俺は銃撃の直後にその場で暫く呆然としていて、銃声を聞いて駆け付けた指導員に一瞥されると「後は俺がやっとく」とだけ言われ問答無用で警邏車両へと押し込められた。

 本来なら被疑者の確保と同時に現場の保全と当事者の留置を行うのも仕事と教えられていたが、俺の方は緊張が解けてから足腰が立たず。仕方なく車内からぼんやりと対応の一部始終を見ているしかなかった。

 そして署内に戻っても応急処置が終わってからは状況説明や各種申請書類・証言書への署名捺印に追われ、気付けば就業時間も終わって先輩社員に呼ばれ、こうして酒の席に着いている。




 初めて人を撃った感触は、訓練よりも軽く感じた銃の反動と、腐ったような血の臭いと、指導員に歩み寄られた時に脳裏に過った「ああ、やってしまった」という絶望にも似た小さな感嘆。

 俺はあの一瞬で弾倉に込められた半分以上の弾丸を発射し、相手は全身に十二発の銃弾を受け、その内五発は脳・心臓・頸椎といった急所を貫いていたらしい。無論相手がそれで生きている訳もなく、目には床で倒れ伏す犯人の姿が傷の細部まで今も焼き付いている。




 「おい新米、今お前が考えてる事を言い当ててやろうか……『人殺しがこんな軽い感覚で良い筈がない』、『ひょっとして俺は異常なのかも』ってところか?」


 ジョッキを二、三ほど片付けた所で気付けば、隣で俺の内心を見透かすように代弁して来たのは琥珀色の液体が入ったグラスを片手に普段通りの青白い顔でニヤつく痩せぎすの男。


 「落合、さん」

 「俺から言わせれば、犯罪者を殺して罪悪感を感じる方が異常だよ。お前は血を吸い、病気を運ぶ蚊を叩き潰すのに罪の意識を感じるか?」


 彼こそ俺の指導員であり、現在臨時の相棒バディを組んでいる落合 紀彦おちあい・のりひこ

 着任初日からのトラブルで碌に話せておらず他の同僚と同様、未だ人物像を把握しきれていないが……命を軽々しく扱う様なその言葉は酷薄な刃となって俺の心を突き刺した。


 「っ……人間と蚊は、違いますよ」

 俺は思わず感情的に否定しようとして、それでも努めて冷静にそれだけ口に出すが、彼はそんな自分の何が面白いのか軽薄な笑顔を消そうともしない。


 「違わないさ、どちらも他者を害する事でしか生きられない存在と言う意味ではな」


 理性がある分で考えれば蚊以下かもな、と続ける彼の顔がずい、と近付く。


 店内に広がっているであろうアルコールやタバコの匂いは、不思議と目の前の男からは発されていない。

 「いいか?犯罪者ってのは手前ェ一人じゃ生きられねぇ癖に、他人に負債を押し付ける様なクズだ。そんな奴を一人生かすのにどれだけの労力が必要になる?……俺はそういう奴が殺したいくらいムカつくから、この仕事に就いてるんだよ」

 俺を正面に据えるその瞳は酸化した血の様にドス黒く虚ろで、三日月の形に割れた口唇が照明の影で不気味さを更に強調する。



 「——一つアドバイスだ。これから幾ら悩もうが苦しもうが勝手だが、今日の躊躇いのなさだけは大事にしておけ」

 相棒の引き金は軽い方が助かるからな、と左の手で引き金を引く仕草をしながら彼はグラスを一息に呷ると、幹事に紙幣を数枚握らせてその場を去っていく。




 多分だが今の世の中、警察として職務を続ける上で、彼の言っている事の方が正しいのだろう。


 善人と悪人が居るならば、迷わず善人を優先すべきだ。


 だが、俺はそれでも悪人だからと簡単に切り捨てられそうになかった。

 ひょっとしたら取り押さえる事も出来たのではないか、撃つにしてももう少し上手いやりようはあったのではないかとつい考えてしまう。




 彼はどうなのだろう。

 躊躇いなく撃てるから後悔する事もないのだろうか。

 それとも、後悔したくないから躊躇いなく撃ちたいのだろうか。




 暗くなる気持ちを誤魔化す様に追加のジョッキを呷り、更に揚げ物へパクつく。

 悩みの大抵は酒と脂が溶かしてくれる、とは誰の言葉だっただろうか。どうやら俺の抱えたそれは、簡単には消えてくれそうになかった。





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