僕とじいちゃんと犬
葉山 海
第1話 僕とじいちゃんと犬
目玉焼き、ベーコン、パン、牛乳、サラダで朝ごはん。毎朝2人分。生まれてからの食事の3分の1がこれである。じいちゃんには、コーヒーを作る。じいちゃんは、洒落た趣味を多く持つ。コーヒーもその一つだ。コーヒー豆からこだわる。ご飯のたびに淹れるが、朝は僕が引き受ける。僕も大学生なってから、コーヒーを飲み始めた。朝ごはんだけは、幼いころから僕の担当だ。だから、シンプルなメニューでありながら、味は極めてる。(ここからどんなことでも極めることができることを学んだ。)コーヒーの淹れ方は、まだまだ奥が深い。手早く朝ごはんを作って、ラッキーにドックフードをあげて、食卓についた。
「いただきます。」
「じいちゃん、どう?」
「いつもいつも」とじいちゃんは笑った。
「おいしいよ」
僕らは笑って、挨拶となっているやりとりをかわした。
「豆の種類を変えたのかい。」
「うーん。今日は焙煎の程度と淹れ方を変えたんだ。」
「そうかい。これは、お気に入りだな。もっと詳しく教えてくれ。あとで淹れてみる。」
家にはのんびりとした空気が流れる。僕はこの空気が好きだ。
今日も朝食を作りすぎてしまった。
朝食の片づけとともに、支度も始める。忘れずに、観葉植物に水をやる。じいちゃんが、大事に育てているものだから名前は詳しくは忘れてしまったが、太陽の光に照らされて、葉の水滴とともに生き生きと輝いている姿が愛おしく感じられた。そうして眺めていると、ラッキーがリードをくわえてやってきた。
「もうそんな時間かー。」
と言いながら、ラッキーの頭を撫でた。弾む吐息からは嬉しさが溢れている。白い毛並みで両耳だけが黒いのがチャームポイントだ。
ラッキーは、僕が小学生の時、台風の中、家の前にいた。一時的な避難のつもりで世話をしたが、いつの間にか家族になっていた。
「健気でかわいいなぁ、おまえはー。」
ついつい声が高くなり、顔を擦り合い、一通りお互いにじゃれ合った後、散歩に出かける。
少し前から散歩コースを変えた。少しだけの時も、大幅な時もあるが、一年に数回変更する。僕も犬も毎日同じ道というのも飽きるからだ。歩いてみると新たな発見があり、散歩がまた新鮮になる。
家に帰ると出発の時間であった。
「いってきます―」
電車に乗って、家から通える大学に向かう。
進路を決める時、じいちゃんは、「どこでもいい。好きにしなさい。一人暮らしか?」「これからが楽しみだ。」などと期待していたが、僕はそれに曖昧にしていた。物心ついた頃から、二言目、もしかしたら、一言目には、じいちゃんが口癖だった。そんな僕は、昔から変わらず、じいちゃんの近くにいたいと強く思っていたから。しかし、じいちゃんも心の底では、寂しさがあったことを僕は知っている。ある時、一度、「私の気持ちで、羽ばたいていくのを邪魔してはいけない。」と小さくつぶやき、自分に言い聞かせるようにしていたことがあった。
僕とじいちゃんとの間の慕いや愛しみは、互いに唯一の肉親であるという、悲しみからではない。それは、きっと、もっと、普遍的に存在するものではないか。僕とじいちゃん、ラッキーにも通じているものだ。家族に、親友に。互いに必要としている大切なものに。
大学では、工学を学んでいる。規則正しいようで、予測不能、まるで生き物ような振る舞いをするパソコン、機械や人工知能に興味がある。仲間たちと作ったスマホアプリは、最終段階だ。今日は、特別講習があったりといつもより疲れた。アルバイトを終えた後、電車に乗って家へ帰る。空には星が輝いていた。
家の電気はついていなかった。
「ただいまー」
「わんっわんっ」
ラッキーが玄関に走ってきた。勢いあまって、止まれずに僕に抱きしめられる。
「ははっ。じいちゃん、ただいま」
「おー、おかえり。今日も遅かったな。朝ごはんはまだか?」
「何言ってるの、じいちゃん。夜ご飯でしょ」と僕は笑った。
「いや、朝だ」じいちゃんははっきり言った。
また…。
この頃、じいちゃんとは、しばしば、このようなやりとりをするようになった。
夜、リビングで僕とじいちゃんとラッキーでくつろいでいた。暖色の照明が静かに揺れて、あたりを照らす。年季が入ったこの家のすべてをより調和させていた。
僕はソファーに座り、ラッキーは僕の膝を枕にして体をあずけて、気持ちよさそうに撫でさせている。触れる毛が柔らかで、こちらも快い。そうして、いつものように、じいちゃんに今日あった友達との会話や学校について話していた。
「はは、そうかいそうかい。田中君という子かい。おもしi…」
…スマホの電池が切れてしまった。今日は、スマホは学校でもたくさん使ったなぁ。
ラッキーの温もりがより身に染みてくる。
じいちゃんは、一年前に亡くなった。突然のことだった。僕は、信じられなかった。だから今でも、朝食を作りすぎてしまう、じいちゃんがやっていた観葉植物の世話だって忘れ気味になってしまう。だから、仲間と作っていた人工知能のアプリを応用させて、スマホの中にじいちゃんを作った。毎日の生活、言動を学習させた。そして、このアプリは、最終段階である。しばしば、会話にバグがあるが、前と同じにじいちゃんと話せている。こうして、じいちゃんとの思い出で作ったじいちゃんと暮らしていた。
最近は、じいちゃんの死を受け入れたくない気持ちと裏腹に、受け入れようとする自分がいるのだ。両親の墓には、一年の必要な時にしか行っていなかった。しかし、ラッキーとの散歩コースを変え、毎朝じいちゃんに会いに行く。今の僕の中には、同じじいちゃんが二人いるような不思議な感覚であった。
朝、スマホをつけると、じいちゃんがいつもと違っていた。急に、学習させたことからは、言うことがないであろうことを言いだした。本当の、じいちゃんであった。
―…ザザザッ―
「
(なんで、なんで、知ってるんだ。思い出は、教えてないのに、)
「…っじいちゃん」
「そのままだが、たくさんの幸せに巡り合えるように、たくさんの幸せを与えらるようになってほしいと思って、そりゃ、考えたんだ。」
(うん。)
それは、一度僕から聞いたのと、ラッキーを名付けた時にも言っていたことだった。
「まだまだ人生は、色々な経験がある。私は、ずっと、幸の幸せを願っているよ。さあ、もう時間だ。本当に最後だ。今までありがとう。」
「じいちゃん!」
じいちゃんは、微笑んでいた。
-プツッ―
それから、アプリがつくことはなかった。
(最終段階で失敗なのか?なんだったんだ、、不思議だ、)
「じいちゃん…。」
「わんわんっ」
ラッキーが、顔を舐めてきた。
「わあぁっ、なんだよー。わかってるよ、ご飯だろ。そんなに顔を舐めて、めずらし、、」
いつからか、泣いていたのだ。そういえば、じいちゃんがいなくなってから、一度も泣いていなかった。
じいちゃんは、全部わかってたんだ…。
「ラッキー」
僕は、ラッキーをぎゅーと抱きしめた。温かい。呼吸音、心音を感じる。
「ありがとう。もう、大丈夫。」
僕とじいちゃんと犬 葉山 海 @HayamaKai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます