第47話


 腕を一つ落としたとはいえ、未だに三本の強力な武器が残っている。それぞれ右上の腕が水瓶、右下の腕が薬壺、左上の腕が錫杖である。切り落とされた左下の腕は、今は地面で無機質に転がるだけだった。


 そこで龍は右下の薬壺から、一粒だけ金色の球体を口に含んだ。地球でいうところのビー玉に近いほど透明で、金色と相まって不思議な色合いをしていた。先ほどまで流れていた血がピタリと止まる。完全に傷口が塞がっていた。


 厄介な自己回復もちか、とリオンは平坦に龍を見る。依然として保たれる平静が、彼女の急成長の証明となっていた。脳裏にて分析が動き続ける――切り傷などは薬壺により回復されてしまうから、やはり順に腕を落とすか、それとも一撃必殺の首を狙ってみるか。ネオとマテオのおかげで無限に選択肢が見えていた。


『口を増やすのはどうだ』

『……それって?』――リオンは音を出さず意志で応じた。

『我が「交渉権」があれば、森の木々を味方にできる』

『身に纏う装備だけに限らないのは有難いけど、私の力として扱えるの?』

『ふむ、つまり「擬音」として作用するのか、という疑問か。無論である。そもそものところ、我が「交渉権」は擬音に含まれる複合スキルだと思って構わない』

『最高の能力じゃないの。難しい条件があったりするの?』

『――ある。文字通り交渉して、協力を取り付けるのが条件だ』

『なるほど、ね。癖があるけど面白いスキルだわ』

『……今の段階では無機物より生命体の方が楽に交渉できるだろう』

『でもネオって……』

『聖剣は生命体に近い領域にある』

『なるほど、ね。だから木を狙えってことね』

『彼らは数も多く大らかだ』

『わかった。何となくコツが理解できてきた気がする』


 腕を落とされた龍が警戒を続けている内に、彼女は少し下がって背後の木に身を寄せた。それからネオを握るマテオをそっと宛がう。すると、またもや若干の不気味さはあるが、木の幹に口が現れた。


「ねぇアナタ、私に協力してくれない?」

「是非に断らせてもらおう。この森はアナタを歓迎できない」

(……全然、マテオの話と違うじゃない)

「そう言わず、悪い話じゃないと思うけど?」

「……やはり断る。具体的な旨味が提示されていない」


 非常に現実的な交渉決裂に、ここにきてリオンは平静を崩し顔を顰めた。しかし、すぐに平静を取り戻して龍へと視線を戻す。瞳には覇気が戻り始めており、いつ攻勢に出てきても不思議ではない。時間の無いなかで、彼女の代わりに口を開いたのは、名を取り戻した聖剣ネオであった。


「僕たちに力を貸して欲しい。あの龍から理不尽に攻撃されているんだ」

「ここは彼らの縄張り、踏み入れば当然のように拒まれる」

「こんな理不尽が許されていいはずが無い。お願い、力を貸して」

「……汝の名は?」

「僕は『ネオ』。ゼオンの子だ」

「ゼオンの子……まさか、あのゼオンの。……ネオ様、力を御貸しします」

「ありがとう。共に戦おう」


 先ほどまでと打って変わった木の態度に、リオンはムスッと頬を膨らませる。そこから空気を吐きだして、また平静を表情に戻した。やはり木の態度が気がかりだったが、今は言及している暇もない。リオンは龍に向かって正眼に構える。すると、ネオの時のように、お互いの意思を共有するような感覚が芽生えた。この感覚のおかげでネオと擬音を合わせられたのだ。


「じゃ、よろしくね」


 挨拶を終えた時には、リオンは自身の可能性の探求に夢中になっていた。最初に導き出した結論は――……


「「「ビュンッ!」」」――同擬音の重ね掛けである。


 優に龍の可視域を超えたリオンは、厳かなる者の背後に出現。気配のみで気づき、理由は錫杖を背後へと振るった。凄まじい一撃であるはずなのに、まるで水を通過するようにリオンの身体を過ぎるだけであった――残像である。


 背後の背後は正面――に、突如リオンが出現する。あまりの移動速度に龍の首は間に合わず、完全なる隙に向かってネオを振るだけであった。漢数字の「一」が、龍の首元に描かれる。それは次第に朱色に染まって……ずるりと頭部がズレていく。


「圧倒的な速度の前では、どんな神器も無意味ってことよ……」


 ――ズキンッ。リオンの頭部に酷い痛みが走った。思わず片膝を着いて、右手を額に当てる。脳の血管が膨れ上がるような感覚に、彼女は盛大に顔を顰めていた。


『同一の擬音の場合、今のところは三つが限界なのだろう』

『先に言ってくれる? もっと木に声をかけてたら死んでだかも……』

『それは済まない。だが、他の擬音の同時発動の制限は少なそうだぞ』

『……これって原理は? 今後は改善されるのかしら』

『されるはず。おそらく肉体のレベルに関係しているのだろう』

『レベル? 鍛練的な意味合いの話よね?』

『いや、若干の齟齬があるが……まあ誤差の範囲内だと思える』

『なんとなく流されたような気がしたけど、今は対応できない。というか眠りたい』

『ここが夢の中だとしても?』

『もう、ここは現実じゃないの? ……でも限界よ……おやすみなさい』


 ついにリオンは倒れてしまった。度重なる覚醒による負荷が、夢の中でも現実のように重なったのだ。そんな彼女の下に、ゆるりと近づく足音が一つ――……





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〈あとがき〉

▷次回の投稿は25日になります。申し訳ございません。

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雑用キャンパー就活太郎 木兎太郎 @mimizuku_tarou

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