第46話


 マルテラから預かったガントレットが、ここにきて進化を始めた。それは、おそらく預けたマルテラでさえ予期せぬ事態であり、彼女もまた意思を持つ道具など制作したことはなかった。この特異な環境だからこそ起きた、ある種の奇跡なのかもしれなかった。


『――我が能力を行使せよ』


 それは彼女の脳裏にのみ聞こえるようで、龍は停止した彼女を訝し気に観察しているだけだった。もはや何の説明もなく、直感的に情報が流れ込んでくる。いつの間にか彼女は、マテオについて理解していた。それこそスキルのように。


「アナタの名前は?」

「僕は『ネオ』、ゼオンの子だ」


 リオンの問いに答えたのは、ガントレットでも、ましては秋の龍でも無かった。まるで子供のような口調で、マテオに握られた彼女の聖剣が答えたのだ。それもマテオとは違って、しっかりと音を伴って……。いつの間にか、剣身には口がある。やや不気味ではあるが、子供らしい口調が緩和させていた。


「そう、『ネオ』だったの、ね」


 リオンの聖剣は、彼女が瓦礫山脈に向かう際にロザリッテより送られた記念品でもある。しかし、その裏には貴族連中の思惑が含まれており、使い捨ての彼女に名の無い聖剣を送ったのだ――が、それは貴族からの視点である。実際のところ聖剣には名があったが、古い記録の中で摩耗してしまったのだ。名の無い聖剣は力を示せず、今日になってようやく、その本領を発揮することになった。


『ありがとう、マテオ』


 彼女は脳裏に声を響かすガントレットの「マテオ」へと、同じく音を使わず意志により礼を言った。今の会話の全ては、マテオの「能力」である。新たに目覚めた力の名は「交渉権」――あらゆる物質に口を与え、会話を可能にする。


 それは無論のこと、聖剣の名を暴くだけでなく――リオンにとって絶大な力を発揮することになる。


「ネオ、私に力を貸して」

「今日までずっともどかしい思いをしてきたんだ。ずっとキミの力になりたかった」

「もう私のことは十分に知ってる?」

「まだ月日は短いけれど、完璧に合わせられるよ」

「優しいのね」

「キミこそ。名の無い僕は普通の剣と同じだったのに、ずっと捨てないでくれた」

「幸せの敷居が低いのね。でも、もう大丈夫。私が一生幸せにしてあげるから」


 彼女の視線は龍へと流れる。その視線には不気味なほど敵意が無く、絵に書いた水面ほど静かであった。戦闘という緊急事態を意に介さず、単なる事象として飲み下し始めている。龍との間に隔たる力量差が、彼女を次の領域へと誘引していた。


「バンッ!「ビュンッ!」」


 高速で移動する彼女の背後に二つの擬音が生じる。同時に跳ね上がる龍の顎が、彼女の新たな力を証明していた。それは戦闘中の攻撃というより、突発的な現象と言った方が適切なのかもしれない。それほどに読めず、それほどに唐突であった。


 リオン自身も気にすることは無かったが、万能型の「擬音」にも、掠れるほどの弱点はある。それは使える擬音が一つであること、その原因が「口」が一つしかないことだった。つまり、成長により上限が増える訳でもない。全ては重なった数奇な偶然でしかないが、彼女は最も厄介な弱点を克服したのだ。


 ――龍は攻撃を受けても動じず、ギロリと跳ね上がる顎の奥からリオンを覗いていた。この短時間の間に、彼女が成長していることを悟る。短期決戦を望むか、と大きな口を鈍重に開いた。


 そこから徐に火炎を放つ。今までとは全く別の龍らしい攻撃である。確実にリオンの虚を突くはずのそれは、彼女の視界に単なる事象として映った。「僕を使って」と囁くネオ、迫り来る大瀑布の火炎を一瞥すると、リオンは虚空へと聖剣で数字の「1」を書いた。


 完全に振り終わってから注がれる龍の火炎、それはネオの通った道に従って、リオンを避けるように左右に別れて紅葉を焼くだけであった。特段、凄まじい能力ではないが、これがネオの力「残心」である。空に残る斬撃……――それは軌跡の残り香のように。


「いくわよ、ネオ」

「勝てるよ、僕らなら」

「ザンッ!「ビュンッ!」」


 空に残る斬撃に、前進の擬音が重なる。リオンとネオの合作は、火炎を切り裂きながら龍へと向かった。凄まじい勢いをそのままに、龍より羂索を握る腕を奪った。

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