第45話
◇――[夢うつつ]――◇
それは現実と地つなぎの景色であるかのようであった。呼吸をすれば秋が香って、歩けば落ち葉がカサリと音を鳴らす。試しに腕を抓れば、しっかりと痛みが生じたのだ。しかし、ここが夢だと言う慢性的な感覚が生じる。ずっとデジャブの中にイルカのような、とにかく奇妙な感覚である。
秋に耳を澄ませば、奥に金属の弾ける音が混じる。秋を切りながら、太郎の足は音の鳴る方へ向かっていた。背の低い木々が立ち並び、そのどれもが紅葉や銀杏の赤と黄色で着飾っている。これほど飽きない散歩道はあるだろうか。歩みを進めつつも太郎の視線は遊びを設けていた。
そうして、一点にて視線が留まる。赤や黄の強調する鉄色が、紅葉の中を舞っているのだ。剣から視線でなぞれば、それをリオンが握っている。未だに浮遊感のようなものが太郎を満たしていたが、さほど時間に余裕はない。ここから一度でも出れば、おそらくタイムリミットが来るはずだ。
リオンが戦っているのは、言ってしまえば龍である。どこか幼子の工作のような容姿の龍だ。鬣は銀杏に身体は木質、尾は紅葉だ。身体には腕が四本と足が一本、新種のナナフシのようでもある。木が柔軟性を持ってぬるりと動くのだから、現実味は限りなく薄い。無論、茸のような魔物を見たことがあるので、有り得ない話では無いはずだが、とにかく常識が邪魔をして見慣れないのだ。
龍の手には錫杖が握られており、それがリオンの剣と弾かれ合って金属音を鳴らしているようだ。互いの振るう速度が凄まじく、それは劈くような激しい音であった。
とはいえ、どちらの武器もへこたれる様子はない。この戦いは長引くだろう、と太郎は他人事のように観察を続けていた。
もはや、ここが何処かさえリオンには理解できていなかった。意識が鮮明になった瞬間から、この秋を模写した龍と戦い続けている。腕の数も厄介だが、その腕が持つ道具も厄介である。東方の国の宗教にある『仏教』。その仏が持つ法具を所有しているのだ。上の右腕が水瓶、下の右腕が薬壺、上の左腕が錫杖、下の左腕が羂索となっている。無論、神仏が持つ物の劣化版だろうが、どちらにせよ強力な道具であることは間違いなかった。
ステップインと同時に聖剣を振り切る――も、錫杖が一撃を払う。やりとりに生じる衝撃が単なる防御のそれではなく、錫杖そのものに衝撃を発する力のようなモノがあるのかもしれない。直後に振られたのは水瓶、そこから溢れる水がリオンを飲み込もうと迫った。リオンは水に向かって「ボンッ!」と呟く。水は爆ぜて飛び散り難を逃れた。
どうやら無限に水を吐き出すというだけで、水に意志があるような凶悪さは無い。とはいえ、水を被れば当然のように動きは鈍るし、予備動作なしに放たれるだけでも厄介ではあった――が、擬音で無力化可能である。
そんな一瞬の油断に、羂索が伸びてきた。咄嗟に下がりつつ剣を振り切れば、それに羂索が巻き付く。間髪入れずに振りかけられる水を、リオンは「ボンッ」で迎撃する――も、そこに隠れる錫杖までは見切れなかった。腹部に衝突する錫杖の先端が、それ以上の衝撃を彼女に伝える。
一気に後方へと吹き飛ばされてしまった。空中で擬音を唱えようとするも、肺の空気を衝撃に絞られて声がでず……。そのまま地面を転がって、紅葉を撒き散らしながら線を引いた。適当な木にぶつかって止まると、激しく揺れた木が彼女に紅葉を振りかける。余すことなく肉体を苦痛が満たすのに、意外なほどリオンは冷静だった。
敵の攻撃を分析し、咀嚼しようと思考を回転させ続けている。フラフラとしながらもリオンは立ち上がった。その時、感じたのは脈動する腕代わりのガントレットであった。脳内に声が響く――「我が名は『マテオ』である」――通常なら右で持つはずの聖剣を、自然にリオンはガントレットに握らせていた。
そして、確信する……――勝利を。
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[あとがき]
▷十日間ほど休みます。17日以降投稿になります。申し訳ございません。
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