第44話


 低温調理したダチョウ肉を鍋から引き揚げて、俎板の上でスライスする。中サイズの皿に盛りつけて、上から「一」の字を描くようにソースをかけた。続けてマツタケの炊き込みご飯を引き上げ、それを三人分のみ茶碗に盛った。後で怒られそうだったからリオンの分も残しておく。


 そして、最後に自分の分を含めて酒を注ぐ。ジャッキーとジョージに配れば、彼らは配給を待つ学生のように梟互を見ていた。やや不純な感謝ではあるが、流石に食事中に酒が無いのは可哀そうであった。そもそも、今日の料理は飲酒を想定して作ったのだから。


「こちらは『マツタケとアケビの炊き込みご飯』と『ダチョウ肉のワインソース風』です。どちらも酒と最高の相性だと思いますよ」

「こんな香りが飯からする日がくるだなんて……」

「野営らしい粗雑さもあるのに、どうしてここまで美しく思えるのか……」


 二人が「いただきます」と酒で口を湿らせ、それから茶碗を持った。まだ湯気の立つ炊き込みご飯を口に含んで、モニュリと顎を動かした。口に入れた瞬間のマツタケのインパクトが、醤油と出汁を吸った白米に緩和される。しかし、香りを逃した訳ではなく、口内にて味覚として昇華したのだ。爆発する旨味に瞳を見開いて、頬を涙がなぞっている。ジャッキーは音を溶かすように「美味い」と言った。


 似たような工程を超えたジョージが、ダチョウへと箸を伸ばす。口に運んだだけなのに、鶏肉の繊維がセーターの毛糸のように簡単に解れてしまった。それが、やや渋みの深いソースとマッチして、吹き抜けるレモンの香りと共に清涼感をもたらす。最後に湿らす程度の酒を含めば、残るはずの渋みまで旨味と共に駆け抜けていった。


 おそらく樽で用意されても、二人は酒を飲み干せただろう。それほど、この料理と酒の相性は良かった。追いかけるように太郎も酒を飲んで――……


 ――ギュルリと白目になる。


 ようやく瞳孔が戻ってくれば、まるで約束されたように自然と箸が炊き込みご飯へと伸びていった。全ての旨味が互いを引き立て、アケビの食感までもが活躍していることに頬を綻ばせる。上手く食材同士を活かせた時ほど、料理を作った者として喜びを覚えるのだ。とはいえ、脳裏には反省がチラつく。単体の料理として高いレベルではあるが、酒と合わせるのなら少し醤油が足りなかったのかもしれない。


 そんな後悔を抱えて鶏肉に挑めば、駆け抜ける美味に料理の成功を見た。果物の清涼感と植物の渋み、それに酒の旨味が融合して調和している。仮に長年の大工でも、ここまで上手くは食材を組み立てられないはずだ。梟互は箸を握る力を強めた。


 こんな危険地帯だと言うのに、あっという間に食事は進んでいく。旨味が口を満たす度に、後々に現れるであろうリオンの怒りの表情が浮かんだ。炊き込みご飯は残してあるが、この時間が共有できないことを怒るような人だと太郎は思っていた。


 そうした懸念もあって、太郎の視線は自然にリオンへと動く。彼女は変わらず毛皮の上で瞼を閉ざしていた――が、急激に身体をビクリと動かした。数十センチほど腰を浮かせたのだ。ジャッキーとジョージに視線をやるも、彼らは食事に夢中で気づいていないようだった。元より頼りになるかも怪しいので、太郎は二人には告げずリオンの観察を続ける。


 今度は僅かに身体を振るえさせて、緊張状態であるかのようであった。どんな夢を見れば、これだけの寝相に成るのか……。いや、違う。ふと太郎は異変の理由に思いあたった。この場所は次元が歪んでいるのだ。今、太郎の意識があるのが第三次元だとすれば、第四次元などの他次元は何処にあるのだろうか。

 

 脳裏に幻想レベルの仮説が組み立っていく。論理は崩壊しているはずなのに、ここは剣と魔法のファンタジー世界である、と説得力を累積させるのだ。


「ジャッキーさん。今日は見張りを頼めますか?」

「あ、あぁ、そうだな。少し酔ってるが可能だ。ここじゃ役立たずだしな」

「というか、見張りと言うより寝ないで欲しいんです」

「は? それってどうして?」

「……まあ色々と。とにかく、何か異変があれば起こして下さいね」

「お、俺達に解決できるとは思ってないさ」

「では、よろしくお願いします」


 普段は見張りを率先する太郎が、毛皮の上で仰向けに倒れた。どことなく奇妙な様子にジャッキーは視線を細める。しかし、普段から口数の少ない太郎の考えていることなど読み取れるはずもなく、首を左右に振って思考を捨てた。今は見張りをすべきなのだ、と自分を嗜める。


 無作法だとは理解しつつも、太郎が目を閉じたのを見計らって、ジャッキーは空の御ちょこを舐めた。

 

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