第43話
普段通りに手早く設営を終えた太郎は、紅葉に毛皮を敷いて座るも左右をジャッキーとジョージに挟まれていた。もちろん彼らにも毛皮を渡したが、まさか両隣を挟んでくるとは思わず……。まるで、オセロの駒にでもなった気分であった。とはいえ、どうやら二人は怯えてしまっているようで、邪険にするのも可哀そうだ――と、拒絶することができなかった。もちろん、巻き込んだ側の弱みではある。酷く揺れる篝火が、それぞれの顔を不規則に照らしていた。
「ほ、包丁を使いますから、肘を動かす隙間を下さい」
「…………少し離れろってことか?」
「それ以外に意味がありますか?」
「いや、無いと思う。だが、離れるのは無理だ」
「……はぁ。では、料理を始めます」
彼の言葉に説得された訳ではない。触れ合う両肩、その両方から震えを感じてしまったのだ。酷く怯える彼らを放置できるほど、梟互も鬼では無かった。多少は窮屈な構図となるが、仕方なく調理を進める。
すでに俎板には食材が並べられていた。ほとんどが前日の残りものだが、新たに手に入れた切り札の役割が大きい。並んでいるだけで香りを脳に届けるマツタケに、両隣の二人は熱い視線を送っていた。まるで挟まれる太郎のように、マツタケもアケビとダチョウ肉に囲まれている。
「た、太郎氏。頼むから酒をくれないか?」
「怖さを飲酒で誤魔化すのは推奨できませんよ」
「別に構わないだろ。冷静でいたくない時だってあるさ」
「気持ちは解りますが……」
「なぁ、頼むよ。これ以上は我儘を言わないから」
「お、俺からも頼む。隊長も俺も限界なんだよ」
「酒が飲める余裕があるようですが、ね」
やや愚痴っぽく言葉を吐き捨てながらも、太郎は二人を交互に見て観念した。篝火の上に小鍋を置いて、そこに水を灌ぐ。明らかに酒の出て来るような流れに思えず、二人は太郎を咎めるように見た。
「ど、どういうことだよ?」
「まぁ見ていて下さい」
二人が恐怖に震え続けること5分。小鍋から湯気が立ち始める。そこで太郎は火から小鍋を離し、立ち上る湯気を撫でるように手を動かした。手の平の温もりから温度を推測して、一つ頷き蓋のように酒の入った土瓶を重ねた。
「な、何をしてるんだよ」
「通常は湯に徳利を浸すのが主流ですが、これでも十分にやれるんです」
「な、何がやれるって言うんだ?」
「まぁ、湯の温度に繊細になる必要がありますがね」
たったの数分程度で湯から離して、太郎は御ちょこに酒を注いだ。それを鼻の下をなぞるように動かして、香りと温度を吸い上げる。最後に「よし」と一言たして、二人に御ちょこを配った。太郎の素振りを真似て、二人も鼻に香りを通す。あたかも脳にマツタケが絡みつくかのようであった。それに我慢が効かなくなって、顔を上に向きながら酒を流し込んだ。
ゴクリと大きく喉を鳴らしてから、溜息と供に太郎に視線を送る。
「さ、さっきのヤツより……ちとアルコールが強い気がする」
「そうですね。魔法での加熱では、かなりアルコールが飛びますから」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。そういや、確かに酒っぽくなかった。そ、そんな程度のアルコールで、リオンさんは……」
「可愛らしい人ですよね」
「今後は酒を勧めない方が良いぞ」
「時と場合は選んだ方が良さそうです。では、料理に戻っても?」
「も、もう一杯だけくれないか?」
「……完全に酔われても困りますから、これで最後の食前酒ということで」
渋々という表情を前面に出して、太郎は二人の御ちょこに酒を注ぐ。これで最後という部分が効いたのか、今度は上手く理性を利かせて唇を湿らせる程度に留めているようだった。両方の肩から伝わる震えと、酷い篝火の揺れが収まったので、太郎は呆れつつも許容することとした。
そして淡々とダチョウとアケビを切り分ける。ダチョウ肉はステーキサイズと一口サイズに分けて、アケビは前回と同じく薄切りに整えた。最後にマツタケをシルクで拭うと、一瞬にして清潔感を露わにする。土の香りという障害が消えて、より香りが濃くなった気がした。後は指で適当なサイズに割いてやるだけだ。
下準備を終えると、先程の小鍋を火に戻した。その間にリュックから袋のようなものを取り出す。あるカエル型の魔物の胃袋で、梟互はビニールと同じ用途で用いることが多い。加工が容易で臭みが少ないのだ。それに鶏肉を入れて縛り、鍋の上に手をかざして温度を測る。目的の温度まで加熱したら、火から下ろして鶏肉を放った。火力の安定しない野営では極めて困難な低温調理である。
「流石にマツタケで炊き込みご飯をしないのは悪手です」
鶏肉を湯がく鍋にスライスしたアケビを入れて、ゆっくりと回しながらアクを抜いていく。鍋の温度が著しく下がるので、篝火と相談しながら行うのが重要だ。アク抜きが適度に温度を下げるので、低温調理の成功率を上げてくれる。数分ほどでアケビを取り出して、シルクで包んで水気を取っておく。
また別の小鍋を出して、アク抜きを終えたアケビと米とマツタケを放る。ここで重要なのは、先程の土瓶を用いた熱燗を入れることだ。入れ過ぎには要注意だが、酒を得てマツタケの香りが引き立つ。化粧水などにエタノールが用いられる理由に近い。そこに調味ベルトから取り出した最高級の醤油を回し入れれば、あとはマツタケの出汁が米に注がれるはずだ。
取り出したフライパンを米を炊く小鍋に並べて、ダチョウの皮を加熱し始める。皮から油が溶け出してきたら、そこにマツタケの熱燗、それに低温調理中の煮汁を少々足しておく。ワインを入れる代わりに植物性の渋みを足す為だ。続けて含ませるのは塩分である。乾燥レモン入りの塩を振って、味を調えてやればいい。鳥の油では不足する粘性を酒が補い、酒では足りない塩味と渋みを煮汁とレモン塩が補う。足りないところを補ってやれば、意外にも野営の調理は成功してしまうから不思議だ。
あとは待つだけだ、と太郎が隣に視線をやれば、両者ともに涎を垂らしていた。この分であれば、どうせ食事中にも垂らすだろう、と太郎は指摘しないことにした。
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