第42話
◇――[飲酒]――◇
「私の酒が飲めないって言うの?」
「い、いや……そう言う訳じゃ」
「だったら飲みなさいよ」
「でも、ここは危険な未開領で……」
「人間なんらから、ずっと気を張るなんてむりらの。息を抜かなきゃれしょ」
「抜き過ぎと言うか……いつ魔物が来てもなんで……」
「それでも男らの? ちっさぁ」
「太郎氏。一杯だけ貰おうかな」
「ジャッキーさん。お勧めできません。いくら煽られても我慢してください」
「でも俺くやしいよ。ここまで言われてさ」
「らったら飲めばいいじゃない。意気地なし。ザコ乙」
「抑えて下さい。流石に酔っ払いを複数人も抱えながら移動するのは無理です」
さて、状況を解説しよう。現在、太郎はリュックを正面に回して、背中にはリオンを背負っている状況だ。彼女は土瓶いりの焼酎と御ちょこを持って、酒を注いでは煽っている――ついでに人も。土瓶の中には、ほどよいサイズに割いたマツタケと焼酎が入っており、ジョージの魔法でアルコールが抜けない程度に熱してある。
残り日数の問題から休憩が困難な状況であり、それでもリオンが引き下がらなかった為に生まれた奇異な状況である。どうやらロザリッテを追われたストレスなども相まって、相当にため込んでいたらしい。一たび酒が体に馴染むと、こうして暴風雨のように当たり散らしているわけだ。特に人の好いジャッキーが被害にあっている。
多少は気を削がれつつも必死に索敵はしているようで、ジャッキーの額には汗粒が出来ている。非常に可哀そうではあるが、ここからの戦闘は厳しくなる一方なので、役割分担ということにするしかない。
ここまでリオンが酒に弱いとは誤算だった、と太郎もまた溜息をつく。ほろ酔い程度なら許容するかと酒を出せば、たったの御ちょこ数回で仕上がってしまった。これでは酔いが醒めるまでは戦闘を任せるのも難しい。
そんな太郎らの事情を無視して、また亀が三体ほど一同の前に立ちふさがる。ジャッキーは顔を強張らせながらも前に出て「ここは俺が」と率先して戦おうとした。流石に気の毒だと思った太郎が、仕方なく「大丈夫です」とジャッキーより前に出る。一度も戦闘することのなかった太郎が、ついに実力を見せるのかと素直に下がった。
特に警戒する素振りも無く亀に近づいていく太郎、背中にはリオンを背負っており無防備にしか見えない。そうして、容赦なく太郎へ伸びる数本の枝。いつの間にか太郎の手には黒い木槌が一つ……――瞬間、亀の頭部が爆ぜた。
「杭々(くいっく)」
その勢いは亀を通過して、一同に向こう側の景色を見せる。それに唖然として止まる左右の二体、どちらも瞬き程の時間で洞穴と化してしまった。とんでもない実力を披露する太郎に、ジャッキーらは空いた口を塞げない。まるで亀と同じ技を食らったかのように口と言う名の穴を開けていた。
「あの、良ければ亀の甲羅からこれと同じ茸を採取してくれませんか?」
太郎はリオンを背負いながら、器用に土瓶を指さした。それにジャッキーとジョージは目を覚まして、亀の亡骸へと駆け寄る。そんな二人を寝ぼけ眼で観察しつつ、リオンは静かに開口した。
「亀じゃらいお」
「……亀じゃない、ですか?」
「ソイツら『シュウキキョウ』らよ」
「あぁ、未発見の魔物だから名付けたんですね」
「秋の亀と枢機卿をかけらの」
「あぁ……すると、漢字にすれば『秋亀卿』となる訳ですか」
「亀って長寿れ知的れしょ?」
「確かに、そう言われれば宗教的側面が強い生き物なかもしれませんね」
「私って、天才れしょ?」
「……アイデアマンではあると思います」
「嫌な言い方……私は寝ましゅ」
――と、リオンは眠りについた。この場所で眠れる大胆さに驚嘆しつつも、太郎は止めることはできなかった。あの時に同行を断らなかった自分が悪いのだ、と戒めにするつもりで。それに一人分の重みのおかげで、ゆっくりと紅葉を眺めながら歩ることができる。仕事の中に埋もれる風情に、ふと太郎は笑みを零した――が、そこで奇妙な点に気づいてしまった。
「太郎氏! 取り終えたぞ」
「では、こちらの麻袋に入れてください」
「了解。わっ!? どうして枯葉が一緒に?」
「おがくずの代わりです。乾燥を防いでくれます」
「な、なるほどな。にしても、本当に天然物は芳醇な香りがするんだな」
「そうですね。……やはり、食べますか」
「え? だ、大丈夫なのか? 何か重要な役割があって来てるんだろ?」
「仮説を一つ立てました。このまま進行し続けるのが正しいとも思えなくて……」
「どういうことだ?」
「随分と進んで来て、本陣が見えなくなりましたよね?」
「ま、まぁ見えはしないが、それに何が関係するんだよ」
「気づいていますか?」
「…………な、何に?」
「先ほどから景色が変わっていないことに、です。出て来る魔物も同じですよね」
「な、何を言ってるんだ? も、森なんだから似たような景色くらい、何処にでもあるだろうに。き、気にし過ぎじゃないのか?」
「そうとは思えません。取り合えず、ここに野営を構えてみましょう」
「そ、それで変化が起きるのか?」
「さぁ。ですが進むのも不毛ですからね」
積もる紅葉の上にリオンを寝かせて、彼女の隣に太郎はリュックを降ろしてしまった。そこから毛皮を取り出して、リオンの手から御ちょこを取って酒を注ぐ。それで口元を湿らせれば、より景色が鮮明に見えた気がした。
移動を止めてしまった太郎の様子に、ジャッキーとジョージは遂に観念して座る。太郎が空の御ちょこを軽く傾けるジェスチャーを送れば、二人は苦笑しつつ太郎から御ちょこを受け取った。
それを口に含めば、マツタケの香りが鼻を吹き抜ける。秋の向こう側が見えたのかもしれなかった。
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