わたしの未来

 翌日。清花が長谷部の家につくと、若い女性が玄関先にいるのを見つけた。


 その女性も近づく清花の存在に気づき、ゆっくりと清花の方へ身体を向ける。


「あ、もしかして華村さんのところの……」


「はい。孫の清花です。はじめまして」


 清花はそう言って頭を下げた。


「はじめまして。颯の母の明美です。ずいぶん颯がお世話になったとおばから聞いております」


「いえいえ! わたしの方こそ、颯くんに楽しい時間を提供してもらっちゃって。本当に感謝の気持ちでいっぱいです」


 清花たちがそんな話をしていると、家の中から颯が出てくる。


「準備できた?」


 明美が尋ねると、颯は頷き明美の右手をぎゅっと握った。


「颯。元気でね」


「清花お姉ちゃん……」


 今にも泣き出しそうな颯の頭に、清花はそっと手を乗せる。


「お母さんの前なんだから、もっと笑顔でいなくっちゃ。ずっと会いたがってたでしょ?」


「でも……」


 清花は空いている颯の手を、そっと握った。


「颯の声、聞こえたよ。だからわたしはこの手を掴んだ。だからもう、颯は大丈夫。


 今度は颯の番。助けて欲しいって伸ばされた手を、こうやって掴んであげるの。颯なら、できるよね?」


 清花がそう尋ねると、颯はゆっくりと頷く。


「約束だよ」


「うん、約束する」


「じゃあ泣くのは無し! 笑ってバイバイね」


「……うん」


 それから颯は明美に手を引かれ、駅に向かって歩いていった。


 清花は長谷部と共に、そんな二人の背中が見えなくなるまでずっと手を振り続ける。


 そして姿が見えなくなると、清花は振っていた手をおろし目元を拭う。


「清花ちゃんと出会ってからの颯は毎日が楽しそうだった。短い間だったけど、ありがとね」


 長谷部は颯たちが見えなくなった道を見つめながら言う。


「いいえ。わたしの方が、颯から本当にたくさんのものをもらいました」


「そうなのかい?」


 清花は頷き、颯の手の温もりが残る自身の手を何度も開閉しながら答える。


「実はずっと進路を迷っていたんですけど、颯のおかげで見えたような気がします。わたしの進みたい道が」


「きっと清花ちゃんは、子供と関わる仕事が向いているのかもしれないねぇ」


「それは嬉しいお言葉です」


「もう颯はいないけれど、またいつでも家に遊びに来てもいいからね。寂しがりの老婆が一人、新しい孫を待っているからさ」


「はい、ありがとうございます」


 清花はそう言って笑顔で頷く。




 こんなことをしたって何にもならないんじゃないかと思っていた。


 けれど。たった一つの出会いが、わたしの未来を変え、進む道を与えてくれた。その事実だけは揺るぎないもの。




 そしてその翌日。清花も祖父の家を出た。


 もう少しゆっくりして行ってはどうかと祖父母には言われていた清花だったが、夏休みが明ける前にどうしても一番の友達に伝えたいことがあるからと帰宅することにしたのである。


 午後七時過ぎ。清花は駅からまっすぐ早苗の家の近くにある児童公園に来ていた。


 直に夏期講習を終えた早苗がつく。清花はそれまで公園にある青いベンチに座り、その到着を待っていた。


 ふと空を見上げると、青紫色の空に白い月が輝き始めているのが見える。


「そういえば、いつもわたしを見守ってくれていたね」


 清花はその月に向かって手を伸ばし止めると、そこで拳を握った。


「もう求めるだけのわたしじゃない。今度は、その手を掴めるわたしになるんだ」


「おーい、清花ぁ!」


 駆けてくる友の姿が目にはいる。


 清花は友に向けて手をあげ、笑顔をつくった。


 さあ、早苗にまずは何から話そう。

 白い手の真相か、颯と過ごした楽しい時間か。


 どっちも違うよね。もう話したいことは決まっているじゃん。


「聞いて聞いて早苗! わたしの将来の夢なんだけど――」




 たった一つのキッカケが、誰かの未来をつくる道しるべとなる。




(了)

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生け垣から生える手 しらす丼 @sirasuDON20201220

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