さぁ、出発だ! まだ真っ暗だけど

 みずほは淡々と言っているようではあるが、力強さもある。


「……私、知らなかった。努力してんのは私だけじゃない。

 さくらが影でこんなに努力していたなんて……

 私、負けてらんないわっ!」


 その目は真っ直ぐにさくらを見ている。




 さくらがダンスを辞める。

噴き出した熱気を冷ます雨のように、さくらの顔から汗が流れ出す。

床を濡らす。オレンジ色のTシャツが、熟れたように濃くなっている。

ハァ、ハァという荒い息がここまで伝わってくる。


 その一瞬後には息を戻したさくら。


「鉄矢P、みずほリーダァー! おはようございまーす」


 回復力に舌を巻く。何まわししたのかは謎だけど、あれだけ激しかったのに。


「おはよう、さくら。朝から練習? ちゃんと眠ったの?」

「バッチリ24分! 赤坂はぁ、あと23時間闘えますよ!」


 どういう計算か、謎だ。

あきれ顔でみずほ。


「っかーっ! 眠り姫のクセに、全っ然、眠らないのね!」

「鉄矢Pのおかげだよ!」


 さくらの笑顔にはくったくがない。褒められて、ちょっと鼻の下を伸ばす。

ギクッと、みずほの視線を感じる。無理矢理に表情を作る。


「いいわよ。バカ鉄がさくらがいるって知らなかったのは本当だろうし!」


 みずほが特に問題視していないことにほっとする。

かなり我慢をしているようではあるけれど。


「リーダァーもぉ、充電してきてー! 赤坂はぁ、お風呂いただきまーす」

「はい、はい。その汗じゃ、仕方ないわね。

 Tシャツ、洗っといてあげるから、置いときなさい」


 みずほがさくらに優しい。僕には厳しいのに……。


「はぁーい。リーダァー、いつもありがとー」

と、言いながらTシャツを脱ごうとするさくら。縦長のおへそまでは見えた!


「待って! 先にバカ鉄の目を潰しておくからっ!」


 物騒な冗談であってほしい。




 さくらがお風呂に入る。その間にみずほが洗濯機をまわす。


「ったく、デカ過ぎるでしょ、コレ……」


 みずほがブツクサ言いながら、置かれた衣類を洗濯する。


 さくらの充電の様子はカメラに収めてあるとのことだ。

2人で確認することになっている。


 手持ち無沙汰に待つ僕に、みずほ。


「なんか、イヤな予感しかしないんだけど……」


 渡されたのは、まだほかほかに温かい僕のTシャツ。

そうだった。ダウンコートの下は何も履いていないんだった。


「どっ、同感だよ……」


 お互いの予感はさておき、時間がない。さくらは24分と言っていた。

40分後にはひかりたちを迎えに行かなければいけない。


「兎に角、見るだけは見ましょう……」


 僕の方が意気地がないのか、うなずくだけで同意を表現した。




「コレ、絶対にイタいヤツだよね!」

「何言ってんのよ。コレくらい……」


 僕の顔、特に目の辺りを重点的にみずほがガムテープで巻く。


「……ぐるぐるにしないと見えちゃうでしょう!」

「いやっ、でもさぁ、剥がすときのこと、考えてよ!」


「文句言わない!」


 たしかにこれが、2人の妥協点だった。

動画の冒頭を観た僕たちが、これから充電を再現するために結んだ条約。

それは、僕がみずほの身体を見えないようにすることだった。


「きっちり24分。それ以上はムリだから!」


 その24分後、僕には地獄が待っている。

ぐるぐるに巻かれたガムテープを剥がす時間だ。

けど、動画の再現という狂気に挑むにあたって、

みずほには必要な儀式なんだとも思う。


 そう思うから、僕はグッと我慢した。




 靴が床を擦るキュッ、キュッという音がする。

さくらがダンス練しているときの音だ。

この1週間、些細なことでもカメラに収めるよう、みんなには指示をしてある。

さくらはそれを律儀に守ってくれたんだ。みずほにとっては教科書代わり。


「ダンス練の動画、観てるの?」


 と、確認だけした。そのあと、全身にみずほを感じた。

本当に近いってことが、みずほの声を聞いて分かる。


「えぇ。これくらいしないと、アタシ……追いつけないから……」


 その言葉には、みずほの固い決意が込められているように感じた。

だから、ほんのちょっと強く抱き寄せた。


「バカッ。さくらのとき、鉄矢は眠ってたんでしょう。

 そんなことしたら同じにならないでしょう!」


「……だねっ……」っと言ってまた、みずほを強く抱き寄せる。


「バカ鉄っ、見え辛くなるでしょうが。じっとしてなさい!」


 言われた通りにする。




 4時。秋葉原の駅。

全員集合。どういうわけか、みずほのお母さんがいる。


「あーらっ、鉄矢くん。どーしたの、その目。

 真っ赤じゃない。さすがだわ、さすが!」

「おばさん、これはちょっと……」


 言えない。あなたの娘にガムテープを貼られ、

ベリベリ剥がされたなんて、言えない。


「……それより、今日からみずほさんをおあずかりします」

「いーのよ、返さなくって。持って帰ってちょうだいね。

 鉄矢くん、プロデューサーなんでしょう。さすがだわ、さすが!」


「おっ、おかーさん。みんなの前で変なこと言わないでよ。

 これは仕事なの。あくまで仕事なんだからねっ!」

「みずほさんの言うとおり。仕事ですから……」




 写真を撮った。僕がカメラをまわした。


「んー、みんないい表情ね! さすがだわ、さすが!」

「おばさん、ここは撮影なんていらないから」


 いつも、おばさんはマイペースだ。朝がどんなに早くっても同じ。


「えー、でも。素材はなるべく多い方がいいんでしょう。

 だったらちゃんと撮ったほうがいいわよ。

 6人だと表情明るいし。さすがだわ、さすが!」


 6人って、動画のことを考えると、僕は邪魔者なのに。

でも、折角だから僕の個人アーカイブに保存しておこう。


 僕たちの門出は、とても賑やかだった。

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【悲報】47都道府県を最速で巡る日本一周旅行にデビュー前のアイドルユニットのメンバーと行ったら、◯◯だった! 世界三大〇〇 @yuutakunn0031

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