ブルーイーグルという人物 (4)

 ケガが治って巡回に復帰するまで、結局二週間ほどかかってしまった。訓練はその少し前から参加したが。街では噂が広まり、ブルーイーグルは庶民の尊敬の念を集めていた。彼は別の区の区長の邸宅にも忍び込んだという。今回は金品こそ奪われはしたが、区長は無事だった。


 スラム街を一人で歩く。その久しぶりの感覚にリディアは身体が奮い立つ気がした。薄暗い街灯もない道を歩いていく。満月の出ている今日は、月明かりが煙った空気に反射するからかいつもよりは明るく感じられた。とはいっても、不気味な明るさだ。


 先ほど偵察班から受けた報告で、一人の女性を救った。それのエスコートの帰りだ。次が来るまで、リディアは動きやすいところに移動しているところだった。


 突然、街路時の向こうから人の音がした。


「なんかあるみたい」


リディアは指示役に告げ、そちらに向かう。今日はネルが非番だから、別の人間が指示役だった。


 数人の男と女の声。人さらいの集団だろう。誰かと戦っている。リディアは忍び足で近づき、その様子を窺った。人さらいは男が四人、女が二人。相手は一人。奥で小さくなっている被害者が一人。相手の顔が光に反射した時、リディアははっと息をのんだ。ブルーイーグルだ。口元と鼻を濃紺の布で覆っているが、間違えようがない。


 考える間もなく、リディアはその戦闘の中に身を投げ出していた。刃物を持った女の手を蹴り上げ、一人を倒す。両者とも乱入者に驚いたようだったが、どちらの味方かわかるとすぐに戦いは再開した。


「きみか」


ブルーイーグルが言う。彼の相手は胸にナイフを突き立てられ、崩れて行った。


「相変わらず、派手に殺すわよね」


リディアは向かってくる男をあしらいながら、眉をひそめた。


「おかげさまで、ケガもなく無事さ」


「そう」


「きみも元気そうなことでなによりだけど」


 次々と六人いる敵はなぎ倒されていっている。


「それがね、今日やっと復帰したわ。あの腕のケガ、思ったより響いちゃって」


「回復したならよかった」


 気がついたら、二人の周りには六人全員が倒れていた。半分は死んでいる。


「大丈夫ですか、お嬢さん」


 ブルーイーグルが奥に立っていた女性に声をかけた。逃げる隙もあっただろうが、怖くて動けなかったようだ。


「ありがとうございます」


「帰れますか? よかったら送っていきますけど」リディアも声をかけた。


「いえ。すぐ近くですので」


 女性は頭を下げると、速足で去っていった。


「ほら、いくら助けてくれたとしても、殺しをする人には送られたくないって」


 リディアは生きている方の三人を後ろ手に縛りあげていた。ブルーイーグルはそれを壁に寄りかかって眺めている。


「人さらいを捕まえたわ。半分は死んでる。場所は今のGPSの場所。被害者は無事だけど、見送りは必要なし。そういうふうに処理しといて。あと、この件ネルには内緒にしてくれるかしら? しばらく通信を切るわ。後で復帰します」


 リディアは指示役に情報を告げると、通信機器の電源を切った。


「通信、切っていいのか?」彼が聞く。


「移動しましょ。あなた、うちの処理班とはかかわりあいになりたくないでしょ」


 返事の代わりに肩をすくめて、その場を離れる。あてもなく歩いていたが、しばらくしてブルーイーグルの避難所が近いことに気がついた。


「うちのとこ、寄ってくか?」


 彼の誘いに乗ることにして、二人で廃屋に入った。そこは、前来た時よりも整理されており、状態の良いベッドとソファが増えていた。


「あなた、ここに住んでるの?」


「ここだけじゃないさ」


 ブルーイーグルがベッドに腰掛ける。リディアは許可をもらってソファに座った。


「派手にやってるみたいね。区長を二人も」


「一人は生きている」


「でも、一人は殺した。家族もろとも」


「生きている価値のない人間だ」


「そんな人間いるかしらね」


 リディアは周りを見渡した。電気も何もない粗末な建物。でも、居心地は不思議と悪くない。


「いるさ」


ブルーイーグルはこちらをじっと見つめていた。探るような目だ。


「きみは、どうして殺しをしない? 汚い人間ばかり見ているというのに」


「毎日、数えきれないだけの人が死んでいく。わたしは人を助けたい。死んでいい人間なんて、いない。自分を殺そうとした人間にだって、どこかに心があるはずなの。それが、わたしには発揮されないだけで」


「お気楽な考え方だ。警察は仕事をしない。それに、牢獄でただ飯をくわせるよりも、死んでもらった方がいい」


「夢物語で構わない。実際、ファントムが正しく人を更生させられるわけでもないと思う。でも、少しくらいわたしみたいな人間がいてもいいと思う」


「そうかよ」


 ブルーイーグルは鼻で笑う。リディアは不思議とそれに怒りがわかなかった。同時に、胸の奥にチクリと走った痛みは無視することにした。彼と分かり合うことを望んで何になるというのだ。


「それにしても、わたしたちみたいなこともするのね」リディアは話題を変えたくて言葉を探した。



「するさ。こういう小さいことも、十分に人を助けることは理解しているつもりだから」


「貴族は、あなたは全員を殺したいの?」


動揺を見せないように、平静を装う。


「殺したい」


 地を這うような低い声だった。リディアは視線を下に向ける。


「なんだよ。知り合いでもいるのか?」


「彼らがすべて、悪人ではないわ。善人も、国民のことを考えている人もいるはずよ」


「そんなわけないね」


 ブルーイーグルの声は侮蔑を含んでいた。兄がリディアのことを言う時と同じだ。リディアはその声に背筋が凍る思いをした。兄の時にはしないのに。


「どうしてそう言い切れるの?」


「本気で考えているなら、あんなに人々を苦しめたりしない。税は高くて、生活は苦しい。肺炎で死ぬ人も後を絶たない世の中だ。なのに、貴族どもは贅を尽くしたパーティーなんかをしているんだぜ。全く、能天気なやつらだよ」


 リディアは何も言えなかった。それが、大方の国民の見方だということはわかっている。それに、そういう人間だって確かにたくさんいるのだ。父のように、本気で民のことを考え、でも財政や外交の兼ね合いから、思うようにできない人もいるというのに。


「ああ、でも」彼の声は一介の好奇心を含んでいた。「あの王女。リディアだっけ? あれはマシな部類なんだろうな。炊き出しの食材や人手を提供したり、宝飾品を売って病院を建てる資金に充てているって聞いた。母親の、二番目の王妃も評判がいいし」


 リディアは自分のことを言われると思わなくて、反応ができなかった。たしかに、それらはリディアが年に数度、まとめて行っている慈善事業だ。国王に許可をもらっているし、何人かの貴族は賛同して寄付金を提供していたりもする。


「でも、やっぱり貴族は憎い。あいつらがいなければって思うよ」


「そう」


 ブルーイーグルはベッドに身を投げ出していた。声には苦々しさが滲んでいる、彼も、過去に何かあったのだろう。リディアは声をかけて、廃屋を後にした。

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この灰色の世界で生きていく 築山モナ @Mona_Tsukiyama

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