ブルーイーグルという人物 (3)

「あの愚兄。即位したら革命でも起きるわよ」


 リディアは宮殿の居所にいたネルのところにやってきていた。さすがに、ネルのところにもさっきの話の一部始終は伝わっていたようだ。


「生粋の王族育ちでしょ。保守派の家庭教師に育てられた」


「お母さまは確かに、三人の妃のうちでは一番出身の身分が低いわ。だけど、絶対にろくでなしなんかじゃないし、前妃の死を悼んでいたはずだわ」


「だけど、なんでそんなに恨まれてるわけ?」


 ネルが呑気に聞いた。たぶん、今まで詳しい話をしたことはなかっただろう。


「一番目の妃が近隣国から嫁いできたのは知っているでしょう? そして、兄を生んで三年後になくなっていることも」


「ええ。病死だとか」


「兄は、父が毒殺したと思ってる」リディアは息を吐いた。「証拠はないわ。けれど、その一年後に母と結婚した。たぶん、前妃がいた頃からの愛人というか思いを寄せ合っていた同士だったんでしょうね。父が若いころ、母と恋仲だった時期があったと言っていたわ。最初の結婚よりも前の話」


「複雑だね」


「政略結婚の弊害よね」


 ネルが髪の毛をくしゃくしゃっとかき回して、ソファに身を沈めた。リディアも隣にくつろいだ姿勢をとる。


「じゃあ、今の王妃様は? リディアが十歳の時だっけ、再婚」


「あれも政略結婚。うちの母、病弱だったから。こっちは疑いようのない病死だよ」


「そっか」


「とにかく、兄は父の関心を得られずに育ってるし、わりと本気で父が母と結婚するために自分の母親を殺したと思ってる。真実なんて知りたくない」


 リディアはネルの部屋を歩き回っていた。宮殿の一部屋であるここは、生活感があまりない。普段、館に拠点を置いている彼女がこちらに滞在しているのは、リディアが暇をしているからだ。仕事も持ってこれるようなものじゃないから、机も片付いている。


「うちらもさ、好きに行動できるのはリリー叔母さまのおかげもあるじゃん?」ネルがつぶやく。「あの王妃の一族だから、優遇されているというか。行動に目くじら立てられないし、尊重されている。裏であんなことをしてるとは、国王も想像してないだろうけどね」


「そんなこと言ったら、自分のお気に入りの娘がホワイトリリーとか名乗っていろいろやらかしてるとか知ったら卒倒ものだって」


 リディアとネルは顔を見合わせて笑った。


「そういえば、あのブルーイーグル」ネルが思い出したように言う。「中央区の区長を殺したらしい」


 リディアはドキリとしたのを、区長と面識があったからだと思うことにした。王都の十二ある区のうちの一つを治める役人。中央区の区長は貴族ではないにしろ、役人の中では一番の役職だ。善人ではなかったが、顔見知りが死んだらそれなりに動揺する。そうに決まっている。


「王都の貴族に手を出すのも時間の問題……かな」


「リディア、彼と会ったんでしょ。大丈夫?」


 心配そうな声。ネルには隠せないか。リディアはそれをわかっていながら、笑ってごまかすことにした。


 ブルーイーグル。貴族を目の敵にしていることはわかっている。最大の敵は、国王であるリディアの父なのだろう。リディアだって王女だとわかれば殺されてしまうかもしれない。危険な存在。でも、彼が捕まって死ぬのは見たくない。複雑な心境だ。

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