第7話 提案
よし、今日から学校復帰だ。
しゃきっと体を起こして、カーテンを開く。
窓の向こう側に広がる空は、雲一つない快晴だった。
部屋の時計に目をやると、時刻は午前七時を回ったところ。
病室ではなく家の洗面台で顔を洗って歯を磨く、という何とも言えない感動を嚙みしめながら、俺はテキパキと支度を済ませていく。
「夕、あんたご飯は?」
「退院したばっかだから、朝は白湯だけ飲むよ」
母さんにそう告げて、俺は鞄を手に取り部屋を後にする。
「んじゃ行ってくるよ」
玄関でネクタイを締め直して、家を出た。
★
「よっ、夕」
「てめえ大輔、一度もお見舞いに来ないなんて随分と薄情じゃないか」
「いや、悪い悪い。色々と立て込んでてよ」
通学路の途中で、俺は大輔と落ち合った。
「夕。お前ってやっぱりすげえな。学校中がお前の噂で持ち切りだぞ。あの七姉妹を守るために指名手配犯を倒したってな」
「……ま、俺も倒れちまったから相打ちみたいなもんなんだけどな」
俺がそう言うと、大輔は笑った。
「だとしても普通にすげえだろ。もう誰もお前のことを美少女のストーカーとは呼ばないだろうぜ」
「んー、それは本当のことなんだけどな……。まあでも、ガッツは見せられたのか……?」
「それ以上のものを見せつけられたよ。これは断言できる。学校の連中も、親友の俺も、多分あの七姉妹ですら、お前の本気ってやつを侮ってた。俺はさ夕、よくわかんねえけどお前が入院してる間も、なんだか誇らしかったぜ。お前をバカにしてた連中に、ざまあみろって言ってやりたいくらいにな」
大輔はそう言葉を紡いで、俺の肩をぽんっと叩いた。
なんだかむずがゆい気持ちになる。
「なんお前が一番うれしそうなんだよ」
「ばっきゃろー! それが親友ってもんだろ!」
大輔はそう力強く叫んで、俺の背中をばしっと叩いた。
学校に着いて、教室のドアを開けた瞬間。
一斉にクラスメイト達が俺に視線を向けてきて、俺は少したじろいだ。
まだ始業時間になってないので、生徒はまばらだった。俺が自分の席に向かうと、皆がそれにあわせて道をあけてくれる。なんだか腫れ物に触るように接されているような気分になる。
席に向かう途中、ひそひそと噂話のようなものが聞こえてきた。
俺はそれを無視して、自分の席に鞄を置く。
「おっす」
背後から声がして、振り向くとそこには見知った女の子の姿があった。かがりだ。
「おはよ夕、退院おめでとう」
かがりは、笑顔でそう言ってくれた。
病室での会話のせいか、かがりの顔を直視することができない。
そして何より……制服姿というのが、非常に新鮮だった。遠目から何度も見たはずだが、近くで見るとまた印象が違って見える。
ワインレッドのゴールデンポニーの髪を揺らす姿を見ていると、なんだかドキドキして――
「夕、どした?」
「え? あ、いや……」
思わず見惚れてしまったことをごまかすように、俺は言葉を探した。
「いや……教室でも話しかけてもらえるのが嬉しくて」
「ちっせえ男だなぁ、夕は。そんなんで喜んでたら、この先身がもたないぞ?」
「慣れないんだから仕方ないだろ」
俺がそういうと、かがりはニッと笑う。
「なんだったら放課後デートでもする?」
「ぶふっ!?」
俺は思わず噴き出した。
いきなりなんてこと言うんだこいつは……。クラス中の視線が集まっているし、なんかすごく恥ずかしいぞ。
でも、まあ、それもそうか。つい先日まではストーカー扱いされてたわけだし。
俺の反応に、かがりはくすくすと笑った。
からかっているようには見えないし、純粋に楽しんでいるんだろう。
不良っぽい見た目だけど、こういうところは年相応に女の子っぽい。
「か、からかうなよ……こっちは退院したばかりなんだぞ」
「にゃはは。ごめんごめん、夕の困った顔見るのが楽しくて」
そう言って、かがりはくすくす笑う。
「んじゃ、そろそろ席に戻るね。あたしだってホームルームくらい真面目に受けないと、単位やばいし」
さすがは成績低空飛行。
「他の教科もちゃんと勉強するんだぞ」
「じゃ、あたしに勉強教えてよ。夕、頭いいんでしょ」
「普通だ。それに、かがりに勉強教えるって……なんか怖いな」
「なんでよ!」
「いやほら。口より先に手が出るタイプだからさ」
俺の言葉に、かがりはむすっとしてほっぺを膨らます。
そんな話をしていると、始業のチャイムが鳴った。
とりあえずかがりは自分の席に戻ったのだが、クラスメイトからの視線は相変わらず痛いままだ。興味、関心といった感情よりもむしろ、どのタイミングで俺に話しかけるか、牽制し合っているような雰囲気だった。
そんななか、担任が教室に入ってきてホームルームが始まった。
昼休みになった。
かがりが俺のもとにやってくる。
「唯姉がさ、夕を連れてきてって」
「え? ……俺、なんか悪いことしたかな」
「どしてそうなる。元気に退院したんだから、唯姉のところにはちゃんと報告にいくのが筋ってもんじゃね?」
「そっか……それもそうだな」
「あたしらのこと追っかけまわしてたのに、そこでひよるのがなんか夕らしいね」
「うるさいな」
かがりにそう返しながら、俺は椅子から立ち上がる。
「あ、そだ。夕にも予定あるもんね。中島くんとご飯食べなくて大丈夫?」
「大輔のことなら気にするな。サッカー部の連中と食べるだろ」
「そか。んじゃいこっか」
俺とかがりは教室を出て、スタジイの木が生えた中庭へと向かう。
そこでは、唯香さんが一人、ベンチに座っていた。
他の姉妹たちもいるかと思っていたのだが、どうやら一人らしい。
ベンチの上にお弁当が広げられていて、唯香さんはその前で箸を構えて俺を待っていたようだった。
「こんにちは夕くん。かがり、夕くんを連れてきてくれてありがとう」
「こんにちはっす」
「だから畏まりすぎだって。もっとフランクにいこうぜ」
「こら、かがり。ごめんなさい夕くん。この子ったらいつもこんなんだから」
唯香さんがあきれたようにそう言うと、かがりは口を尖らせてそっぽを向く。
俺は別に気にしていなかったのだが、唯香さんはなんだか申し訳なさそうにしている。
「お昼まだでしょ? よかったら一緒にどう?」
そう言って唯香さんはベンチの上のお弁当を指さした。
四段重ねの重箱。
その中身は……とても美味しそうだった。
かがりも目を輝かせている。
俺たちは、唯香さんの隣に並んで座った。
そして、お弁当をごちそうになることに。
「あ、ありがとうございます。いただきます」
「ふふ。慌てずに食べてちょうだいね」
「あの、いつもは……七人で食べてますよね? どうして今日は」
「ほら、退院したばかりだし。いきなり全員で押しかけても気疲れしちゃうかなって思ったから」
唯香さんはそう言って、一口サイズのおにぎりを箸で掴むと、俺の方に差し出す。
「え? あ……」
「はい。あ~んして」
満面の笑みとともに、そんなことを言われた俺は動揺する。
そんな俺の様子をかがりがにやにやしながら眺めているものだから余計に恥ずかしい。しかも他の生徒たちもなんだなんだとこちらを見てくるのでより恥ずかしい。
でもまあ、せっかくのご厚意なので素直に受け入れることにした。
「あ、あーん……」
俺は口を開ける。
唯香さんが、おにぎりを口に運んでくれた。
恥ずかしいけど嬉しいし、幸せだ。
しかもうまい。鮭と昆布とたらこが入ったおにぎりだった。
もぐもぐと咀嚼する俺を見て、唯香さんは微笑む。
隣でかがりがにやにやしている。
「お、美味しいです……めちゃくちゃ」
俺がそう感想を述べると、唯香さんは満足そうに微笑んだ。
「よかったわ。たくさん食べてちょうだいね」
「唯姉、朝から張り切って作ってたもんね」
「かがり、余計なことは言わないの」
「はーい」
唯香さんが注意すると、かがりはいたずらっぽく笑った。
「急に呼び出してごめんね。少し夕くんと話がしたくって」
「い、いえ、全然大丈夫です。それで、話っていうのは……」
「そうね。どこからお話しましょうか。急にこんな提案をしたら夕くんも驚くと思うのだけど……」
唯香さんは真剣な表情で、俺に語りかける。
俺はごくりとつばを飲み込み、唯香さんの言葉を待った。
「夕くんは私たちと仲良くなりたいのよね? 私もかがりも下の子たちはみんな夕くんには恩を感じているし、感謝もしてるわ。だけど七人全員と向き合うことはとても難しいと思うの。特に夕くんは女の子に免疫なさそうだし」
「うっ……」
ぐうの音も出ないほど、俺は図星を突かれた気分になる。
いやまあ実際そうなんだけどさ……。
唯香さんは続ける。
「だから曜日ごとに、私たちひとりひとりが夕くんとデートをするなんてどうかしら?」
「で、デート!?」
俺は思わず素っ頓狂な声を上げる。
「そう。デートよ。あくまでお友達から始めましょう、っていう提案。どうかしら」
「え、えっと……」
俺はちらりとかがりを見る。
かがりはなんだか楽しそうにしている。
唯香さんは、そんなかがりの様子を横目で見つつ話を続ける。
「月曜日は私。火曜日はかがり。水曜日は涼。木曜日は樹里。金曜日はセイラ。土曜日は円。日曜日は奏多。もちろん夕くんにも都合があるだろうし、私たちにも予定があると思うから、その曜日に絶対デートをしなきゃいけないわけじゃないわ。でもお互いに合意があれば、私は姉妹全員が夕くんとデートしてもかまわないと思ってる。かがりもそれでいいかしら?」
「にゃはは。まあいいんじゃないかな。でもさ、たまにはみんなでわちゃわちゃしたいよね」
「そこはおいおい、ルールをちゃんと決めていきましょう」
唯香さんはそう言って、俺の方に向き直る。
「夕くん。夕くんの気持ちは第三者から見れば不純かもしれない。でも、私たちは夕くんがどれだけ真剣で、どれだけ本気なのかをちゃんと理解してる。夕くんが真剣に私たちに向き合ってくれてることを知ってるから、この提案を受けてもらいたいの」
真剣な目で見つめられて、俺は思わず息を飲む。
唯香さんは、微笑んで続ける。
それはまるで、天使のような微笑みだった。
提案を受けてもらいたい……か。もちろん喜んで受けさせてもらうけれど、本来は俺からお願いしなければいけないことだ。
「よ、よろしくお願いいたします」
「じゃあ決まりね」
「ね、唯姉。例えばさ、下の子たちが夕とはデートしたくないって言うかもしれないじゃん。そしたらその空いた曜日はあたしが夕とデートしてもいいわけ?」
た、確かに。全員が全員……俺なんかとデートしたいとは、限らないだろうしな。
唯香さんはかがりの言葉に少し悩む仕草を見せてから答える。
「気持ちに大小はあれど少なからず下の子たちは夕くんに興味を持ってると思うの。空いた曜日については話し合いね。むしろ自分の番がいつになるかで喧嘩しないようにしなくちゃ」
唯香さんがそう言って笑うと、かがりは顔を顰めた。
「……ん~、じゃ、あたし火曜日じゃなくて土日がいいんだけど」
「あら、妹たちに譲るのがお姉ちゃんってものでしょ」
「ぅぅ……でもさ唯姉もずるくね? ちゃっかり月曜日にしてるし、月曜日ってなんか三連休とか祝日が多いイメージだし。むぅぅぅ、なんか納得いかねえ」
かがりは不満げに頬を膨らませる。
そんなかがりの様子をみて唯香さんはにこりと微笑む。
「かがりは夕くんとクラスが同じなんだから、我慢なさい。さてこの話は家に持ち帰ってみんなで相談しましょう。まとまるまで、夕くんもデートの申し込みはしないでちょうだいね」
そう言って唯香さんは悪戯っぽく笑った。
そんな唯香さんの笑顔を見て、かがりも頬を膨らませるのをやめた。
「はい……唯香さんの言うとおりにします」
「ん~……まあ、夕があの子たちとも仲良くなるのはいいことだしね。わかった」
「ふふ。ありがとうかがり」
唯香さんは、そう言って微笑んだ。
あのかがりが妹らしく素直に唯香さんの言うことを聞いているのがなんだか新鮮だった。
やはり長女と次女では何か違うのだろうか。
―――――――――――――――――
長いこと更新が遅れて申し訳ございません。
別作品の書籍化が決まり、そちらの改稿作業に集中しておりました。
七姉妹は私が執筆している作品の中でも一話一話の文字量が多い作品ですので、ゆっくり確実に更新していけたらと思います。
天使級の七姉妹とのラブコメ 暁貴々 @kiki-ki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。天使級の七姉妹とのラブコメの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます