暴く

すずめ

暴く

 17歳の誕生日の夜、母親が用意したケーキを不味そうに食べた俺は、父親がよこした誕生日プレゼントの箱を中身を見ずに捨てた。

 そして、意味もなく深夜の町をあるいていた。もう夏なので、全く寒くない。

 だからと言って何があるわけでもない。この町ときたら、ジュンク堂や紀伊国屋書店は当たり前のように存在しないし、ブックオフですら車で一時間以上かかるのだ。あるのは駅前のシケた古本屋(しかも漫画とエロ本しか置いていない。店主のジジイが呆けているから、万引きしても全くバレないことで有名だ)だけだ。何が言いたいかというと、この町には全く文化というものがなく、それにアクセスする手段もないということだ。

 当然、そんな町に住んでいる連中も終わっている奴らばかりだ。漫画雑誌と週刊誌以外の本を生まれてから見たこともないような奴らで、おれが三島由紀夫やジャンコクトーを読んでいると気味悪がって話しかけてもこない。

 ゴミ捨て場に行儀よく並べられたゴミ袋がむかついたので蹴り飛ばすことにした。


 ゴミ袋を蹴り飛ばす。ゴミ袋を蹴り飛ばす。ゴミ袋を蹴り飛ばす。ゴミ袋を蹴り飛ばす。ゴミ袋を蹴り飛ばす。ゴミ袋を蹴り飛ばす。ゴミ袋を蹴り飛ばす。


 蹴り疲れたので帰って寝ることにした。


 町中で突然工事が始まった。噂では、どこかの大企業が土地が余っていて貧乏なこの町に目をつけ、工場兼オフィスを建てるそうだ。

「ありがたいねぇ。こんな田舎にお金を落としてくださって」

 母親が言う。

「あれだけ大きな建物だと、相当な人がこの町に来るだろうな。店も今より増えるんじゃないか」

 父親が言う。

「もっと大きなスーパーが欲しいねえ」

「パチンコ屋が増えるといいな」

 両親の欲望なんてこんなものだ。いや、両親だけじゃない。学校の連中だってカラオケが新しくなるかもしれないだの、漫画の品揃えがいい本屋ができればいいだのと言っていた。

 両親の会話に嫌気がさした俺はバイトに行くことにした。


「いや君ねえ、態度が悪すぎるんだよ。コンビニ店員は接客業なんからさあ、もう少し愛想良くしてもらわないと」

 バイト先のコンビニに来てまず俺を待ち構えていたのは店長の説教だった。

 要は客にもっと媚びて売り上げを上げろと言うことだ。俺にそんなことができるわけがない。そもそも、このバイトだってやりたくてやっているのではないのだ。金のために仕方なくやっているにすぎない。

 以上のようなことをそのまま店長に言ってやった。

「君ねえ......若いうちはそう言う態度でも許してもらえるかもしれないけど、本当に社会にでたらどうするのさ......」

 でた!「社会にでたら」だとさ!そんなのは社会の歯車に成り下がった人間が、可能性を放棄してしまった凡愚どもが、まだそうでない人間に言う負け惜しみに過ぎない。

 そう言うと店長は俺を憐れむような目で見て、もう来なくていいいと告げた。


 秋になり、学校の連中は受験勉強に夢中になっている。そしてビルは着々と建設されている。予定では、春には完成するらしい。

 大学なんてつまらない場所に行くつもりがない俺は、高校三年の冬から学校に行かなくなった。

 そして、春になり、ビルは完成を迎えた。柿落としは町を上げて盛大に行われた。

 完成したビルは完全な直方体で、全面ガラス張りだがマジックミラーのようになっていて、外からは中の様子が全くわからない。

 父親も母親も喜んでいた。学校に行っていないので学校の連中のことは分からないが、どうせ浮かれているに違いない。


 18歳になった夜、母親が用意したケーキを不味そうに食べた俺は、父親がよこした誕生日プレゼントの箱を中身を見ずに捨てると、おれは手に金槌を持ち、ビルの正面ゲートの前に立っていた。

 なぜこんなことになっているのか、もう分からない。とにかく俺はイライラしていて、このビルの中身を暴けば何かが変われると思ったのだ。

 おれは、金槌をビルの正面ゲートに勢いよく振り下ろした!勢いよく振り下ろした!勢いよく振り下ろした!勢いよく振り下ろした!勢いよく振り下ろした!勢いよく振り下ろした!勢いよく振り下ろした!勢いよく振り下ろした!勢いよく振り下ろした!勢いよく振り下ろした!

 カシャンという想像よりもつまらない音と共にビルの正面ゲートが割れた。おれは、正面ゲートの破片を踏まないようにビルの中に入る。そして、言葉を失った。 


 ビルの中は完全な空洞で、真っ暗な空間がどこまでも続いているだけだった。

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