猛毒エッセイ__私的“あれ”論__
アマノヤワラ
まあ、反対ですね。
もし、“それ”が起こってしまったとして。
私の身内や、私自身が、“それ”に巻き込まれて、犠牲になど、『決してならない!』。
──そんな保証は。
『当然ながら、どこにもない。』
いわゆる“是非を問う”系の議論にしても、
『抑止力』を前提にするか、『被害の規模(あるいは“善悪”)』を前提にするか、で議論の方向性は全く変わる。
“あれ”に関しては、指向性を持たされた議論では、永遠に答えは出ないのだろう。
ただ、現時点で私にも確実に分かる事がある。
もし、“それ”が起こってしまったとして。
私の身内や、私自身が、“それ”に巻き込まれて、犠牲になど、『決してならない!』。
──そんな保証は。
『当然ながら、どこにもない。』
ということである。
だから、私は“あれ反対”としか言えない。
……身内や私自身が、居なくなったらイヤなので。
個人的な『立派な信条』や、全人類的な『必要悪』とかを“唱える立場の人たち”に問いたい。
“それ”が起こったら、当然ながら、“そこ”に行くんですよね?
“本人が”。
ですよね?
まあ、行かなくてもいいです。
“それ”を起こさなければ。
……ただ、『絶対になにが起ころうが“そこ”には行かない人たち』が、この件について『立派な信条』や『必要悪』の立場からなにかを語るのは、それだけはひきょうだと私は思う。
その人たちは『絶対になにが起ころうが“そこ”には行かない人たち』なのだから。
『居なくならなくてもいい人』が居なくなるのには、私は耐えられそうにない。
だから、私は“あれ”に反対である。
“関係ない人たち”が、“あれ”に『巻き込まれてケガをしたり、命を奪われたりしている』。
それは、非常にいたたまれない。
(この場合の“関係ない人たち”とは、『“あれ”が起こっている国内にいる“あれ反対”の立場の人たち』である。
「その国にいるのだから、“あれ”に巻き込まれても仕方ない」という考え方の人たちっているのだろうか?
……もし自分が外国旅行中に“あれ”に巻き込まれたら、「仕方ないから自分のことは
私が“あれ”が嫌いな最大の理由は、『関係ない人たちが巻き込まれるから』である。
しかも、“勝手に起こした人たち”によって。
一方的に。
もし、“それ”が起こってしまったとして。
私の身内や、私自身が、“それ”に巻き込まれて、犠牲になど、『決してならない!』。
──そんな保証は。
『当然ながら、どこにもない。』
それだけで、私が“あれ”に反対するのに十分な理由である。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
猛毒エッセイ
__私的“あれ”論__
終わり
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猛毒エッセイ__私的“あれ”論__ アマノヤワラ @sisaku-0gou
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