後天性女子化症候群「第3回日本SF作家クラブの小さな小説コンテスト」一次選考通過作品

中島しのぶ

後天性女子化症候群

「チャンスは残り三回です」どこか楽しげに声は告げた。

え?なんだ、今の声は?


***


 オレは高岡栄一郎。高校2年生の『普通』の男子生徒だ。

・・・いや、この地方小都市では『普通』だけど、日本全国からすると『普通』じゃないかもな。

 50年ほど前に原因不明で流行り出した『後天性女子化症候群』。


 初期段階では染色体異常による『クラインフェルター症候群』と疑われたが、末梢血染色体検査による精密検査を行うも染色体異常はみられなかった。

 男性ホルモンであるテストステロンは正常値以下となり、黄体化ホルモンと卵胞刺激ホルモンは高値を示し、インスリン様因子3は正常値以下、インヒビンBは測定感度以下となり、テストステロン補充療法も効果はなかった。

 オレのような思春期の男子のみが発症し、その名称のとおり女子(それもかなりの美少女)化する。

 不幸中の幸い? 多くの者はなんらかの『トリガー』(女子化因子)によりいったんは女子化するが、その『トリガー』がなくなれば元の男子に戻る『可逆性』で、青年期になればほぼ99.9%は女子化することはなかった。

 その『トリガー』は千差万別、それこそ一人一人によって異なる。

 水やお湯に濡れる、暑さ、寒さ。痛さや空腹感などが多い。

 一番残念? なのは授業中居眠りをすると女子化する生徒。本人は自分が女子化した姿を見たことがない。

 いずれも40℃近い発熱の後に発症し、それぞれの『トリガー』で女子化する。

 この小都市ではそういった男子生徒たちを『TS(Trans Sexual)娘』とよんでいる。


 周りにも何人かいて、発熱後に『TS娘』になっているんだ。

 オレの場合は発熱はあったものの、女子化することもなく単なる風邪だったんだと安心していたんだ。

 そんなある日、職業体験がありグループ分けするときにハズレを引いてネイルサロンへ行くことになった。

 女子ばかりの中で、男子は1人だけ。そのときネイルサロンの方から『あーら、これからは男性もネイルする時代が来るし、男性のネイリストもいるわよ? だから恥ずかしくなんてないわよ』なんて言われたのを覚えている。

 小学生のころからプラモデルを作るのが趣味だったから、ヤスリかけとかニッパーはよく使っており塗装も上手かったので、ネイルって面白そうと思った。

 自分の爪をやすりで磨いてジェルネイルを塗ったときにそれは起こった。


 ほぼ全身に痛みを感じ胸が大きくなり、骨盤が開いていくのを感じた。痛みに耐えられず冷や汗を流して倒れたらしい。そのまま学校の保健室へ運ばれた。このあたりはみんな慣れてるなぁとうっすらとした記憶がある。


 保健室に運ばれた頃には痛みも収まり、養護教諭の先生から「生年月日と名前、学年とクラスは言えるかな?」と簡単な問診と検査。

「はい・・・20XX年7月4日生まれ、高岡栄一郎。2年2組です」

「ん。意識ははっきりしているみたいね。 高岡くん・・・女子化したとき、なにか思い当たる『トリガー』ってあったかな?」

「あの〜多分ですけど、職業体験でネイルを爪に塗ったら急に痛みが・・・」

「ネイルが『トリガー』・・・どこかで聞いたことが・・・そのネイルを取れば戻るのかしら・・・」と考え込む。

 自分の手をみると小さい。左親指にはまだその時に塗ったネイルが付いている。多分身長も縮んでるんだろうな。一体どんな『女の子』になったんだろう?


 そのとき保健室のドアをノックする音と「失礼します」の声とと共にさっきのネイルサロンの方が許可もなく入室してくる。

「やっと見つけたわ!ジェルネイルでTSする子! いそいで追いかけてきちゃった〜 あら〜シノブちゃんの好みの黒髪ロングの子じゃないの〜! ね〜?」

「そ、そうですね〜」ともう一人。綺麗な金髪でオレと同じ高校生くらいの背格好の女性が答える。よくみると目が赤い。

「あ! 山下さん!いきなり入ってこないでくださいよ!」と養護教諭。

「いいからいいから〜 だって10数年ぶりよ? シノブちゃんとあと4人、ネイルが『トリガー』の子なんて!」

「ですから〜 ちゃんと手続きを踏んで・・・」

 なにやらもめてるようだが・・・オレはそれどころじゃないから保健室のベッドでやりとりを眺めていると・・・


「初めまして〜 わたし先ほど高岡さんが職業体験で来てくれたネイルサロンの店長やってます中島しのぶと申します。 わたしも『TS娘』なんですよ」と金髪赤目の人が気軽に声をかけてくる。

 へ〜この人も『TS娘』なんだ〜若いな〜

 そんな顔をしているのがわかったのか、中島という人は「こう見えてもわたし、実年齢は49歳なんですよ。20歳前後に見えますけど」

 ええええ、なんか言っちゃ悪いけど化け物みたいだ!

「わたし『女子化固定』しちゃってこの姿なんですよね。これでも固定化前に結婚して・・・あれ?結婚は後か・・・子供もいるんですよ?」

 へ〜そうなんだ・・・

「じゃ、ちょっと失礼して・・・」と手に持った綿のようなものに小瓶の液体を染み込ませなにやら準備を始める。

「あ、これはコットンにアセトンリムーバーを浸したものだから害はないですよ〜」と言いながらオレの指に付いている『ネイル』を拭き落とし始める。

 するとどうだ! 女子化したときと同じように全身に痛みを感じ意識が遠くなる。


 その時に聞いたんだ。中島という人が言った言葉・・・「チャンスは残り三回です」と。

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後天性女子化症候群「第3回日本SF作家クラブの小さな小説コンテスト」一次選考通過作品 中島しのぶ @Shinobu_Nakajima

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