晴飛先輩の気持ちを教えてください
移動販売を終え、仕事を手伝ってくれたお礼にきららも交えて朝食をとった。智枝美さんは三国ベーカリーへ、私ときららは休憩に。
昨日の売れ残りのパンをお土産にもらったきららは、その中からアンパンを取り出し食べ始めた。食べ盛りの弟たちだけでなく、きららも痩せの大食いだったりする。
「センパイには、連絡してないの?」
「なんか、気まずくて」
「あたしは大丈夫だと思うけどねー」
「もし……私のこと、そんなに好きじゃないって言われたらと思うと……」
「はっきりさせようよ。あれだけ思わせぶりなことしておいて好きじゃないって言ったら、あたしが責任を持ってぶっ潰すから」
きららがこぶしを握ってシュッシュっとパンチを繰り出す。その姿が可愛くて、私がふふっと笑みがこぼれた。
「ありがとう。そうだね、うじうじしてても仕方ない。連絡してみる!」
アプリを開き、メッセージを送る。
「会ってお話したいです」
すると、すぐに返事が来た。
『朱琴から連絡くれるなんて嬉しいヤッター! 今すぐでも大丈夫!』
そのメッセージを見たきららは、ため息をついた。
「ワンコみたい。これで好きじゃないわけないじゃん。朱琴、いい加減にしないさい」
「そ、そうかな」
「そうだよ! 鈍感め!」
きららが、私の頭を脇に抱え込んだ。ヘッドロックというプロレス技らしく、弟たちと遊んでいるとか言って私にも仕掛けてくるの。結構痛い。
急いでシャワーを浴び、着替えて晴飛先輩に会いに行った。
待ち合わせ場所は、家の近くのファストフード店。先に来ていた晴飛先輩は、すでにテーブルについて何か飲んでいた。
私も自分で買ったアイスティーを持って、晴飛先輩の座る席につく。
「移動販売はどうなった?」
すぐにでも、シュンさんのことを聞きたかったけど、切り出せずにまずは移動販売について話すことになった。
話を聞いた晴飛先輩は、ふんふんと頷いた。
「小さい子どものいる家庭への宅配は、どうやってるの?」
「共働きで忙しいみたいで、家の前の宅配ボックスに入れておくことになりました。料金はその中に入れてもらって」
「なるほど。非対面もありだね」
対面でのやり取りも良いけど、忙しい人のために非対面で美味しいパンを届けられるのも嬉しい。きっと、子どもたちも喜んでくれるだろう。
「どの方法も、ずいぶん順調だったみたいだね。良かった!」
「晴飛先輩のおかげです。祖父母もとってもやりがいを感じているみたいで、お金以上に大切なものを見つけられた気がします」
「朱琴が頑張ったからだよ」
ニコニコとした笑顔で、欲しい言葉を言ってくれた。
「でも、課題はまだあるなって思います。見てはくれるけど買わない人もいて」
老人ホームで、パンを見るけど買わなかった人たちのことを話す。
「買わない理由って案外ハッキリしているんだ。お年寄りだと食の細い人もいるから通常サイズのパンは食べきれないと思って買い控えることもあるだろうし、甘すぎたりしょっぱすぎたりするパンは苦手だったり。聞いてみると良いよ、本人でなくても職員さんならきっと詳しいことを知っているはずだから」
「なるほど、聞いてみます。あ、じゃあもうひとつ気になることがあって。路上での販売の時、庭先を貸してくれた方が設営の準備をしてくれたんです。そういうの、私たちでやらないといけませんよね……」
「うーん、そうだね。そもそも、お客さんに楽をしてもらうために移動販売しているわけだから、好意に頼るのは良くない。テーブルを置かなくても販売しやすいように考えてみよう」
「台車とか、借りるのもいいかもしれませんね」
肌身離さず持ち歩いているパンのノートにメモを書き込む。すっかり汚れが目立ってきたけど、愛着もより増してきた。
「でも、焦らなくていいよ。少しずつ改善を加えて問題に対処するのが、社長の仕事だから」
「てことは、これでハッピーエンド、ってわけじゃないんですね」
「そういうこと。頑張って、朱琴社長!」
冗談めかして、でも真剣に晴飛先輩は言った。
社長業、大変だな。
アイスティーを飲み、私はふっと息をつく。
そろそろ、もうひとつの核心にせまらなくては。
「それで、あのぅ。晴飛先輩は……」
「何?」
私のことを、宝物を見るような目で見てくれる。もう、これでいい、何も聞かなくていいかと思ってしまう。
でも、はっきりさせなきゃ一緒にいるのがつらくなっちゃう。
ちゃんと、聞きたいことは聞かなきゃ。
「シュンさんと、どういう関係なんですか? コンビニで仲良さそうに話しているの、見ちゃって」
私の言葉に、晴飛先輩は目を開き、息を止めた。
「……そっか。お店を出よう。付いてきてくれないかな」
晴飛先輩は立ち上がり、飲み物をゴミ箱に分別していれた。真面目な人。
昼前になり、すっかり日差しが強くなった道を歩く。どこに行くのか聞きたいけど、晴飛先輩の背中は、何も答えてくれなさそうで声をかけられなかった。
歩いているうちに着いたのは『くまさんち』だ。ここで、何が明かされるんだろう?
シュンさん、いるのかな……。
ドキドキしながら向かう。外から見ると、今はちょうどお客さんがいないみたい。晴飛先輩が自動ドアから入店すると、お店の奥からシュンさんが顔を出した。
「あ、晴飛」
晴飛、とシュンさんが呼ぶことに緊張が走る。とっても親しげで、私なんかが間に入れないような声色。
シュンさんは私に、王子様の笑みを浮かべてくれた。
「いらっしゃいませ」
それから、晴飛先輩に目をやる。
「どういうこと?」
はっ、修羅場! よくドラマで見る修羅場!?
負けないぞ!
私が身構えると、シュンさんからは思いもよらない発言が。
「店番サボって女の子とデートしてるのかな?」
すっごいキラキラ笑顔なのに、頬が引きつってる……ように見えるシュンさん。
店番?
私が晴飛先輩に視線をやると、申し訳なさそうな顔で私を見た。
「黙っててごめん。僕はここの店の息子で、シュン……
「え?」
……え? 晴飛先輩はくまさんちの息子で、シュンさんは姉?
「ええーーー!? 二人は付き合ってるんじゃないの?」
「え?」
「え?」
この空間、みんな「え」しか言ってない。
私の勘違いを二人に話すと、二人ともお腹を抱えて笑った。
いろいろな経緯を話している間、晴飛先輩は私が三国ベーカリーの孫であることなど、必要な情報を付け加えてくれる。
「確かに私はイケメンで売ってるけど、みんな女だと分かった上でキャーキャー言ってくれてるんだよ。やだ、純粋。可愛い」
「僕が朱琴以外の人間と付き合うわけないじゃない。悲しいな」
晴飛先輩はいじける。
「私は
「えらそーに」
私の前では見せない悪ガキっぽい表情も、それはそれできゅんとくる。
なるほど、だからフルネームも名乗らなかったのか。熊野だからくまさんち。予想が当たった。
「でも、どうして隠していたんですか?」
「三国ベーカリーさんが経営のピンチって時に、ライバル店の息子がアドバイスしたら……信用してくれないでしょ」
確かに、嘘をついて三国ベーカリーを潰そうとしているのでは? って疑うかも。素直に言うことを聞けなかったかもね。
「晴飛はね、うちの店を再生してくれたの。かなり経営ピンチだった時、晴飛がいろいろ考えてくれて、今のスタイルになったんだ」
「だから、経営のこと詳しかったんですね」
私の問いかけに、晴飛先輩は頷いた。
「それにしても晴飛、ライバル店に手を貸すとはいい度胸じゃない」
「手は貸してないよ、朱琴は自分の力で頑張りたいっていうから見守ってただけ」
「本当です!」
晴飛先輩の立場が悪くならないよう必死に訴える。
「ふーん、別にいいけどね。客層は全然違うみたいだし」
優しいけど、どこかに厳しさもある表情でシュンさんは頷いた。
「でも、ライバルはライバルだから、これからも切磋琢磨してがんばりましょうね」
そう言って、いつもの王子様な笑顔を私に向ける。女性だとわかっても、やっぱりドキドキしてしまう。
「はい! ありがとうございます!」
よかったぁ。
きららの言う通り、晴飛先輩を信じて、すぐに聞けばよかった。
「……怒ってる?」
心配そうに、晴飛先輩がのぞき込んできた。私は慌てて首を横に振る。
「秘密にしたい気持ち、わかります。それに……私の他に好きな人がいなくて良かったです」
私の言葉を聞いて、晴飛先輩は口をパクパクさせて言葉に詰まった。
あれ、これってほぼ告白では。
言っちゃった……お姉さんがいる前で。恥ずかしい。
シュンさんが、わざとらしく大きな声をあげる。
「今日は私が店番変わってやるかぁ」
私と晴飛先輩は、顔を見合わせた。それからシュンさんに頭を下げる。
「ありがとうございます」
「今度店番変わるから!」
くまさんちから出る。言葉はなく、ただなんとなく道を歩く。そしてお店から離れると、晴飛先輩が私の手に触れた。
緊張したけど、そのまま逃げることなく待つ。晴飛先輩の手が、もう一度私の手に触れ、そしてゆっくり握る。
晴飛先輩の手、大きくて柔らかくてあたたかい。
手を繋いで、行く当てもなく歩く。
「あの、晴飛先輩って、なんで私のこと……その」
「好きなのか、って?」
ハッキリ言うじゃん。照れる!
「最初は、三国ベーカリーで見かけたとき、かな」
「図書館じゃないんですか」
「ううん。三国ベーカリーでお手伝いしているところを見て、可愛い子だなって。でもその時はまだ小学五年生くらいだっただろうから、僕からしたら子どもが頑張ってるな、くらいにしか見えなくて。その時は僕も子どもだし」
二年も前から見ててくれたんだ。
「でも、見かけたのは一回きりで。ずっと心のどこかで気になっていたところ、図書館で再会したんだ。同じ中学の制服を着た素敵な女性になっていて、僕が何度も読んだ本を探しているっていう。なんだか……運命を感じてしまって。一目ぼれともいうかな」
「一目ぼれだなんて……私、そんなに可愛くないです」
「可愛いよ。僕にとっては誰よりも」
照れる。そんなセリフが言えるなんて。
「朱琴」
名前を呼ばれ、思わず立ち止まる。
いつの間にか噴水のある公園についていた。水場では小さな子どもたちが水遊びをしている。遊歩道があって、木陰もあって、ベンチでゆっくり休んでいるお年寄りもいる。
私が育った、大好きな街。
晴飛先輩は、私をじっと見つめた。いつもの、照れ屋さんなところはなく、まっすぐに私を見てくれる。
「僕と付き合ってください」
なんだか、夢みたい。夢みたいな夏休みだ。
「はい」
晴飛先輩の彼女としても、社長としても、始まったばかりの最高の夏休み。
おわり
晴飛先輩、経営を教えてください! 13歳社長のパン屋さん再生物語 花梨 @karin913
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