『ヴァンパイアは第9が苦手』 下の3

 

 しかし、社長さんが言ったのだ。


 『ふふふ。やめた。ばかばかしい。ここが、アニメと違うのだ。戦っても、なんの利なし。』


 『ほう。あなたにしては、ご立派な。』


 社長婦人が、そう答えた。

 

 第9交響曲は、ついに、バリトンのソロに達した。


 『ベートーヴェンさんも、こんな、ばかな日常は、もう、止めにしようと言っている。』


 『え、これは、そういう意味なんですか。』

 

 次女の妙子さんが尋ねた。


 『まあ、おいらは、そう思っている。』

 

 そこで、ぼくは言ったのである。


 『それは、正しい解釈ですね。‘’おお友よ、このような音ではなく‘’、と、いうのは、普通、前の3つの楽章を指すとされますが、いささか、それだけでは ピント来ないです。たしかに、前の3楽章の断片が聴かれますが、はたして、ベートーヴェンさまが、自信作の、しかも、極めて深い内容を持つ音楽を否定するか? いや、あれは、否定ではなくて、要約して聴かせたのだ。それは、また、構造的な配慮でもあった。だが、否定しようとしたのは、当時の独裁政治であり、あたらしい民主主義を建てようと主張している。そう考えるほうが、すっきりします。でも、あなた、第9は、聴けないのでは?』


 『そのとおりだ。聴けない。読むだけだ。しかし、グラフとして見ることはできる。で、だから、太陽丸を渡しなさい。』


 社長は、腕時計にある、怪しい装置を見せた。


 『ちょっと待った。それとこれとは関係無いでしょう。』


 『大有りなのだ。太陽丸は、第9交響曲を遥かに凌ぐ、ヴァンパイア皆殺し装置なのだから。いや、第9交響曲には、その要素がある、と、言うべきだな。あれを発動すると、世のヴァンパイアは、壊滅するだろう。だから、渡しなさい。』


 『それを、信じろと。だって、発動したこともなければ、やり方も知らないんですよ。ぼくが確保していても、なんの問題もないでしょう。』


 『きみは、ホモサピエンスである。しかし、我々は、隠された別の人類なのだ。ネアンデルタール人の血を強く引いている。ホモサピエンスは、信用できない。我々が、確保し、廃棄する。なら、安全だし、ホモサピエンスには、なんの害も効用もない。渡しなさい。さすれば、君の赤ちゃんのネアンデルタール人への変容は回避させよう。まだ、間に合うぞ。いまならばな。われらには、そのテクニックがあるのだ。』


 ぼくと、社長は、睨み合った。



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『ヴァンパイヤは第九が苦手』 やましん(テンパー) @yamashin-2

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