第3話
3日目 今日中に残り140円集めなければ、俺は地獄にも行けず消滅する。
そんな瀬戸際の中、俺の姿は昨日までのように河原を漁るようなものではない。
今の俺は河原に佇む大人の霊達、その一人一人に声をかけていた。
賽の河原から子供を見守る霊は、大した罪を犯していない者たちだ。
責め苦を受けるほどの悪人でもないが、天国に行くほどの善人でもない者。善意で子どもを見守る鬼のおじさんと違い、河原で子どもたちを見守る“だけ”の退屈した彼ら。
この二日で知り合ったそんな霊たちが、俺の目の前に集まった。
「それで?だいたい集めたが何の用だい兄ちゃん。悪いが小銭探しに付き合ってやる気はねえぞ。」
霊の一人の言葉に、他の霊たちもうんうんと同意した。もちろん、俺だって彼らに小銭探しを手伝うことは期待していない。
彼らの興味を引くために、砕けた言い回しで答える。
「何、そんなことは頼まない。ただちょっとアンタたちと遊びたくてな。」
「何?」
「俺と賭けをしないか?」
俺の言葉の意味に気づいた霊たちの眼の色が変わる。退屈を隠そうともしなかった彼らの顔は、河原にイベントを持ち込んだ若造を面白そうに見つめていた。
そう、俺の目的は霊たちが既に拾っている硬貨だ。物々交換で回っているこの河原で、彼らが拾っている金額は少なくない額だろう。
「俺が賭けるのは河原で拾った小銭以外の小物。ピンバッジやシールなんかだな。後は俺のスマホだ。全部古道具屋で売ればそれなりの金額になる。アンタらに賭けてもらうのは....」
「現金。だろ。ここにいる連中も色々拾ってるからな。集めたら3、400円くらいにはなると思うぞ」
霊のたちは俺の話にかなりの乗り気だ。こうなるだろうとの予測はできていた。
元々、河原で談笑にふけっている者たちだ。娯楽に飢えている者たちなのはこの二日間で充分知っていた。
彼らは悪い奴らではない。元々地獄の責め苦を受けていないような霊だ、交換を頼めば応じてくれたかもしれない。
だが、一人一人と交換しては金額が足りない可能性がある。誰が現金をどれだけ持っているかはわからない。
だから俺は。賭けを持ち出した。全員の持つ現金を一度に手に入れるために。
意図に気づいた霊たちは愉快そうに笑う。
そこに負の感情はない。もとより彼らには損のない余興なのだ。
「それで、内容はどうする?生憎ここにゲームになりそうなものはないぞ」
「そうだな....」
周囲を見ると、河原で遊ぶ子供達が見えた。
平たい石を持って何やら話している。水切りをするつもりなのだと、全員が気づいた。
「今から水切りするあの子たちの内、誰が一番遠くまで投げられるってのはどうだ?俺はあの白髪の女の子に賭ける。」
「おもしれえ。俺達は隣にいるおかっぱのガキに賭ける。俺が見た限り一番上手いのはあいつだ。」
ルールを決めた俺たちは、横並びで座り子どもたちを見守る。
一人目が石を投げる。3回跳ねて灰色の水の中に消えていった。
二人目が続く。手が滑ったのか少年の手から飛んだ石は、跳ねることもなく川底に沈んでいった。
三人目。霊たちの賭けたおかっぱの少年が慣れた手つきで石を飛ばす。川に投げられた石は軽快なステップで7度跳ねた。
確かに上手い。水切りの技術なら他の子どもより頭一つ抜けている。
一人、また一人と水切りをしていくが。おかっぱの少年の記録を超えた者はいない。
「どうだ兄ちゃん。俺たちの勝ちじゃねえか?」
意地悪く告げる霊の言葉には応えない。俺の視線は変わらず河原に向いていた。
最後に、俺の賭けた白髪の少女の番が来た。右手には薄い石が握られている。
少女が構えると、霊の誰かが「おおっ」と声を上げた。腰を落とし手を引いたその姿には、一流の投手のような風格がある。
「ハッ!」
掛け声とともに、少女の手から石が投げられた。シュッという音とともに風を切り、三途の川の水面を勢いよく駆ける。
賭けは、俺の勝ちだった。少女の投げた石は少なく見ても水を10回以上切り、川岸からは何処で沈んだかが確認できないほどだった。
「すげえ!!」
これには遊んでいた子供達も、見守っていた大人たちも歓声をあげた。
「よっしゃぁ!!!!!」
勝負に勝った興奮を秘めた俺の叫びが、彼らの歓声を上書きするほど大きく響いた。
「それじゃ、貰っていくぜ。ありがとな」
「いいってことよ。どうせ俺らには使えないもんだ。」
ガハハと笑う霊たちから、勝ち得た金額を俺は受け取る。
その金額は数えるまでも無く、300円を超えていた。
一枚一枚は小銭たちだ。その金額は俺の手持ちを含めても3桁の額でしかない。一時間アルバイトすれば手に入る金額だろう。
そうとは思えないほど、冷たい手の中にある硬貨は熱を帯びていた。
「どういうつもりだ。」
初めに奪衣婆に出会った木の前で、六文銭を稼ぎ終えた俺に奪衣婆が尋ねる。
「これが一番効率が良かったんだよ。嘘は言ってないだろ?」
「『子どもに混ざって水切りをしてくれ』などと妙な頼みだとは思ったが、賭けの対象にされるとは思わなかったぞ」
白髪の少女が不服そうに頬を膨らませる。
そう、俺が賭けた女の子は奪衣婆だ。
彼女は確かに言ったのだ。『この姿を見たのはお前が初めて』だと。つまり、あの場の霊も子供も、少女の姿になった奪衣婆を知らない。
後は簡単だ。2000年以上川沿いに居る奪衣婆の水切りスキルは、賽の河原の子どもたちを凌駕する。
昨晩、俺が奪衣婆に頼んだ時点で、俺の勝ちは確定していたのだ。
「これでは、お前は川を渡っても地獄行きだ。これはいかさまではないのか?」
奪衣婆の視線は、冷たい。
いかさま。不正を行うこと。
生前の俺なら、見抜けない方が悪いと言っていたところだが。ここは地獄。嘘や不正は断罪だ。
地獄の極卒の罪を指摘する言葉。俺はその言葉に確信をもって否定する。
「違うさ。」
確かに、人を騙すのは悪行だ。地獄行きになるだろう。
だが、俺のしたことはイカサマか?
合法的に賭けのルールを設定し、勝てる可能性が高いプレイヤーを参加させ、そのプレイヤーに賭けた。それだけだ。
誰が誰に賭けるかを制限はしていない。奪衣婆が必ず勝つように誘導をしたわけでもない。
であるならば、これはイカサマとは言えないだろう。
俺の話を聞き終えた奪衣婆は、「屁理屈だな。」と首をすくめた。
「随分手慣れてる、大方現世でもこんなことやっていたのだろう。そんな人間、どっちにしても行きつく先は地獄ではないか。」
「そうかもしれない。でも地獄に行くためにも、裁判はちゃんと受けないとな。」
チャリンと軽快な音を立てて、俺の手から彼女の手に三日間の努力の結晶が移される。
300円。六文銭相当の金額。
「言いたいことは色々あるが。六文銭。確かに受け取った。」
ぶっきらぼうに渡される渡し船のチケットを、俺は両手で受け取った。
地獄に行くための権利を、俺はようやく手にしたのだ。
無事に渡し船に乗れた俺が先ほどまでいた河原に視線を向けると、見覚えのある顔が穏やかそうに過ごしていた。
ロリババア奪衣婆、親切な鬼のおじさん、子どもたちに大人の霊たち。彼らの姿が見えた。
俺が手を振ると、おじさんや子どもたちにも姿が届いたのか、彼らは手を振り返してくれた
もう会うことも無いだろう。そう考えると体温の無い俺の胸にあついものがこみ上げる、頬はいつしか濡れていた。
きっと俺は地獄に行くだろう。波に揺られてそんなことを思う俺は、天国のように晴れやかな心もちだった。
船は三途の川を進んでいく。
嵐はとうに、過ぎ去っていた。
六文には足りない人生 肉味噌 @Agorannku
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