第2話
奪衣婆が話すことによると。俺は今から三途の川を渡り、閻魔大王の裁判を受ける必要があるという。
ただし、時間には限りがある。諸々の手続きが必要な裁判を49日以内に終わらせなければならない。
当然、三途の川を渡るための時間にも制限がある。
「3日以内に渡らないと、お前は消滅する」
「短くない?スケジュール管理下手くそか?」
「普通はすんなり渡れるからそんなもん気にしないし......アンタのように六文銭が無くても、私が服を剥ぎ取って裸で川を渡らせるからね。」
「ちなみに今それをするとどうなる?」
「逆に聞くけど。台風に裸一貫で突っ込んで、無事対岸に行けると思うか?」
奪衣婆の言葉には答えなかった。答えるまでも無かったからだ。
台風で今は川を渡れない。台風が治まるころには、制限時間をオーバーしている。
どうやら、最悪のタイミングで死んでしまったらしい。俺は自分の不幸を呪った。
死んだ時点で不幸だとは言わないで欲しい、今最低値が更新されたんだ。
ともかく、俺は三日以内に3百円集めなければならない
決意と使命感を胸にした俺は、先ほどの木から少し離れた河原に居た。俗にいう賽の河原だ。
賽の河原もまた、奪衣婆と同じく聞いていた場所とはずいぶん様子が違っていた。
親より先に死んだ子供が河原の石を積んでは崩される。そのような効率最悪の責め苦を受ける場所だという話だが。俺の目の前では、子どもこそ沢山いたが石を積み上げている子どもは少ない。
石でメンコのような遊びに興じる子どももいれば、奇麗な石を集めている子どももいる。河原を漁って何かを探している子どもも見えた。
石を積んでいる子どもはよくよく見れば積み上げた高さを競って遊んでいた。
少し離れた場所では、子供たちを鬼や大人の霊達が河原に座って見守っている。霊の何人かは子供たちを見て談笑していた。
「親より先に逝くことの責任を、子どもに取らせる時代でもないですからね。」
元々積み石崩しの仕事をしていたという鬼はにこやかな笑顔で答えた。そんな経歴を感じさせないような、河原で子どもたちを見守る優しいおじさんであった。
会話をしながら、色々な事を聞けた。手っ取り早くお金を稼ぐには何かを売ればいいようで、例えば俺のスマホなら古道具屋で売れば3000円にはなるらしい。
だが、河原にいる人物は、子どもどころか霊や鬼でさえ現金を持ち歩かない。何かを売ろうと声をかけたところ「河原で拾った物と交換でいいかい?」という言葉がほぼ全員から返された。ここでは物々交換が基本なのだ。
途方に暮れた俺だが、最寄りの古道具屋の店主と顔なじみだというおじさんが店への地図と紹介状を書いてくれた。
これで万事解決だと、涙を流しておじさんの手を握った。一回り大きな手には、優しい温かさがあった。
笑顔のおじさんは川沿いの道を指さし、親切心に満ちた声で道を教えてくれた。
「川沿いを北に歩いて、5日もすれば着くよ。」
こうして、おじさんの親切心もむなしく。俺の計画は振出しに戻った。
おじさんと別れた後、俺は遊ぶ子どもたちやそれを見守る大人を尻目に河原をごそごそ漁っていた。
天気こそ曇りだが、額には汗が浮かび、両手が汚れる。河原に石が敷き詰められていて足が痛いが、耐えるしかない。
こうまでして探しているものは小銭だ。河原には案外小銭や小物が落ちているものなのだ。運が良ければ千円札が見つかってもおかしくない。そんな期待をしての行動だった。
河原に這いつくばり、石の間を探す姿は酷く滑稽だろう。酒を飲んだ霊が俺を指さして笑っていた。
そんなことを気にする余裕は今の俺には無い。三途の川を渡る六文銭 現代価値で約300円。子どもの小遣いのような額だが、それが無ければ俺の存在に関わるのだ。
夕暮れになり、一日の成果物を数え上げる。
「50円玉が1枚 10円玉が6枚 5円玉が3枚 1円玉が1枚。」
トータル計126円。1日のノルマが100円なので、随分プラスであると言える。
「1日でこの金額。このペースなら、300円は集まるな!」
計算を終えた俺の声は、明るいものだ。
1日で約120円なら、3日で約360円 今日より集まる金額が少なくても、目標金額には十分なくらい余裕がある。
一時はどうなることかと思ったが、現実的に可能なラインまで事態が好転しているのだ。俺の胸に希望が湧いてきた。
それから丸1日経過し、2日目の夕方。
俺の手元には160円がある。つまり、今日の稼ぎは34円だ。
額の汗を拭き、目を凝らす。もちろん、小銭が増えたりはしない。
「マジかよ.....。」
うなだれた俺の声は、昨晩とはうって変わって弱弱しい。
昨日楽観的に言っていた俺を殴り飛ばしたくなる。誰だ1日で120円集まったから3日なら楽勝って言った奴は。俺だ。
こうなった原因を俺は考える。探索する範囲が少なかったわけではない。むしろ昨日より広かった。丸一日丹念に探したし、鬼のおじさんや何人かの子供たちが探すのを手伝ってくれた。中には自分が拾った小銭をくれた子供までいたのだ。
幅広い範囲を丸一日かけて探したが、結果は御覧の通り。
こうなると原因は一つしかない。取り尽くしたのだ。
もともと、河原にある小銭などそう多くはない。あったとしても、子どもが拾っていたように他の人が拾っているだろう。
小銭が落ちていたら拾う。誰だってそうする、俺もそーする。三途の川に交番はないので届ける必要もない。
そして、もし仮に300円集めたとしても。今度はそれを奪衣婆の所まで持っていく必要がある。つまり、これ以上探索範囲を広げることも難しい。
「間に合うのかい?」
耳元で誰かが囁く。顔を上げると白い髪の死に装束の少女が、石の上の小銭をのぞき込んでいた。
少女が泥にまみれた五円玉を拾い上げる。くすんだ金色が夕日に照らされ煌めき俺の眼を照らした。
「流石に河原で小銭を集めるのは限界があったかな。」
この二日間を総括した俺に、奪衣婆は「だろうね」と涼しい言葉を返す。どことなく初めに会った時より優しい声色に聞こえた。
「ここから当てはあるのか?明日なら風は弱まって、裸で川を渡るくらいならできると思うが?」
後のない俺に奪衣婆はそう提案する。彼女にしてみればそれが本来の仕事だ。
だが、後1日で対岸の見えないほど遠い三途の川を泳ぎ切れるか?
川の中には石もある、台風でまき散らされた異物も大量に浮いている。魚もいるだろう、地獄の魚などどれほど危険か分かったものではない。
それを踏まえると、俺の答えは決まっている。
「断るよ。あと一日できっちり稼ぎ切るさ。」
「迷いがないね。...何か考えがあると見たけど。」
即答した俺を見て、確信したように奪衣婆は言った。
その予測はアタリだ。一つだけ手段があった。
二日間河原で小銭を探しながら考えていたものだ。
「その考えに関係あることなんだが、一つだけ頼みがある。」
奪衣婆に向き直り、見下ろすように目を合わせた。未だに強い川の風が、彼女の白い髪を揺らしていた。
「明日、少しの時間でいいから河原で遊んでくれないか?」
「は?」
奪衣婆の困惑した声が、暮れの河原に響いた。
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