世の中言うほどチョロくはない
江戸嚴求(ごんぐ)
第1話
「締めて四十八万五千円です。毎度あり〜♪」
カード会社の軽快な声がスマホ越しに聞こえてくるかのようだ。実際には他の支払いも重なっていたので、もっと多額の現金が引き落とされた計算になる。
無論、年中金無しおっさんと化している私に払えるわけがなく、家内に拝み倒してどうにかなった。当然細君は怒り心頭で、
「もう、あんたはどうして懲りないの!二度とやらない、二度とやらないと言って同(おん)なじ事繰り返して。今度やったら離婚だからね!」
散々にお灸を据えられた。我ながら自分の学習能力の無さには呆れるしかないし、妻の激怒も甘受するしかない。
この物語は欲深くかつ騙されやすい一人の男の懺悔の記録である。もっと楽に稼ぎたい、ストレスなく働きたい。そんな思いを抱えている誰もが陥りやすい世間の罠について記してみた。参考になれば幸いである。
※
約半年前。2022年6月下旬。高齢者施設を退職した直後だった。半年足らずの介護職を経て痛感したのは、自分はつくづく接客業には向いていないということだ。口の悪い利用者から、
「あんたじゃ、あたしの世話は無理だよ」
と言い放され、先輩同僚からは、
「もっと周りに気を配って動いてください。そんな事じゃここじゃあ勤まりませんよ」
何度もダメ出しを食らい、ほとほと嫌気がさした。パワハラと感じたのは私の思い込みで、単に我慢が足らなかったのかもしれない。今になってみるとそんな風に考え直せる。
とはいえ、当時の私は精神的に追い詰められて、自分や周りの状況を客観視できる余裕はなかった。とにかく辞めたい。その一念でケツをまくった。
さて、これからどうするか。私は二通りのことを考えた。なんといっても足掛け一年数ヶ月かけて初任者研修と実務者研修という、介護に必要な資格を取った。これを生かさない手はない。
同時に思った。正直人と接する仕事自体、自分には向かないのではないか。それならいっその事この機会に、なるべく人と関わらないですむ、そんな仕事を探すべきではないか。
ある種、五十何年も生きてきながらこのような思考に辿り着いたこと。その点に私の人間的甘さというか、苦労知らずな一面が反映されていると言えよう。
察しの良い読者諸君なら既に気づいていようが、この甘さこそが私をして生き地獄へ落としめる結果となる。しかしこの時の私は、まだその危険に気づいてはいなかった。
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世の中言うほどチョロくはない 江戸嚴求(ごんぐ) @edo-gon
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