択捉島の神

@2321umoyukaku_2319

第1話

 昭和十六(1941)年十一月二十六日未明、ある人物の枕元に択捉エトロフ島の神を名乗る霊的存在が立ち、こう言った。

単冠ひとかっぷ湾に集結した軍艦へ作戦中止を命じよ。ハワイへ行ってはならぬ。戦いを起こしてはならぬ」

 そう言われた人物は驚き、かつ恐怖した。その理由は二つある。一つは怪異現象を目の当たりにしたため、そして最高秘密が漏洩していたためである。

 北海道の択捉島単冠湾を出航した日本艦隊がハワイの真珠湾攻撃へ向かうことを、その霊的存在は知っていた。これは由々しき事態だった。

 日本はアメリカとの戦争を決意していた。勝敗の鍵を握るのが海軍によるハワイ奇襲だった。ハワイのオアフ島真珠湾にあるアメリカ海軍基地を攻撃し、そこに停泊中の艦艇に大打撃を与えようというのである。

 奇襲攻撃に成功したら、日本は優位に戦争を進められるだろう。しかし、敵に情報が洩れていたら状況は逆転する。ハワイのアメリカ海軍が完璧な防衛網を敷いて日本艦隊を迎撃するのだ。開戦早々、日本海軍は壊滅的なダメージを負いかねない。

 怪奇に怯える以上に、真珠湾攻撃失敗の予感に震え上がる某人物へ、択捉島の神を名乗る霊的存在は予言した。

「この戦争は日本の敗北で終わる。自分が暮らす択捉島は他国に占領されてしまう」

 そして、こう付け加えたという。

「それを止められるのは、貴殿だけだ」

 だが、その人物にも太平洋戦争へ向かう歯車は止められなかった。

 日中戦争開戦から四年余りが経過している。泥沼化した日中戦争は日本を疲弊させ、アメリカとの対立を深めた。アメリカは日本へ向けた石油等の重要物資の全面禁輸を打ち出し、さらに中国大陸等の占領地からの日本軍全面撤退を主張していた。日本側が飲める条件ではない。戦争以外の選択肢はなかった。

 その人物が気付くと、択捉島の神を名乗る霊的存在は幻のように消えていた。

 択捉島に集結した日本艦隊は昭和十六(1941)年十一月二十六日午前六時に全艦抜錨、予定通りハワイへ向け単冠湾を出撃した。

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