サイコメトラーの安息

斑猫

曇天の下に安息を抱く

 特別な能力は悪用せずに、世のためヒトのために使わねばならない。

 特別な能力は他のヒトから羨ましがられるが、能力の持ち主自身はそれを有難がっているとは限らない。

 こうした特別な力にまつわる奇妙な法則は、何も人間の世界のみに当てはまる訳でもない。

 というのも、下賤なる管狐の身であるこの私にも当てはまる事だからだ。


 狐と言っても狐ではなく、むしろイタチに近い管狐として生を享けた私は、生まれながらにして異能の持ち主だった。手にした物品に宿った念――持ち主の思いやその持ち主に何が起きたのか、それらが絡み合ったものたちだ――を読み取る事が出来る。それが私の異能だった。サイコメトリーというらしい。

 それが異能であると知り能力と折り合いをつけるようになると、いつしか私はその能力を用いた仕事に携わるようになっていた。すなわち、事件現場の遺留品や失踪者が身に着けていた物品に触れ、何があったのかを見るようになったのだ。

 その仕事の大変さがいかほどの物か。それは紙幅を割くまでもない話であろうから省略する。管狐の私が、術者を介して割り当てられるようなものだ。普通の、人間の事件以上に陰惨なものもあったとだけ言っておこう。

 ただ、私の雇い主たる術者はとても良心的だったのだと思っている。何せ、実際に仕事を始める前に、そうしたビデオや写真を見せて耐性を付けてくれたのだから。


 耐性を付けてまで行う仕事なんぞ辞めちまえ。そう言う声をあげる者もいるかもしれない。しかし私の選択肢の中にはそれだけは無かった。

 元々からして管狐は、忌まわしい憑き物だとか破滅を産む寄生妖怪だとして忌み嫌われている。分類学上の問題から、由緒正しい妖狐たちからは仲間扱いされる事はまずない。

 所詮管狐とはそう言う存在なのだ。私は折角異能を授かって生まれたのだ。であればそれを役立たせるのは至極当然な事であろう。そんな風に私は思っていた。


 じっとりとした曇天とスコールのような雨天が続くその日、私は落ち着かずそわそわしていた。悪天候というのもあるにはある。だがそれ以上に、この日は仕事が無かった。それで私はそわそわしてしまったのだ。

――仕事中は辛そうにしているのに、仕事が無ければイライラしてしまうとは……君は典型的なワーカーホリックだな

 雇い主である術者はそう言って、私に困ったような笑みを見せていた。大丈夫です。そう言おうとしたその時には、彼女の姿は消えていた。

 だけど少ししてから彼女は戻ってきた。幾つもの、古ぼけた道具やら何やらを抱えて。

――どうぞ。これは君の本職とは違うだろうけれど。読みたいものがあるんでしょ?

 彼女はそれだけ言うと、持ってきた物たちを私の前に並べていった。

――災害救助犬はね、亡くなった方の遺体ばかり見つけていたら、やはり気落ちして精神を病んでしまうらしいんだ。だから最後に元気な人がわざと瓦礫の中に隠れて、生存者を発見出来たってその犬に思わせるらしいんだ。

 違います。私は犬っころなんかじゃあありません――そう言おうと思ったにもかかわらず、彼女の目を見ているとその言葉は引っ込んでしまう。優しくて、何処か物悲しげな眼差しが私をしっかと捉えていた。


 私がその道具に触れたのは、彼女が書斎に戻ってからの事だった。私の読み通り、それらは彼女が昔愛用していた物ばかりだった。幼子だった頃、童女だった頃、少女だった頃の……様々な過去の彼女の思いに私は触れる。

 彼女の幸せな日々を追体験しながら、私は安息を噛み締める。その時だけは、自分の賤しい出自や仕事の事は、頭の中からすっかり洗い流されていた。

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サイコメトラーの安息 斑猫 @hanmyou

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