自称夏の精霊と同居する羽目になったんだけど、昔亡くなった幼馴染と似ている件について
久野真一
自称夏の精霊と同居する羽目になったんだけど、昔亡くなった幼馴染と似ている件について
「暑い……夏なんて滅べばいいのに……」
今日の会社業務を終えて、冷房の効いたオフィスから外に出れば一転、まるでサウナにでも入ったかのような蒸し暑さだ。加えて、西日がじりじりと肌を焼いてくるのがまた腹立たしい。
「徒歩20分ってのも微妙だよなあ」
夏よ滅べ小言で呪詛を唱えながら帰り道を歩いていると、目の前に、麦わら帽子を被った、白いワンピースに黒髪ロングで清楚な感じの美人さん―女子高生くらいだろうか―が現れた。
「
大きなくりっとした瞳で問いかけてくる少女。
「好きじゃないですね。汗はダバダバ出るし、
俺は初見の女性に何を言っているんだろう。
でも、どこかで見たことがあるような気がして、咄嗟に質問に答えていた。
夏になるとどうしてもアイツが亡くなったことを思い出してしまう。
「答えてくれてありがとう。私、
麦わら帽子を脱いで深々とお辞儀をした真夏さん。え?
「夏の精霊、ですか?」
やばい人にぶち当たってしまったと後悔していた。
「皆が暮らしやすいように夏の温度を調節してるんだ♪」
「……急用を思い出しました。真夏さんもお元気で」
刺激せずにそっと退散するに限る。
一礼してすれ違い様に早足で逃げ去ろうとしたのだけど。
「輝君。私のこと頭のおかしい人だとか思ったでしょ?」
じとっとした視線で射すくめられる。
「そんなことはありませんって。単純に自宅で用があるから……」
とにかく用事があるという線で乗り切ろう。
ヒュウッ……。とても冷たい風が吹いたかと思うと次の瞬間、
「寒っ」
外気温は35℃。なのに冬のような凍てつく寒さ。
慌ててスマホの天気予報を見ても異常はなし。
スマートウォッチだけが5℃という異常な気温を示していた。
「これは一体……」
「信じる気になった?私が夏の精霊だってこと」
「超自然現象は信じない方ですけど、これを見せられては」
論より証拠。よく言ったものだ。
「ならよし。戻すね」
指で円を描くと同時に、うだるような暑さが戻ってきた。
「真夏さんがホンモノだってことはわかりましたけど、どういう用件で?」
俺はただの平凡な会社員だ。
「口調。丁寧語じゃなくてタメでいいよ。私もタメで話してるし」
「わかり……わかった。真夏さんはどういう用件で?」
「「さん」もいらないから」
(細かいなあ)
アイツも敬語使われるのが苦手だったっけ。
「真夏は俺にどういう用事があって話しかけたんだ?」
「私と一緒に住んでみない?楽しい夏、体験させてあげるよ?」
「え?」
精霊というだけでも非現実的なのに同居?
「夏の精霊さん的には、大忙しだろ?俺に構う意味がよくわからない」
世界の運命を俺が背負っているというわけでもあるまいし。
「夏の精霊って言っても基本的には温度調節システムにお任せなんだよね」
「やけにハイテクだな。なら温度調節システムをなんとかして欲しいけど」
「それがね。温度調節システムが不具合起こしちゃってて。私もエンジニアとして頑張ってるんだけど、難しいの。ごめんね」
「ソフトウェアエンジニアとして意味がわかってしまうのが複雑だな」
この凄まじい異常気象もシステムのバグと言われれば納得してしまう。
「輝君らしいね」
ん?なんだかまるで俺のことを知っているかのような物言いだけど。
「気になってたんだけど、輝君って呼び名は……」
「あ、えーと。精霊と言ってもそんな感じで基本はシステム任せだから普段は街を見て回って困ってる人を助けたりもするのよね。それで、君がお昼にご飯を買うためにコンビニに出てくるところなんかもこないだ見ちゃったんだ。社員証に「
凄まじい早口である。焦って言い訳するときの典型というか。ただ……
(アイツも焦ったらよく早口になってたよなあ)
「気にしてないからいいよ。超自然的なパワーでもあるんだろうし」
「本題に戻っていいかな。同居の話だけど」
「まあ、短期で良ければ。真夏も常識は弁えてそうだし」
うちの部屋は2DK。ちょっとの間泊めることくらいはできる。
「やった!」
ガッツポーズをする様子もどこか可愛らしい。
「輝君、
ん?また引っかかる物言いだなあ。
「精霊界って退屈なの。娯楽の類もあんまりないしね。一度、人間界の娯楽を楽しんでみたいと思ってたんだ。でも、一人で街をうろつくのも寂しいし」
「要は普段と違う環境でリフレッシュしたいってとこか」
「そういうこと!」
「じゃあ、家に案内するから着いてきてくれ」
「これからしばらく、よろしくお願いね」
精霊さんと俺はこうして、同居することになったのだった。
◇◇◇◇
「へー。綺麗にしてるんだね」
「昔、仲のいい友達に部屋が汚い!ってさんざんどやされたからな」
お小言を言われつつも、ずっと掃除を面倒くさがっていた俺だけど、アイツが居なくなったあの夏以来、毎日きっちりと掃除をするようになった。
「その友達さんは?」
薄々気づいているんだろう。気遣わしげな声で彼女は聞いてきた。
「亡くなったよ。十年前の夏に熱中症でな」
「そっか」
「毎日きっちり掃除してれば、天国のアイツも見てくれてるかな……なんて」
「大丈夫。きっと彼女も見てくれてるよ」
「ん?アイツが女だって言ったっけ?」
「部屋が汚いって怒る友達だと、女性かなって。それだけ!」
目が泳いでいる。怪しい。
「片方の部屋はほとんど使ってないから真夏が使ってくれ」
二つの部屋の内、片方を指で指し示す。
「丸々一部屋なんていいの?」
「大学のときもサークルのコンパのために貸してたくらいだし。好きにしてくれ」
「へー。輝君ってどんなサークルだったの?やっぱり文化系?」
「やっぱり?」
「な、なんとなくだよ。線が細いし、文化系寄りなのかなって」
また目が泳いでいる。
「なあ、真夏。正直に答えてほしいんだけど、俺のこと前から知ってるだろ」
「そ、それは……前にあなたのこと見かけたからで……」
「本当のことだけを話してくれ。俺は露骨な嘘を吐いてくる相手を泊めるほど人間できちゃいないんだ」
小学校の頃、アイツと大喧嘩したことがあった。
対戦ゲームで俺が嘘をついてアイツをハメてアイツは大泣きして……。
仲直りのときに誓ったのが「お互い、嘘をつかない」だったっけ。
「そういえば、嘘つかないなんて約束もしたっけ。私から約束破っちゃった」
「やっぱり、真夏は俺のことを……」
「うん。輝君のこと知ってたよ。小学校の頃から、ね」
やっぱり、という思いと、まさかという思いがないまぜになる。
「信じがたいけど、真夏はアイツ……
十年前にこの世を去ったはずの幼馴染、
「
長い髪に触れながら言う彼女に、一つ言いたいことがあった。
「容姿が違い過ぎないか?」
「そう?」
「まず、髪もっと短かっただろ。少し茶色に染めてたし。身長だって、俺より頭二つ分くらい低かったはず。何より胸がなかった!」
「胸はどうかと思うけど……上司が言うには、生前と同じ容姿だと人間界に降りたときに復活しただの生まれ変わりだの騒ぎになるから、らしいよ」
「俗っぽい理由だな……」
十年前に亡くなった幼馴染との奇跡的な再会だというのに。
「あとね、今は夏季休暇中なの」
「またなんともはや……」
「精霊も働かないとご飯は食べられないからね」
「千夏もこの十年、苦労してきたんだな」
社会人になって数年目の俺には痛いほど苦労がわかる。
「私の精霊としての職種は気候エンジニアなの」
「気候エンジニアって……まさしくシステムの保守運用してますって感じだな」
「そうそう。さっき言った温度調節システムの保守と運用がメインの仕事」
当たってたのかよ。オイ。
「かなり大昔に作られたシステムだから、継ぎ接ぎだらけ。今年は特に不具合がひどいの。私はなんとか一週間のお休みをもらえたんだけど」
「昔に作られた巨大システムのメンテナンスが地獄になるってのはよく聞くけど、地球レベルの異常気象がそのせいだとは……保守運用に携わってる精霊さんたちに感謝だな」
「一週間の休暇どうしようかなーってぼーっと考えてたんだけど、ふと、輝君どうしてるかなって思い出して。様子が気になって訪ねてみたんだ。そしたら大人になった輝君とホントに出会えたものだからビックリ!」
目を輝かせている幼馴染にして、現精霊さん。
「また行き当たりばったりな……」
「褒められてる気がしない……。でも、周りの気温をコントロールできる能力はホンモノだから、輝君が外に出るときの快適ライフは任せて!」
明るい声で言う幼馴染を見て、なんだか可笑しくなってしまった。
「ぷっ……お前はそういうやつだったっけ」
いつだって行き当たりばったりで。思いついたことを即実行に移すやつで。
自転車旅行に行くと言い出して熱中症で亡くなったのもそのせいだったけど。
朗らかな明るさにいつも俺は救われていた。
「むぅ。馬鹿にしてる?」
「してないって。しばらくの間だけど、おかえり。千夏」
「うん……よろしくね!輝君!」
ぎゅうっとお互い抱きしめあって、再会を祝した俺たちだった。
◇◇◇◇
コンビニで買ったそうめんを二人ですするだけの軽い夕食の後。
ダイニングのちゃぶ台にて。
「輝君は会社の夏休みってないの?」
「偶然だけど、明日から一週間丸々」
「へえ。すっごいホワイトじゃない?」
「土日祝も完全に休み。近いだけで選んだ会社だけど、そこは感謝ってとこ」
「うちなんて週休1日だよ。今回一週間休みもらえたのは感謝してるけど……」
うーむ。
「精霊の割にあんまり人間の社会人と変わらないな」
「転生するか精霊として働くか選べるんだけどね。転生して輝君のこと忘れるの嫌だったから、精霊として働くことにしたんだけど……精霊も楽じゃないねえ」
忘れるの嫌だったから。やばい。この言葉は照れる。
「俺のこと忘れるの嫌だったから、って……」
高校の頃、俺は千夏のことを好きだった。
もしかして、千夏も……?
「ああ、その、ええと……」
照れてあわあわする彼女は容姿が変わっても愛らしい。
「せっかく再会できたんだし。誤魔化すのはやめよう。うん!」
俺に向き直った千夏は。
「あのね。私はずっと、ずうっと、輝君のことが好きだったよ。精霊になってからもずっと忘れられなくて、会いに行こうかどうか、いつも迷ってた」
「そっか。俺もずっと好きだった。お前が亡くなったあの日以来、一日も忘れたことはなかった。夏がトラウマになるくらいにはショックだったんだぞ」
「ごめんね。おっちょこちょいで熱中症で死んじゃって」
「いいさ。姿形は変わっても再会できたんだし」
「うん……うん!」
涙目の幼馴染に精霊さんはぎゅっと俺を抱きしめてきて。
俺もまた抱きしめ返したのだった。
しばら、そんな風にしていると、いよいよ時計の針も24時近く。
「そろそろ寝るか。あっちの部屋の来客布団使ってくれていいから」
あくびを噛み殺しつつ、自室に戻ろうとしたところ。
「あの……せっかく恋人になったんだし、一緒の部屋で、は駄目?」
「駄目じゃない、と言いたいけど、心臓に悪いからまた今度で」
「えー?……でも、ま、いっか。また明日ね!大好きだよ!」
それだけ言って、部屋へ駆け込む千夏。
一人、ダイニングに取り残された俺。
「一緒の部屋でとか……彼女いない歴=年齢の俺にはちょっと刺激が強すぎ」
これからしばらくの間、色々な意味で悶々としてしまいそうだ。
◇◇◇◇
翌朝のこと。
洗面所まで歯を磨きに行こうとしたところ、ダイニングで彼女とばったり。
「お、おはよー、輝君」
「お、おはよう。千夏」
昨夜のことを思い出してしまって少しぎこちない挨拶。
「ダイニングはクーラーないから助かるな」
周囲の気温をコントロールできる能力は伊達じゃない。
「でしょ?ところで、今日は何か予定あったりするの?」
「暑すぎるし、自宅でゲームでもしようかなと」
「せっかくの夏休みなのに」
「そう言われてもなあ」
「せめて、プールに行くとか」
「行っても人混みだろ」
「じゃあ、どこかの夏祭りとか。今なら可愛い女の子も同伴だよ?」
「自分のこと可愛いというのは大概だけど……夏祭りか」
あの夏。実は二人で夏祭りに行く予定だった。
よりにもよって、その直前に亡くなったもんだから縁が遠くなっていたけど。
でも、今なら。
「じゃあ、行けそうなところ探してみるか」
「そういうところ、やっぱり輝君だよね」
「ん?」
「私に甘いところ」
甘い、ねえ。
「伊達に長年片想いはしてなかったさ」
「そっかー。ちなみに、いつから?」
「覚えてないけど、中学に入った頃には好きだったな」
「そっかー。私は小学校高学年の頃には好きだったよ」
元々人懐っこいやつだったけど、恋人になると可愛さ五割増しだ。
「でも、これで十年越しの夢、叶うのかな」
「十年越し?」
「夏祭り、一緒に行こうって約束してたでしょ」
「してたな」
「告白して、恋人になって、二人で一緒にお祭り回りたいなって思ってたんだよ」
「俺も同じこと思ってたんだぞ」
「死んじゃってゴメンね」
「言いっこなし。何はともあれ再会できたわけだし」
「そだね」
そんな話も程々に、自室のノートPCで近場のお祭りを検索。
後ろには昨日、恋人になったばかりの精霊さんがぴたっとくっついている。
「くっつかれると恥ずかしいんだが」
「私だって恥ずかしいよ。でも、恋人ならいいでしょ?」
さらにぎゅっと抱きつかれる。やばい。可愛い。
「駄目じゃないけどさ。俺、彼女いたこともないしさー」
「えー。ほんと?大学のときは?サークルのコンパで部屋貸したとか言ってたよね」
「文芸部な。嫌われてはいなかったとは思うけど、甘酸っぱいイベントはさっぱり」
胸がドキドキするのを抑えながら、つとめて平静を装って話す。
「輝君、女の子の好意に鈍感だったからなー。実はフラグ壊したりしてない?」
「ないない。一人、うちに入り浸りたがる後輩女子がいたけどさ」
「その後輩の子、泊めてたんだ……」
どこか、ほの暗い目で睨まれて、一瞬、気圧されてしまう。
「お前が想像するようなことは何一つなかったからな。単純に仲のいいオタ友達って感じだよ。千夏もオタの端くれならわかるだろ?話が通じる仲間がいると盛り上がるあれだよ、あれ」
生前の彼女はといえば、アニメやゲームに造詣が深いだけじゃなくて、動画編集にプログラミングなどもできる、と多才なやつだった。
「……信じる。ここのお祭り、まさに今夜じゃない?」
彼女が指差したのは、電車で数駅のところで開催されている夏祭りだった。
「今日と明日の二日間か。意外と大規模だな。こんな近くにあったとは……」
「大学四年間に社会人、ずっとここに居て気づかなかったのが不思議だけどね」
「面目ない。でも、ま、これならうってつけじゃないか?」
「だね。綿あめにりんご飴、焼きそばにフランクフルト―♪」
はしゃぐ幼馴染。
ともあれ、こうして夏祭りに行くことになった俺と千夏なのだった。
◇◇◇◇
「わー。ほんっとに屋台だらけだね……!」
お祭り会場に到着してみれば、歩行者天国で道路脇には出店、出店、出店。
俺たちの地元の小さなお祭りとは比較にならないくらいの規模だ。
行き交う人々の顔ぶれも様々だ。
家族連れで、女友達同士で連れ立って、恋人同士で、などなど。
「うーん、さすがだな……ってちょっと、おま」
浴衣に着替えた千夏がぴたっと肩を寄せてくる。
「十年越しの夢だからいいでしょ?」
「いいんだけどさ……照れるんだよ」
「実は私も結構照れてる」
というわけで、二人で歩いていると、りんご飴の屋台を発見。
「果肉たっぷり、フルーツ飴だって。良さげじゃないか?」
「うんうん。美味しそう。行こ行こ!」
俺は大ぶりなりんご飴を、千夏はいちご飴を買って、
パリパリと音を立てながら味わう。
「あ。いちごの酸味が飴とすっごくよくあってる……」
「俺のもなかなか。りんごがちゃんと新鮮っていうかさ」
「この分なら他にも美味しいの、いっぱいありそうだね」
「だな。せっかくの屋台、楽しもうぜ」
というわけで、色気より食い気な俺たちはといえば。
「タン塩串。美味しそうじゃない?」
「確かに捨てがたいな……」
肉を頬張ってみたり。
「ふわふわなかき氷だってさ。どうだ?」
「輝君、甘いの好きだもんね。いいよ」
かき氷を買って食べさせ合いしたり。
「定番だけど、焼きそばもどう?」
「だな。屋台と言えば焼きそば!」
やっぱり焼きそばを二人でシェアしたり。
「ジュース……はコンビニにあるのと同じか。微妙だな」
「ペットボトルそのままだと特別感が薄れるよね」
ペットボトルのジュースを売っている屋台に対して辛口コメントをしたり。
思う存分、屋台を食べ歩きしたのだった。
歩き疲れたところで、屋台から少し離れたところにある公園のベンチに座って、ひと休み。
「しっかし、くそ暑い中、屋台なんて、と思ってたけど、千夏のおかげで快適だな」
「ふっふーん。精霊さんパワー、凄いでしょ?」
「いやほんと、千夏様々だな」
「褒めても何も出ないよ?」
「……出ないのか?」
本音を引き出したくて、じっと見つめてみる。
すると、視線を逸らしたかと思えば、
「目、瞑って?」
「あ、ああ……」
「キスするの初めてだから。下手でも文句言わないでね」
「言わないって」
「じゃあ……」
ちゅっと水音がした。
初めてのキスは、唇にかき氷と焼きそばと……色々な味が混ざった味だった。
「初めてのキスは屋台の味、か……」
「すっかり忘れてた……」
少し凹んだ様子の彼女。
「これはこれでいい思い出だぞ?」
「焼きそば味のキスとか覚えられるのはフクザツなの!」
「わからなくもないけどさ……」
どうでもいいことを言い合いながら、帰路についた俺たちだった。
今年の夏は少しだけ好きになれそうだ。
◇◇◇◇
それから一週間はあっという間に過ぎて行った。
千夏に言われるがままにプールに行ったり、遊園地に行ったり。
あるいは家で昔みたいに二人でゲームをしたり。
楽しい日々はあっという間で、気がつけば今日が俺と彼女の休み最終日だ。
「もう夏休みも最終日。あっという間だったね」
「高校の頃だったら二ヶ月あったのに今は一週間だもんな。世知辛い」
一週間も夏休みがある会社も少ないらしいので恵まれてるんだろうけど。
「なあ、これから先、どうする?」
楽しい時間を壊したくなくて言えずにいたこと。
でも、俺たちにこれからがあるなら話し合わないといけないことだ。
「先に言っておくとね。精霊界では人間界への過度な干渉はご法度なの」
「未練残して死んだやつがこっちでの生活を謳歌しまくるとかやばそうだし」
こいつが今ここにいるくらいだから、バカンス程度は許されているみたいだけど。
「人間界の年間滞在日数も規定で決められててね。年間20日まで」
「もしそれを超えたら?」
「問答無用で欠勤扱い。たとえば、30日滞在したら欠勤10日かな」
「給与に響くのはリアルに痛いな……」
逆に欠勤扱い程度で済むと考えれば寛容とすら言えるかもしれないが。
「あとね。精霊界のネットワークなんだけど、人間界とのネットワークの間には、神盾……通称God Firewallっていうのがあって、YouTube動画も見られないし、人気のアニメだって見られないの」
「ものすごい体制だな。精霊に堕落されたら困るっていうことなんだろうけど」
「もちろん、神盾も完全じゃないからVPNで見たりもするんだけどね」
「精霊界の法律は知らないけど、逮捕されないようにな」
しかし、逆に言えば、制限なんてそれだけとも言えるか。
「遠距離恋愛に近い感じでいいのか?妙に現実的過ぎて、実感が湧かないんだけど」
「そうかも。精霊界にも残して来た恋人とそのまま……なんて人もいるみたい」
「あとは連絡手段か。そっちもIT社会ぽいけどスマホみたいなのはないのか?」
「あるよー。スマートウォッチが高機能化したみたいなの。LINE交換する?」
「待て。なんでそっちの世界にLINEがあるんだよ」
「生前、LINE社に居た人が互換アプリを作ったんだよ。結構使ってる人も多いよ。公には禁止だからひっそりと、だけどね」
「なんか精霊界の現状を想像したくなくなったきたけど、それなら交換するか」
彼女の右腕に嵌められた腕時計型デバイスから光が照射されたかと思うと、ピッとだけ音がして、気がつけば友達が追加されていた。
「しっかし。もう二度と再会できないと思っていたら、こうして再会できて恋人になって。遠距離とはいえ交際もできて。ほんと、いい夏休みになったよ」
「私もずうっと迷っていたんだ。もう忘れてるかもしれないし、恋人がいるかもしれない。信じてくれないかもしれない。踏ん切りがつかなかったんだけどね。でも、声をかけてみて良かった」
部屋の中でしばし向かい合う俺たち。
「じゃ、そろそろ帰るね。後でLINE送るから」
少しずつ薄れていく千夏の身体。
神秘的なシーンのはずなのに、LINE送るからという妙に現実的なメッセージの前には台無しだ。
「ああ。精霊界の写真とかも頼む」
「それは守秘義務違反だから難しいかな」
「妙なところで律儀だな。とにかく、次はまた冬にでも会えるか?」
「年末年始は忙しいから、予定合うかわからないけど。私も一緒に過ごしたい」
「じゃあ、またな。システムの保守運用は大変だろうけど頑張れよ」
「輝君もお仕事頑張ってね。あ、それと……耳貸して」
「ん?」
ごにょごにょと耳元でつぶやかれた言葉は……。
「そういうわけだから、次会うときは期待しててね!それじゃ!」
一息に言って、その姿を完全に消した精霊さん……千夏。
後に残された俺はといえば。
「次会うときは、キスの先に進みたい、とか、悶々とするからやめてくれよ」
窓から差し込む朝日に目を細めながらそうぼやいたのだった。
こうして、俺と彼女の一夏の物語は幕を閉じた。
◇◇◇◇後日談◇◇◇◇
それから一週間後の夜、仕事を終えて家で涼んでいたときのことだった。
「輝君ー。ようやく温度調節システムの不具合がなんとかなりそうだよ」
千夏からのLINE通話だった。
精霊界にあるという神盾の方は大丈夫なのだろうかと恋人ながら心配になる。
「今年の異常な暑さもなんとかなるってことか?」
「新システムの運用は来年の夏からになるみたい」
「また何だって」
「今、稼働中のシステムだからパッチ当てるのは秋になってからだって」
「つまり、今年中は暑さは我慢しろと」
「でも、輝君のためにと思って徹夜でデバッグしたんだよ」
徹夜でデバッグか。
「お疲れさん。今日はゆっくり休めよ」
「うん。あのね……寝る前に一言、いい?」
「もちろん」
「大好き。こうして遠く離れてても、また会えるんだって思ったら頑張れちゃう」
恋人の健気な言葉に胸の中が暖かくなる。
「俺も大好きだよ。千夏」
「もう一つ、わがまま言っていい?」
「いくらでも」
「あの、ね。システムのデバッグが済んだし、明日、少しだけそっち寄っていい?」
「週休1日だっけ。大丈夫か?」
「私が会いたいからいいの!」
「わかった」
「じゃあ、この間の約束、期待しててね。それじゃ!」
言ったきり、通話は切れてしまった。
恥ずかしくなったらしいが、俺は俺で頬が熱くなっているのがわかる。
「次会うときは期待しててね!だっけか……」
その時は予想外に早く来てしまいそうだった。
さて、明日は色々忘れられない夜になりそうだ、とニヤけている俺だった。
☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆
今年の夏はすごく暑いですよね。
で「夏の精霊」というキーワードが浮かんで短編にまとめてみました。
楽しんでいただけたら、☆レビューや応援コメントなどいただけると嬉しいです。
ではでは。
☆☆☆☆☆☆☆☆
自称夏の精霊と同居する羽目になったんだけど、昔亡くなった幼馴染と似ている件について 久野真一 @kuno1234
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