第17話 さあ、踊って
そのほとんどにセイランは出場し、出場した競技すべてで二位以上を確保した。バヤールら、竜捌きの家の者以外でも出場できる競技もあり、その結果をあわせると、初日は
そうして、二日目。
この競技は空城ごとに二頭ずつ出場することとなっており、一頭はかならず竜捌きの家のものでなければならない。
ウォジェ家はセイランとバヤールが組んで出場し、順調に勝ち進んだ。
セオの長女、跡取りであるインファの騎乗は、鬼気迫っていた。叫び、煽りながら竜を奔らせる。炎のようだ、と、観客すべてが感嘆の声をあげた。
が、客席のトゥトゥはその姿に、なにか胸騒ぎのようなものを感じている。
昼過ぎには四組までしぼられた。
奇しくも
もちろん、セイランの組も残っている。
そして、インファの組も。
準決勝が行われ、どちらの試合も地竜と星竜の対決という構図となった。
セイランたちは星竜を下し、インファたちは地竜に勝った。
これにより決勝は、セイランの黒玻璃城とインファの塡星城により争われることとなった。
ただ、その競技のさなかに、セイランはインファが騎乗する竜の様子がおかしいことに気がついた。どことなく、ふらついているように感じたのだ。
「おい、その竜……きちんと休ませてるか」
インファのところまで歩いてゆき、背中に声をかける。が、彼女はこちらを見ようとしない。
「おいってば……」
「うっさいわね」
振り返り、インファはセイランを睨みつけた。
「なに、ウォジェの優勝が見えてきたから余裕でご指導ってわけ? ありがたいこと。ええ、ご心配いただかなくてもきちんと休ませてますから」
「……水と食餌、摂らせていないんじゃないのか」
「試合前はいつも抜いてるのよ。身軽さが星竜の売りだもの、わざわざ重くしてどうするの。この子もいつものことだから、慣れてるわよ」
インファは紫の淡い諧調色をまとう竜のくびを撫でた。くるる、と声をだす竜。そうしていると、セイランは自分の見立てが誤っているようにも思えた。
「……とにかく、無理、すんなよ」
「あんたこそ。調子に乗ってるとまた、堕ちるわよ」
セイランは、じゃな、と手をあげ、トゥトゥの待つウォジェの席に戻った。
ほどなく決勝の開始が告げられ、競技者が呼び出された。
トゥトゥはセイランの手を、両の手のひらで包んだ。そのまま、頬に押し当てる。
いってらっしゃい、と彼女がいうと、ああ、たのしんでくる、と、セイランは笑った。
開始位置に四頭の竜が並ぶ。
セイランとバヤールの、黒玻璃城。地竜に騎乗する。
対してインファたち、塡星城。星竜をつかう。
セイランはインファをみたが、相手は見返さなかった。
なにか、くちのなかで小さくつぶやいている。まけない、まけない、と、なんども言っているように読み取れた。
競技開始の合図。
四頭の竜が轟音を残して離床した。
この競技はさまざまな障害物を潜り抜け、いかにはやく目標である虹色の珠をとるか、を競うものである。輪をくぐり、細い筒のなかを駆け抜け、旗の間を縫うように周回する。
バヤールが開始直後から塡星城の行路をふさぎ、セイランが
星竜の竜使いがバヤールの竜に横からあたり、行路をあけさせる。その間をインファが疾走し、星竜ならではの身軽さにより、すぐにセイランに追いついた。
しばらくのあいだ、二頭でのせめぎ合いとなる。
背丈の二十倍の高さの棒のまわりを、身をくねらせながら周回して上昇下降するという箇所で、セイランが前にでた。インファはもがくように、
セイランが棒の最先端に辿り着き、下降に移ろうという、そのとき。
インファの竜から、ふ、と、力が抜けた。
そのまま、落下を開始する。
意識を喪失していた。
インファは目を見開き、信じられないものをみたような表情で、なにかを掴むように両手をまえに広げながら、地表にむけて落ちてゆく。
セイランは、竜の首を叩き、手綱をひき、祈るようにつぶやいた。
白銀の竜は尾を天頂に振り上げ、瞬時、静止した。
「せい、やっ!」
セイランが叫ぶと同時に、白銀の竜はその場から姿を消した。
そう見えるほどに、凄まじく、圧倒的な加速だった。
地表に向けてまっすぐ、矢のように飛ぶ。
即座にインファの横につく。
手を伸ばし、インファを引き寄せ、抱える。
白銀の竜は、だが、減速が間に合わず、地に叩きつけられた。
セイランとインファは放り出され、転がる。
会場が静まりかえった。
トゥトゥは立ち上がり、走り出した。
が、係のものに静止され、近づけない。
「セイラン!」
叫ぶ。
と、セイランはゆっくり首をあげ、半身を起こした。頭を振る。
トゥトゥのほうを見て、頷いてみせた。
トゥトゥは震える手を胸の前にあわせ、ああ、と声をだした。
インファも続いて身を起こし、係に助け上げられ、運ばれた。
しばらく競技が中断されたが、やがて、係のものがウォジェ家の席に近寄ってきた。ディオラの前に立ち、頭をさげる。
「あの……申し上げにくいのですが、セイランさまは行路を外れましたので、規定により失格となります。代わりに出場される、ウォジェ家の竜使いの方はおられるでしょうか。おられない場合は……」
塡星城はインファの代わりに、セオ家のほかの者がすでに騎乗準備をしている。そのため、自動的に塡星城の優勝となる。係のものはそう説明し、ディオラのことばを待った。
と、まわりの客たちから、声が聞こえた。
祝縁の花嫁。
トゥトゥさま。
ウォジェの救い主。
トゥトゥは、見まわした。
みなの視線が、自分に向いている。
声が、やがて大きくなっていった。
トゥトゥ・ウォジェ、トゥトゥ・ウォジェ、という掛け声となり、響いた。
響く声のなかで、トゥトゥは、ディオラを見た。
ディオラは、瞬時、さびしげな顔をしたあと、彼女の目をみて微笑んだ。
トゥトゥは、競技場に座り込む、夫、セイランの方をみた。
彼の表情は、トゥトゥとおなじことを考えていると、伝えていた。
そのことで、トゥトゥは、決めた。
「では、代理の出場者は、トゥトゥさまということで……」
「待ってください!」
トゥトゥが、声をあげていた。
係のものも、ディオラも驚いてその顔を見る。
「騎乗は、二名でも良いんですよね」
「え、あ、はい。ただ、重すぎるので、あまりにも不利かと……」
「代理の出場者は、ディオラ・ウォジェさま。それと介添人、トゥトゥでお願いします」
トゥトゥは一息に言い切り、ディオラの手をつかんだ。
「まいりましょう」
「えっ、いや、わたしは……脚が」
「大丈夫、わたしと、来てください。わたしを、信じて」
ディオラの隣にいた妻ツィランも戸惑い、不安げにトゥトゥを見ている。トゥトゥは目礼し、もういちどディオラの手をひき、立たせた。
だれも止めるものがないまま、トゥトゥとディオラは、控えの黒竜のところへやってきた。係のものとあわせて手を添え、ディオラを竜の背に乗せる。自分もその後ろに、騎乗する。
後ろから伸ばす手で手綱をひき、竜を浮かせる。
所定の再開地点まで、ゆっくりと飛翔する。
「……わたしは、もう、飛べないんだよ」
ディオラはしずかに笑いながら、振り返ってつぶやいた。
「……お
トゥトゥはディオラの横顔に、つよく、しかし穏やかな目をむけた。
「夫、セイランは、あなたに怪我を負わせたことで、自分には騎乗の資格がないと感じ、自分で自分を、堕としました」
「……」
「あなたたち兄弟は、とてもよく似ていらっしゃいます。おそらく、あなたも、同じなのです」
「……なに、が……」
「事故の原因がご自分にもあったと感じておられませんか。そうして、セイランが苦しんでいるのに、自分ひとりが竜使いに戻るわけにはいかないと」
「……」
「だから身体の怪我が
「……そんな、ことは……」
「セイランの、開会式でのことば、聞いていただけましたか」
「ああ」
「夫は、もう、思い出しました。自分が、飛べることを。もう、大丈夫です。ですから……」
トゥトゥは、手綱をディオラの手にわたし、身をゆっくり、後ろにひいた。
「あなたも、思い出してください。飛べることを。空が、ずっとあなたを待っていたことを」
トゥトゥは言いながら、身体をずらし、竜から飛んだ。
ディオラは驚き、手を伸ばしたが、届かない。
祝縁の花嫁は、落下しながら、大きな笑顔をつくり、手を振り、叫んだ。
「さあ、おもいっきり、踊ってください! 竜と、風と……!」
会場から悲鳴があがった。
トゥトゥが、セイランの妻が、堕ちる。
と、一隅から一頭の、黒い竜。
音をこえるほどの速度で地表すれすれを飛翔し、トゥトゥの下にはいった。瞬時上昇し、すぐ下降し、衝撃をやわらげながら、彼女の身を受け止める。
その背のセイランは、笑っていた。
「……やってくれたな」
言われたトゥトゥは、へへ、と鼻を掻いて見せた。
「あなたがそうしろって、言ったんじゃない。目で、さ」
「ああ。おまじない、効くもんだな」
あはは、とふたりは笑い、上昇した黒竜の背で、再開された試合を観戦した。
ディオラは、きわめてゆっくりと飛んだ。そばに付くバヤールが気を揉み、声をかける。が、その声が耳に入らないかのように、竜の背に手を置き、ときおり空を見て、なにかを感じていた。
塡星城の組は、すでに一周回ぶん、差をつけていた。
勝敗はあきらかと思えた。
ディオラが、すう、と息を吸った。
「……はあっ!」
ずん。
空気が、ゆがんだ。
竜がつかんだ大気が、その強烈な重力場の操作に耐えきれず、裂けた。
ディオラの竜は、目で追うことができなかった。
あらゆる障害物を、それがなきがごとくに越えてゆく。
戸惑う塡星城の組の横を通過する際、凄まじい衝撃波を残したため、かれらは慌てて竜にしがみついた。
セイランが英雄であれば、ディオラは、伝説。
かつて、風の竜使いとうたわれ、竜のちからをすべて引き出すことができるといわれた、伝説の騎乗。
会場のぜんいんが、息を吸うことをわすれ、その復活をぼうと眺めた。
必死に追い縋る塡星城の組。
が、ディオラの手は、彼らよりわずかにはやく、虹の珠をつかんだ。
会場から音が消えた。
観衆は、なにもことばを発しない。
しばらくたち、地鳴りがおこった。
会場のすべてのものが立ち上がり、叫び、手をたたいた。
ウォジェと呼ぶ声が、空城の全域に響き渡った。
「……やった」
セイランは上空でこぶしを握り、声をあげた。
「おい、やったぞトゥトゥ、兄が……」
振り返る。
トゥトゥが意識を失っていることに、それではじめて気がついた。
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