第14話 ひかりの柱
その下部、円錐のようなかたちをした巨大な岩のあいだに、いま、七頭の竜が浮かんでいる。
先頭は、トゥトゥ。
彼女は騎乗する若い黒竜のことばに、しばらく耳を傾けていた。
やがて上を見上げ、なにかを確かめ、振り返って頷いた。
少し離れた後方には、セイランとバヤール。それと、
珠技師はそれぞれ、竜使いと二人乗りをしている。
セイランはトゥトゥに向かって手をあげ、了解の意を示した。
「どう思う」
近くに浮いているバヤールに声をかける。
「ううん、わしにはなんとも……おい、どうだ、なにか分かりそうか」
バヤールも、その後ろの珠技師たちに呼びかける。白い装束を着た女性が手元の書付から顔をあげた。
「外観上の異常は認められません。数量も、ここ何年か大きな増減はないようです。黒玻璃城の竜の珠は、何代も前から多めに保有されていることは間違いありませんが……いずれも計算上の許容量におさまるように管理されています」
「竜のちからの、出力と濃度は」
「それも問題ありません。ただ、ご存知のとおり、ここ数年はずっと低下傾向ではあります。ですからなおのこと、竜の珠は多めに蓄積するようにしているのですが」
バヤールはそのことばに頷き、セイランを見る。
セイランもうんと返し、トゥトゥに、いったん戻ろう、と声をかけた。
すべての竜が回頭し、上昇する。
竜舎に戻ってから、トゥトゥはそのまま館の議場へ呼ばれた。彼女にとっては初めての議場である。やや緊張しながら席につく。
さきほどの全員と、新たに何人かの珠技師が座に加わった。
セイランが口火を切る。
「さて、いま初めて参加する珠技師もいるから、改めて簡単に説明しておこう……トゥトゥ、いいかな」
「はい」
トゥトゥは、先週からの経緯をできるだけ丁寧に、ゆっくり説明した。
若い竜たちに運動をさせていた時のことである。
トゥトゥもいつものように竜使いの手伝いで、一頭の竜とともにいた。
みな自由に楽しげに飛翔していたが、トゥトゥは、竜がときおり、ある方向を意識することに気がついた。
特に、空城の下部を飛翔しているときに顕著だった。
どうしたの、と竜に訊くと、おいのりしてるんだ、ということばが返った。
おいのり?
うん、おいのり。ずっとずっとまえに、りゅうだった、ひかり。
ひかりに、おいのりすると、ちから、もらえるんだよ。
いつもいつも、おいのり、してる。
トゥトゥは納得し、頷いた。
竜、とくに幼い竜は、いまだその起源である地上の竜の巣からちからを受け、生きている。給餌だけでやっていけるようになるのは、大人になってからなのだ。
そして上空では、竜の巣のちからが得られない。
そのかわり、空城をささえる竜の珠、つまり太古から最近まで、いのちを終えた竜たちが残したちからの結晶、そこから糧を受けているのである。
トゥトゥたちの頭上には、黒玻璃城の下部、薄く輝く半円状の竜の
空城を浮遊させるちからも、熱もひかりも、ほとんどはこの室から得ていた。
いま竜が意識するのも、その室の方向である。
でも、ね。くるしいって。
くるしい? だれが?
ひかり。
くるしい、って。
ひかり、珠が、苦しいと言っている。
トゥトゥはどういうことかと、意識を集中させた。
珠は、竜そのものではない。生物ですらない。いわばいのちの影のようなものであり、交流ができる相手ではない。
が、トゥトゥがこころを開いているうちに、わずかに、波動のようなものが届いた。巨大で、あたたかく、包まれるような波動。
ただ、そこにたしかに、息苦しさのようなものを感じた。
それ、と……。
その日、館に戻ってからもずっとトゥトゥは考えた。
翌日も、その翌日も。
そうしてやっと、もしかすると、と思いついたのだ。
「……竜の珠が、
トゥトゥが説明を終えると、バヤールが手をあげた。
「でもだからって、珠をぜんぶ解放しちまったら……」
「いえ、全部ではないのです。苦しいと言っているのは、とくに古い、ずっと昔の珠です」
「珠を貯蔵した年次は、管理できているか」
セイランが問うと、珠技師のひとりはもちろんです、と応えた。
「ただ、いちばん古い珠は、年代すら特定できません。おそらく、竜使いが成立する以前、この空城がはじめて浮いたそのとき、自然にとりこまれたものと思われます」
「年代をしぼって解放することも、できるのだな」
「はい、可能は可能かと思いますが……出力に影響がどう出るかは……」
セイランは腕を組んでしばらく考え、トゥトゥの方をみた。
「トゥトゥ。はじめてここに来た時、竜たちに元気がない、草にも花にも、どこか影があると感じた、って言ってたな」
「ええ、みんなよくお世話されて、しあわせなんだけど……」
「その原因が、竜の珠、この黒玻璃城の中核にあるかもしれない、と」
トゥトゥは、うなずいた。
セイランはまたしばらく黙り込み、やがて立った。
「やってみよう。空城にとって竜の珠は、なにより大事なものだ。だから、あればあるだけ良いものと思っていたが、間違っていたのかもしれない。兄上には俺から話しておく。珠技師たち、すまないが、どれだけの量を解放すればどう影響がでるのか、計算をしておいてくれないか」
「承知しました」
技術者とバヤールは話をしながら、立ち去った。
二人だけになった議場で、セイランがトゥトゥの手を握る。
「……もしかしたら、君はこの家の、いや、空城の救い主になるのかもな」
トゥトゥは、なんと返してよいかわからず、へへ、と笑って見せた。
珠技師たちによる計算は当日中には完了し、翌日の夜、竜の珠の解放が行われることとなった。
館の裏手、空城全体のちょうど中央に当たる場所に、巨大な穴がある。穴の底は、いくつかの扉が塞いでいる。それが空城下部の竜の室へつうじており、開けることにより珠が解放されるのである。
空城の自重、地上の建造物の質量、使用するちからの総量、そういったものが計算され、さらに安全をとり、解放される珠は全体の一割ほどと定まった。
ときおり調整のためにごくわずかな量を放出することはあるが、それほど大々的に行われるのははじめてのことである。
細い月が浮かんでいる。
竜使いたち、竜舎のものたち、館の働き手、街のもの。
たくさんのひとびとが、しらせを聞き、館のなかと周りに、待っている。
竜は、暮らし。竜の珠は、街のいのち。
見送ることは、彼らの望みだった。
セイランの合図で扉が開けられる。
しばらくのち、ふわり、と、手のひらにのるほどの小さなひかりが、とんだ。
やがてそれを追うように、いくつかのひかり。
そうして、怒涛のように、光の滝が空におちてゆくように。
あわく、おだやかに輝くひかりの柱が、天に向かって伸びてゆく。
トゥトゥはセイランの横にたち、見上げている。
涙がうかんでいる。
しらず、夫の手を握る。
彼もまた、つよく握り返した。
ひかりの柱は、ひとびとに別れを告げるように、ゆらりと煌めいて、やがて、しずかに消えていった。
黒玻璃城のすべてのひとびとはしばらく、言葉を発することを忘れた。
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