第13話 負けないから
竜舎が近づくと、インファは走りだした。
「おおっ、すごい、でかい!」
興奮しながら十棟の竜舎を順に見てゆく。ときおり戸口から首を突っ込んでいる。そのたび、中の竜が、きゅう、と驚いた声をだしている。
係のものが、あっ、ちょっとと呼び止めようとしたが、後ろにトゥトゥがいるのを認めると、頭をさげて下がった。
トゥトゥは竜たちに、ごめんね急に、でも大丈夫、と声をかけ続けた。
ひととおり見て満足したのか、インファはふんふんと大きな鼻息をだしながらトゥトゥのほうに戻ってきた。
「やっぱ地竜は大きいなあ。でもなんか色も地味だし、どん臭そう。知らないあたしが来たのに騒ぎもしない。おとなしいんだか、気が弱いんだか」
ひどいことをいうものだが、トゥトゥはなぜかインファを憎めない。竜が好きでたまらないという空気を感じるためかもしれない。
「ふふ。みんな、ちょっとびっくりしてましたよ。誰だろう、って。でも大丈夫、わるい人じゃないよってずっと話しかけてましたから」
「……はなし、かけたあ? 竜に?」
インファはやや驚いた顔をして、大笑した。
「それじゃまるで、竜の祝縁じゃないか。あはは。あたしね、実は竜の縁、持ってるんだ。だから少しは竜の気持ちが感じ取れるのさ。あの竜たち、あたしにビビってたんだ、きっと」
と、そのとき。
上空に何頭かの黒い竜があらわれ、竜舎の横の広場にふわりと降り立った。係が走り寄る。最初に降りたのは、セイランだった。黒金の
トゥトゥが手をあげ、呼びかけようとした。
が、先にインファが声をあげた。
「おお! セイランちゃんじゃない! おひさだねえ!」
ぶんぶんと手を振りながら叫ぶ。
セイランちゃん、ということばに、トゥトゥは固まった。
セイランもこちらに気がつき、大層なしかめつらをした。
ちかくの竜使いたちになにか言いつけて、歩いてくる。
「おい。なんであんたがこんなところにいる」
セイランはインファの前にたち、腰に手をあてて睨みつけた。
インファは片眉をあげ、ふん、と息をはいた。
「なによ、ご挨拶ね。
「……それがなんで、うちの竜舎にいるんだよ」
「ああ、めんどくさい段取りはいま、うちのもんがやってるわ。あたしはこのひとに案内してもらってたのよ、いろいろとね」
トゥトゥは、うんうん、と頷くが、セイランには状況がよくわからない。インファにむかって、しっしっというように手を振ってみせる。
「なんだか知らんが、用が済んだなら、帰れ」
「冷たいなあ。あんたのお家きたのはじめてなんだから、ちょっと見て回ったっていいじゃん。あ、冷たいといえばさ、どうして結婚式、呼んでくれなかったの」
「地竜の家の行事は、地竜のつながりでしか呼ばん」
「酷いなあ。あたし、あんたのことちょっといいなって思ってたのに」
インファはわざとらしく上目遣いで、セイランを見上げた。
ひゅう、と自分の喉が音をたてるのを、トゥトゥはたしかに聞いた。
そのことはセイランも同様であった。
「ばっ、なっ」
「あはは。まあ、あたしが好きだったのは竜使いの英雄さんだよ。どんな奥方さまか知らないけど、せいぜい支えてもらって、また飛演祭であたしと上位争いできるようになってよね」
そこでトゥトゥは、やっとくちを挟んだ。
「……あの……おふたりは、どこでお知り合いに……?」
「あ、ああ、こいつ……インファは、星竜の竜捌きでな。何年か、飛演祭で競ってたんだ。俺が優勝したときにこいつが二位とか」
「そんなのずっと前じゃん。最近は入賞もできなかったくせに」
「うるせえ。だいたい星竜のやつらは騎乗が荒いんだよ。露骨に寄せてきたりしやがって」
「うわあ、そうやってうちのせいにするんだ。こりゃ今年もウォジェ家は、杯をあげられそうにないねえ」
腕を組んで勝ち誇ったように見下ろすインファは、だが、急にまじめな顔になってセイランの目を覗き込んだ。
「……ねえ。あんた、ほんとうに今年も、出るの」
「あたりまえじゃねえか」
「……怪我、してからじゃ、遅いんだよ。去年だってあんたは竜に乗せられてた。あんな騎乗じゃ、いつか取り返しがつかないことが起こる」
「……」
「悪いことは言わない。お兄さんのように、ならないうちに……」
「だっ、大丈夫です!」
とつぜんトゥトゥが大きな声をあげたので、ふたりとも驚いてその顔を見た。
「最近、このひとの騎乗はすっごくきれいなんです。竜と空気と、ひとつになって飛んでいるんです。竜もよく笑うようになりました。最初はとても怖い騎乗っておもったけど、もう、このひとは、大丈夫です!」
インファはトゥトゥの顔をまじまじとみて、ぷっと吹き出した。
「なんで使用人のあんたがそんなこと分かるのさ」
「……は? 使用人?」
セイランはふたりの顔をしばらく見比べていたが、トゥトゥの前掛けの泥と汚れた手に気がつき、ははっと笑い声をたてた。
「ああ、そういうことか。また畑にいたんだな」
「ん? なに?」
インファが不思議そうな顔をする。
セイランは、笑いながらトゥトゥの肩に手をかけた。引き寄せる。トゥトゥは、きゃっと小さな声をだした。翠の髪を抱きながら、セイランは誇らしげに胸を張った。
「紹介する。俺の妻、トゥトゥ・ウォジェだ」
「……は? えっ?」
インファは目を見開き、しばらくふたりの顔を交互に見ていた。しろい頬がゆっくりと紅潮してくる。ぽかんとした表情で、トゥトゥを指差す。
「え、じゃあ、あんたが、あの、祝縁の花嫁……?」
「え、ええ、まあ……」
やがて、インファはわなわなと震え出した。どうしたことか、うっすら涙すら浮かべている。きっ、とトゥトゥを睨み、ついでセイランを睨む。
「ば、ばかにしてんの?」
「えっ」
「あたしの竜の縁、ちからが弱いことわかってて、偉そうに竜のことしゃべってるって、笑ってたんでしょ!」
「そ、そんな……」
「それに、それに……セイランも……もう、いい!」
インファは胸元からちいさな笛のようなものを取り出し、吹いた。無音であった。しかしトゥトゥは、わっ、と声をだして、耳を抑えた。セイランはなにも感じない。
と、わずかな間をおいて、上空から空気を切るような音が聞こえた。
紫の竜が一頭、竜舎の向こうからぶわりと現れた。
「ラオ・ル・フォンス! こい!」
竜はくるりと旋回したあと、インファの横に着陸した。砂埃が舞い上がる。
インファはすとんとその背に乗り、トゥトゥたちを指差した。
「負けないから! 祝縁のちからなんてなくても、星竜は最高の竜だから! あたしだって最高の竜使いだから! ぜったい、ぜったい、あんたたちになんて、負けない!」
言い捨てて、手綱を引き、急上昇した。すぐに姿は点となる。
「……なに、怒ってるんだ、あいつ……」
セイランは上空をみあげて呆然としている。
トゥトゥも同様にしていたが、あ、といい、セイランの袖を引く。
「ところであのひと、セイランちゃん、って呼んでたけど」
「呼ばれてない」
「セイラン、ちゃん、って、呼んでた、けど」
「……呼ばれた、かな」
「親しかったのね」
「いや」
セイランは夕刻から夜にかけてトゥトゥの部屋で被告として過ごすこととなった。
判事は、ナルンだった。
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