第5話・留年
「……そろそろ終わったかな」
放課後の空き教室。
何時もと違うのは白子がいないこと。
彼女は今卒業を掛けた勝負をしていた。
「問題に善意しか感じないからいけそうではあるが」
彼の正面には先生から受け取ったテストがある。
内容としては相当レベルが低い。
今の彼には白子でも充分解ける確信があった。
「里見君!!」
「お、どうだった結果!」
「駄目だったわ!」
「即落ち2コマ漫画止めろ!!」
「だって駄目だったんだから仕方ないじゃん。ほらっ、前を向きなさい」
「何で僕の方が励まされてるのかなー?」
「私の前向きさに救われたわね」
「とてもじゃないけど留年が決まった人の台詞とは思えないんだけど。というか何点だったの?」
「聞いて驚きなさい」
「負けが決まったことを先に知らされたし、もう驚かないよ」
「国語は何と24点!」
「おぉ、やるじゃん!! 自己ベストだ!」
「現代文・古文・漢文共に8点だったわ。先生も驚愕のあまり立ち尽くしてたわ」
「これだけ教えて24点止まりなことにビビったのか、それとも思いの外高得点だったのかは不明だけどね」
「そして数学!」
「これはイケるでしょ。問1は何度も反復練習してたところだし、白子さんも正解してたもの」
「2点」
「はぁ!? 何でぇ!?」
「回答欄がずれてたという痛恨のミス。これだから本番は恐ろしいわ」
「ここまで他人事のように語れる白子さんの方が僕は恐ろしいよ!」
「これも弘法も筆の誤りという奴かしら」
「どこまで自分のことを過大評価してるんだか……。で、英語は」
「85点」
「は? 今なんて?」
「だから85点」
「HAHAHA、白子さん。嘘は良くないよ」
「嘘じゃないわ。本当よ」
白子が答案を表に出す。
そこには確かに85点の文字に加え、『
「白子さん、カンニングは良くないと思うな」
「マンツーマンの試験で不正が出来るわけないでしょう!! もう少し頭を働かせなさいな!」
「もしかして先生を買収したとか?」
「今からその先生にチクりに行ってもいいのよ」
「ごめんごめん、疑いすぎた。それにしたって昨日まで悲惨な状態だったのにどうやったの?」
「君が考えてくれた反省文のおかげよ」
「反省文?」
あまり理解出来ずに彼女の答案をよく見る。
自由英作文の部分が昨日里見が考案した反省文が完璧に書かれていた。
「その問題だけで50点も貰えたわ」
「マジで!? 残りの35点は?」
「勘と神頼みが噛み合った結果よ。あとで神社にお礼を言いに行かなくちゃ」
「神様もこんなところに貴重な神力を使わなくても良いのになぁ」
「100万くらいお賽銭しておけばよいかしら」
「お金よりも誠心誠意感謝しといた方が良いかもね」
「? お金以外に誠意の形ってあるわけ?」
「急に悪徳金貸しみたいなこと言うね!」
「少なくとも心なんていう揺らぎやすいものよりも信用出来ると思うわ」
「それはあんまり人前で言わない方が良いよ。周りに人居なくなっちゃうよ?」
「もう居ないのだけれ、ど!」
「そういえば手遅れだったね。ごめん、これは僕が悪いや」
「あらたまって謝られると余計に気にするから止めて」
「はぁ、でもこれで留年確定なのは何ていうか……残念だね」
「いんや。回答欄がずれているのはおまけして貰ったわ。ずれてなければ35点だったもの」
「は?」
突然の衝撃発言に固まってしまう里見。
ぽかんと開いた口はしばらく塞がらなかった。
「え、あ? だって留年したって?」
「私は『駄目だった』と言っただけで、留年したとは一言も告げてないわよ」
「何それ!? 勘違いするに決まってるじゃんこの馬鹿! おめでとう! アホ!」
「文句の中にさらりとお祝いの言葉を述べないで頂戴な」
「でも本当に良かったね! これで勉強生活から解放されるんじゃない?」
「いいやまだよ!」
仁王立ちで高らかに白子が叫ぶ。
「私の勉強は終わらないわ!」
「え、何故に?」
「ふっふっふ。私は君と同じ大学に行くことに決めたの!」
「まあ決めるだけなら自由だからね。良いんじゃない」
「何よその適当な回答は!? 馬鹿にしてるの!」
「思いっきり馬鹿にしてるけど。白子さんがそんなこと言ったら、大学の品位が落ちるから止めて欲しいとまで思ったよ」
「辛辣っ!? 勝手に私を自分色に染めておいてその言い草は酷いじゃない」
「白子さんのその例えもかなりアウトだってこと自覚してね」
「もう!! 茶化さないで!」
白子が今日一番の大声で叫ぶ。
何故だか彼女の耳はすっかり真っ赤になっていた。
「勉強は出来ても人の気持ちは分からないのね、君は」
「はい? 何のことです?」
「分からないなら良いわよ」
「でも、白子さんが今から勉強したところであの大学に合格するのは無理だと思うよ」
「ふふふっ私の力を忘れたのかしら!」
「まさか?」
「そのまさかよ。金に物を言わせて裏口入学してくれるわ!」
「最初から卑怯な手を使うのはどうかと思うよ!」
「私が私の持てる力を使って何が悪い! 私は大学に入学して作るのよ」
「な、何を?」
「勉強しなくとも良い世界をよ!」
白子がきっぱりと言い放つ。
その瞳には濁りなどなく非常に澄んでいた。
「さあ勉強するわよ。私にズルい手を使わせたくなかったら勉強を教えなさいな」
「はいはいっと」
定位置に着く白子と同じく里見もまた自分の席に着いた。
「じゃあ、合格したら今回の報酬に加えてプラス100万払ってね」
「その言葉で色々と台無しよ。ばーか」
白子の大学受験まで残り108日。
今日もまた再び、二人だけの勉強会が始まった。
億り人の白子さん。留年まであと4日 エプソン @AiLice
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