第4話・I don't speak English

「英語なんて要らない」


「これまた随分と直球で来たね」


「だって本当のことだもの」


 ぷいっと里見自作の英語テキストから目を背ける白子。


「ここは日本よ。どうして今後使うかどうかも分からない異次元の言語を学ばないといけないのよ!!」


「今日はやたらと拒否反応が凄いなぁ」


「私が英語を拒絶している訳じゃないの!! 英語が私を遠ざけているのよ!」


「そんなこと言っても何も始まらないよ?」


「くっ、何故君には伝わらないの!? 英語の意味不明さが」


「ようやく本音が出たね。素直に分からないって最初から言えばいいのに」


「だってそんなの恥ずかしいじゃない?」


「何を今更。こんな簡単な問いも25連続ペケは人前歩けないレベルだよ」


「君の問題作り方が下手なのではなくて?」


「言うねー。勉強時間追加で」


「横暴よ! 邪智暴虐!」


「何と言われようが取り消さないよ。そもそも勉強時間が圧倒的に足りてないんだから」


「変態! ロリコン! スケベ!」


「その罵倒は違うでしょうが!」


 ぶつぶつ文句を言いながらも、白子はどうにかテキストの方に向いた。


「大体こんな勉強で英語が身に付くわけないでしょう」


「何処を重視するかじゃない? 読めるようにはなるのは大きいよ」


「例えば? あ、エッチなインターネットサイトを見れるとかは無しね」


「うっ!?」


「あーあ、図星だったみたいね。恥ずかしい」


「そ、そ、そんなこと思ってないよ。ほ、ほら。インディーズゲームとか英語マニュアルしかないことも多いしさ」


「ふぅん。ま、里見君がむっつりスケベだろうと私には関係ないことだけど」


「男はみんなスケベだから恥ずかしくないし!」


「その反論はどうなのよ……。でも、喋れるようにならないのはやっぱり大きくないかしら。言語は他人とコミュニケーションを取りたいから学ぶのでしょう」


「授業でも少しは喋れるようになるでしょ」


「話してみてよ」


「急に言われると難しいんだけどっ」


「早く早く。レッツスピークイングリッシュ!」


 にやにやと笑みを浮かべる白子。

 そんな彼女から僅かに視線を外し、里見は気まずそうに頬をかいた。


How are you元気ですか?」


「え、何? 私に何か聞いてる?」


「元気ですかって聞いてる」


「元気よ!!」


「英語で答えてよ……」


「そんなの分かるわけないじゃない!」


「中一レベルだけど!」


「ふむふむ、里見君は中学生レベルの英語しか話せないと」


「白子さんは小学生以下だということが分かったね」


「そんな英語力で私に英語を教えようなんて随分とおこがましいのではなくて?」


「白子さんほどじゃないよ」


「しかし困ったわ。これじゃあ10点を取るなんて夢のまた夢ね」


「僕もそう思えてきたよ。英語は本当に鉛筆転がした方が良いかもね。英語の先生は優しいから、選択肢問題を多くしてくれてるだろうし」


「戦う前から諦めるなんて愚か者のやることよ、里見君」


「ミジンコが戦場に立ったところで一瞬で消滅するのが落ちなんだよ、白子さん」


「私をミジンコに例えるなんて流石に失礼じゃない?」


「ごめん。ミジンコが可哀想だね」


「そっちじゃない!! こうなったら何が何でも君の鼻を明かしてみせるわ!」


 怒りのボルテージが溜まった少女が怒涛の勢いでテキストを開く。

 が、数秒経ったところで彼女は本に突っ伏してしまった。


「むぅーりぃー。日本語じゃないー」


「そりゃ英語だからね」


「お願いサトみもん。英語が分かるようになる道具を出して」


「あったら僕が使ってるよ。しらたくんは駄目だなぁ」


「実際問題どうやって10点なんて高得点取るの? テストは明日よ」


 机に突っ伏した白子がジト目で見てくる。


「英語だけは2人して土下座が有力候補か」


「英語で謝ったらプラス5点くらい貰えないかしら」


「案外いけるかもね。先生も卒業はさせたいだろうしね」


「そうなの?」


「留年は高校のイメージも下がる可能性があるからね。普通に授業聞いてて卒業出来ないのは教師の質も問われる訳だし」


「ふむふむ、私の学力は教師の無能さが問題と里見君は言うのね」


「そこまで言ってないよ! ま、結局のところズルしてるわけじゃないんだから、テストが駄目でも課題でいけるかもね」


「課題かぁ」


「でも、テストの点に応じた量は出るだろうね」


「0点だと里見君がくたばってしまうわね。頑張れ私」


「何で僕が処理することになってるの!?」


「グッドラック!」


「だからお前が頑張るんだよ!」


「HAHAHA!」


「とぼけた顔するんじゃない!」


「ジャパニーズボーイは冗談も通じないアルね」


「エセアメリカ人なのかエセ中国人なのかはっきりしなさいな!」


「私は日本人よ」


「いや知ってるよ。あぁ、現実逃避する前に発音だけでも対策しようか」


You Loseお前の負け!!」


「うるさいよ! 何でそこだけ良い声なんだよ。いい加減怒るよ!」


「ずっと怒ってるじゃない」


 言いながら白子がようやく背筋を伸ばす。


「でも、ここまでどうしようも無いと戦いようが無いじゃない。私だって辛いの」


「仕方ない。いざというときのために謝罪のための英作文作っておこうか」


「頑張れ里見君。君がナンバーワンだ」


fu〇k you!くたばれ


 こうして、まともな謝罪文を作るだけでテスト前の最後の1日が消え失せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る