死後の世界で何思う?
@omaehurenzu
第1話
目が覚めるとそこは見知らぬ霧がかった場所だった。
此処は何処だ?此処へ来るまでの記憶がない。
足元には丸石が転がっており、所々には丸石が何段にも積まれていた。
此処はとても静かだ、自分が発した音しか聞こえなく、その事がこの場には誰も居ないことを認識させられる。
それに加えてこの視界の悪さ、霧が濃く自分のすぐ側しか上手く見ることができない。
試しに腕を伸ばしてみると、肘から先は霧に包まれていた。
「……ここは何処だ?」
僕はあまりの不可解の現象に思わず声を漏らした。
昨日まで僕は、、、何をしてたんだっけ?
思い出そうとしても周りの霧のように記憶が霞んでいく。
自分が何者か分からない、自分が何処に居るかも分からない。
何も分からない状態に、自分はパニック状態に陥っていた。
「だ、誰かいますか〜!」
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自分の危機的状況を理解し慌てて声を出したが、返事は返ってこなかった。
何となく人がいない事は分かっていたが、いざそれを認識してしまうと恐怖心に押しつぶされそうになる。
1人がこんなにも辛いとは。この不安感をかき消す為に、今は他の人を探し求めて歩き始める。
………?
歩き始めて一時間程だろうか?
霧の向こう側に人影が見えた。
一歩、また一歩と近づく度に影は大きく鮮明になる。
やっと自分以外のひとに会えたのだ。やっと……。
濃い霧の中から姿を現したのは、黒を基調とした腰まで浸かる長い髪を纏ったとても綺麗な女性。
黒のレースワンピースを着用しており、どこか妖艶さを感じる。
あれだけ濃い霧が何故かここだけ薄くなっていた。
「おっ、久々に若いお客様がきたね。」
「あの、あなたは一体…?」
「私かい?私はこの賽の河川の管理をしているしがない死神さ。」
「……え?」
____死神と言う言葉に何故か聞き覚えがある。
どうやら、分からないのは自分に関する事だけで、言葉などの記憶は残っているみたいだ。
思い浮かべた言語からそれがどのような物なのかも想像することが出来る。
(死神)について考え、イメージとして思い浮かぶ姿は、全身皮膚のない骸骨姿で身の丈を超える大きな鎌を持っている恐ろしい存在。
そんなイメージが自分の中で定着しているが……。
お姉さんは骸骨でもなければ、身の丈を超える鎌も持っていない。
人どころか虫一匹殺せそうにない華奢な体つきをしたお姉さんを、とても死神とは信じる事はできないだろう。
「……本当にあの死神なんですか?死神って、こう骸骨みたいな見た目をしているイメージが強いんですけど。」
自分の問いを聞くとお姉さんは、力なくため息を吐いた。
恐らくお姉さんの気に触ることを言ってしまったのだろう。
「はぁ〜、君もそうやって私の事を死神っぽくないって言うんだね?人間は皆んなそう、なんで死神イコール骸骨ってイメージが定着してんのさ。」
お姉さんはいじけて口を尖せた。
どうやら自分以外にも死神っぽくないと言われた事があるらしい。
「…なんかすみません。でもお姉さんが死神だと分かる証拠も無いじゃないですか。」
「証拠かぁ…、死神の鎌を出せば信じてくれるかい?」
「え、出せるんですか?」
「ん?出せるぞ、ほれ。」
ボンッ……。
お姉さんが手を伸ばした先に煙が舞う。
煙が辺りに散り始め中から姿を現したのは、お姉さんの身長をも超える大きな鎌だった。
お姉さんは鎌を前に突き出した後、軽々と肩に担ぐ。
華奢な体からは想像もつかない力に驚き思わず後退りしてしまう。
「ま、まさか本当に死神なんですか?」
「何だ、鎌を出すだけで信じてくれるのか?」
「普通の人間は鎌をいきなり出すなんて事できませんよ。」
「それもそうだな。」
あの人間の命を奪う死神が目の前にいる。
この霧だらけの世界が死後の世界だと気付くのにそう時間はかからなかった。
なら、死神の後ろにある、果ての見えない広大の川はおそらく三途の川なのだろう。
川の向こう岸を見ようとするが、霧が邪魔して見る事が出来ない。
岸には4〜5人ほど乗れる小さな木製の船がポツンと浮かべられており、流されない様に木の杭にロープで繋がれている。
___あぁ、辺りを見渡して実感してしまう。
「自分は死んだんですね…。」
「ん?いやまだ死んで無いよ。」
「え…?」
「恐らく昏睡状態って所だろ。よかったな、また生きて現世に戻れるかもしれないぞ。」
「自分はまだ生きているんですか!?」
「うん。」
自分の想像と違った返事を返され呆気に取られてしまう。
自分はまだ死んで無い、その事を知ったら普通の人は喜ぶのかも知れない。
だが、自分はそこまで嬉しいとは思はなかった、なにせ生きていた時の記憶が無いから、家族や友人にまた会えるかもしれないといった期待感などが全くないのである。
生きて帰れたら記憶は戻るのだろうか……。
そんな事を考えてると、死神は小首を傾げた。
「……なんか、せっかく生きていると分かったのにあまり嬉しそうじゃないな。」
「……。」
喜ぶ素振りを見せない自分を見て疑問に思ったらしい。
そう言えばまだお姉さんには自分に記憶がないことを言ってなかった。
自分に記憶がない事を言った方がいいのだろうか?
別に隠しているつもりは無いのだが、何故か後ろめたさがある。
___いや、違う記憶がない事を知られるのが怖いのだ。
記憶のない自分が捨てられるかもしれないと言う恐怖。
厄介ごとは引き受けたくないと思われるのが怖い。
言うのが、怖い。
だが時間が経つにつれて困るのは自分だ。
自分の中で言う事を決心し、重く閉ざされた口を開く。
「あの……実は、記憶がないんです。」
お姉さんは少し驚いたような素振りを見せたがすぐに落ち着きを取り戻した。
「……お前さん、記憶はどのくらい残っている。」
「自分に関することは全部……。」
そう伝えるとお姉さんは「はぁ、」と深いため息をついた。
___やはり面倒くさいと思っているのだろうか。
見放されるかもしれないと言う不安感が徐々に募る。
段々顔から血の気が引いていくのをお姉さんは悟ったのだろう。
俯いている自分に近づくと、頭をわしゃわしゃと撫でてきた。
恐る恐る顔をあげるとお姉さんの穏やかな笑みが視界に映った。
「安心しなよ、記憶が無くしたお前さんを見捨てたりはしないからさ。」
「あ…うぁ。」
見捨てないと言われ言葉が詰まってしまう。
頬を伝う温かいものを手で拭う。
水?初めての感触に若干戸惑ってしまう。
あぁ、そうか……これが涙か。
「おいおい、泣くんじゃないよ。」
お姉さんは手を伸ばすとボンッと共に煙が舞う。
煙が辺りに散り中から出てきたのはハンカチだった。
白のレースのハンカチ。
そのハンカチで涙を優しく拭ってくれた。
「すみません……。」
「別に謝んなくてもいいよ。そういった時は、ありがとうって言えばいいんだよ。」
「ありがとう。」
今までで一番の笑みで答える。
「___そう言えばまだ私の名前を名乗っていなかったな。」
「そ、そういえば!」
お姉さんに出会ってから結構経つが、今だに名前を聞いていなかった。
名前なんて気にならなくなる程の現象の様々。
思えば落ち着く暇なんて無かったな。
「私の名前はサリエルってんだ。よろしくな。」
サリエルは手を自分に向けて突き出す。
自分も手を出しサリエルの手に重ね握手を交わした。
「自分は……」
「名前は思い出してからでいいよ。」
「___分かった。」
「だけど名前がないって言うのも不便だよな……。」
サリエルは顎に手を持っていき深々と悩んでいる。
どうやら自分の名前を考えてくれているらしい。
「う〜ん」と可愛らしい呻き声を出し始める。
腕を組み顔を上に向ける。
その悩んでいる姿を見ていると、「あっ!」と声を張り上げ勢いよく元の姿勢に戻る。
「よし!お前の名前はアスクレイだ!」
「アスクレイ?」
聞き馴染みのない名前に思わず首を傾げる。
「なんだ?気に入らなかったのか?」
「いや、なんか珍しい名前だなって……。」
「珍しいのか?別に普通だと思うけど。」
どうやら死神にとってはこれが普通の名前らしい。
「それじゃあ、名前も決まったしこれからについての話をしよう。」
「これからの話ですか?」
「あぁ、お前さんはまだ死んでないから成仏する事が出来ない。そうなると現実のアスクレイが死ぬまで、この賽の河川を彷徨う事になるが……。そんなの嫌だろう?」
___賽の河川
此処を1時間ほど彷徨い続けたが気が狂いそうになった。
辺りには霧と丸石しかなく何故か分からないが、丸石が積まれている所多々あった。
自分もそれを真似て積み上げてみたが、これが意外と難しい。石の表面がツルツルしすぎて上手く乗せる事が出来なく、頑張っても3段まで積み上げるのが限界だった。
どうやって積み上げているのか観察してみたが、どうやら石の表面を削って平らな面を作っていた。
そこまでして丸石を積むあげたいか?と思ったが此処で出来ることがそれ位しか無いのだろう。
そんな恐ろしい場所を、現実の自分が死ぬか目覚めるまで彷徨い続ける?冗談じゃない。
「嫌です!ぜっったい嫌です!」
余りの自分の気迫にサリエルは苦笑いをする。
気弱そう、いや実際に気弱のだがそんな奴がいきなり大声を出したらそりゃ笑いたくもなる。
それにしても自分の喉は本当に弱いらしく、少し声を出しただけで喉が痛くなってしまった。
恐らく生前そんな喋ったりしてなかったのだろう。
はぁ、何だか自分自身が情けなくなる。
「まぁ、そうだよな。だからアスクレイには私の仕事の手伝いをしてもらう。」
「サリエルの仕事を?」
サリエルは死神だ、死神の仕事と言ったら人間の命を奪ったりするのだろう。
そんな人の命をかる仕事なんて、手伝える訳がない。
だけどもし此処で仕事を断ったら…。自分は賽の河川という所で彷徨う事になるのか?
だんだん俯きになる自分を見て〇〇さんも何となく、自分の考えてる事が分かったのだろう。
「あ〜もしかして人の命を直接狩る仕事だと思ってる?」
「え、違うんですか?」
「もちろんそういった仕事もあるが、お前さんは嫌だろう?だからお前さんには舟の船頭
をしてもらう。」
「船頭ですか?」
此処での船がらみの仕事…、それは恐らく三途の川の渡ぶねの事だろう。
死者を黄泉の国に送る仕事。結局、人を死に誘っている気がするが、あまり文句は言えない。
まだ直接命を奪わないだけでもマシだろう。
「そうだ、最近舟を漕ぐのがキツくなってきてな。ちょうど手伝ってくれる人を探していたんだよ。」
「自分、船の漕ぎ方なんて分かりませんよ。」
「ま〜何とかなるだろ。川の波が大体の道すぎを補正してくれるからお前さんはそれに沿って舟を進めればいい。」
「そんな大雑把で大丈夫ですかね?」
「私も舟に乗っているし大丈夫だろ。とにかく次に死人がきたら君も舟に乗ってもらうから。」
こうしてほぼ強制で仕事を引き受ける形になり思わずため息が溢れる。
それを見たサリエルが文句でもあるのかとジト目で見つめてくる。
ただ、記憶をない自分の面倒を見てくれる事には感謝しかない。この恩を全力で返していきたいと思う。
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〇〇の仕事の手伝いをする事が決まり死者が来るまで他愛のない話をしながら待っていると、霧の向こうから人影が見えた。
急な事に驚き後ろに下がったが、サリエルはそんな自分の背中を押して前に押し出した。
「ほら、初仕事だぞ、シャッキとしろ。」
「は、はい〜!」
緊張のあまり声が裏返ってしまった。
耳まで真っ赤になる自分を見て、ケラケラと笑うサリエル。
そんな事をしているうちに、人影はくっきりとしだし、やがて姿を現した。
白い死装束を身に纏った白髪でおでこが広いお爺さん、顔の皮膚は垂れ下がりそれ相応の年を感じさせた。
お爺さんもこちらの存在には気づいているようで、覚束無い足取りでこちらに向かってくる。
「おぉ、ようやく人に出会えたわい。」
声は低く嗄れ声。かなり使い古された声なのがすぐ分かる。
「いやぁ、此処までお疲れ様でした。ささ、あそこの舟に乗ってゆっくり休んでください。」
サリエルが三途の川に浮かべられた小さな舟を指をさす。
お爺さんも自分の今の状態が分かっているかの様な振る舞いで、「どうも」と一言だけ言ってあっさりと舟に向かって行く。
自分が既に死んでるのは分かっているのだろう。
「ほらボサっとしてないで爺さんの舟に乗る手伝いでもしてやんな。」
「いたっ!」
サリエルに頭を小突かれてハッと我に戻る。
「ほら、行ってきな。」
いじけた視線を一眼向けた後、ヒリヒリする頭を押さえながら急いでお爺さんの元へと向かう。
舟の目の前に着き、自分が先に舟に乗り後から乗るお爺さんの手を引き舟へと乗せた。
舟は木製で出来ており、前後どちらもが丸みを帯びていて長細い形をしている。
舟には等間隔で、2枚の板が端から端まで付けたれているのでそこを座席とする事ができる。
1枚の板に2人程が座れる幅になっており、計4人が座る事ができる。
「よっと。」
サリエルも自分達の後に続き舟へと颯爽と乗り込む。
「さて、お爺さん六文銭はお持ちかな?」
「ん?あぁ〜、六文銭ね持っとるよ。」
お爺さんは服の中に手を入れると、胸元から六文銭の入った小袋を取り出した。
それをサリエルに手渡すと、サリエルは満足気な顔をした。
「さ、アスクレイ出航だ!」
「分かった。」
サリエルは舟の先頭に移動し、自分は覚束無い手元で舟を漕ぎ始める。
てっきり舟の操縦はカヌーの様なオールで、両サイドの水をかいて進んでいくのかと思ったらそうではなかった。
船尾に取り付けられている長い棒(櫓)と言う物を使って進んで行くらしい。
櫓というのは、櫓腕と櫓足の2つから出来ており、櫓腕を左右に少し捻ると繋がっている櫓足も稼働して推進力を生み出す仕組みになっていて、未経験の自分でも左右を捻るだけなので簡単に前に進む事ができた。
段々舟も勢いがつき始め陸からどんどんかけ離れて行く。お爺さんはどこか寂しそうな目で陸を見つめていた。
家族や友人全ての人との別れ、それはきっととても寂しい事なんだと思う。
「……ワシは死んだんだな。」
「……あぁ、死んだよ。」
サリエルに「死んだ」と言われ踏ん切りでもついたのだろうか?お爺さんは少し考えた後、険しい顔から爽やかな顔へと変わった。
「そうだよな、ワシは死んだんだよな…。」
悩ましい顔は消え去り、ケラケラと笑い出した。
ガニ股に開いた足をバシバシと叩き、とても気分が舞い上がっている。
「それにしても黄泉の国に天女の様な美女がおるとは、死後の世界も悪いもんじゃないな。」
「お、嬉しい事言ってくれるねぇ〜、でも私は天女じゃなくて死神だよ。」
「ほぉ〜、お姉さんは死神なのかい?がまさかこんな美女が死神だと誰も思うまいて。てっきり死神の見た目は骸骨のような見た目だと思っていたよ。」
全く持ってその通りである、何故死神が骸骨姿として言い伝えられたのか不思議である。
死を最も感じられる存在が骸骨だからか。その理由は分からない。
「死んできた奴はみんなそう言うんだ。でも骸骨との船旅より美女との船旅の方が嬉しいだろ?」
「間違いない。」
お爺さんは腕を組み高々と首を縦に振る。
いくら歳をとっても男には変わりないって事か。
「爺さんの名前はなんて言うんだい?」
「わしの名前か?わしの名前は、山本次郎ってんだ。」
「次郎さんね。」
山本次郎……。自分の聞き馴染みのある名前だった。
そうだよ、本来名前って斎藤とか山本とかが普通だ。
それに対して、自分の名前はアスクレイ。
名前を貰っといて文句を言うのはどうなのかと思うが、やはり変である。
「はて、お嬢さん方の名前はなんて言うんだい?」
「私の名前はサリエルってんだ。それであっちの舟漕ぎしている奴が……。」
「……アスクレイです。」
名前をいうことに羞恥心を抱いてしまい、後半になるにつれ声が細くなる。
「アスクレイにサリエル……死神はずいぶん変わった名前をしているんじゃの。」
「そうかい?私はそんなこと思わないんだけど……。なぁ、アスクレイ。」
「ど、どうかな。」
自分に話を振るのかよ。
それにサリエルには一回変わった名前だと伝えたはずだけど。
思わず苦笑いで答えてしまう。
「それで、船を漕いでいるのは死神さんの弟なのか?」
「いや、こいつは記憶をなくした上に成仏できない哀れな魂さ。ほら、顔も私と違ってパッとしない顔つきだろ。」
そう言われ自分の顔を思い浮かべるが……。
あれ?自分の顔ってどんな顔だっけ。
慌てて舟から身を乗り出し、川に自分の顔を写す。波はそこまで起きてないので水面には綺麗に顔が浮かび上がった。
目を凝らして自分の顔を見ると本当にパッとしないどこにでもいる様な青年がそこに写し出された。
「おいおい、自分の顔すら分かってなかったのかよ。てか今の今まで気にならなかったのかよ。」
サリエルは自分の慌てようがツボに入ったようで、隠れるようにクスクスと笑った。
お爺さんは哀れみの目で見つめてきたが、今の自分にはそれが一番精神に効く。
「可哀想に…本当に何か思い出せる事はないのか?」
「……はい、自分に関する事で分かる事は何も。」
「そうか…そう言えばテレビで記憶喪失の人が取り上げられていたが、その人は思い出の場所とかを巡っていたのぉ。」
「爺さん、此処はあの世だからコイツの思い出の場所なんてないよ。」
「そうじゃった。すまんの、歳をとると考える事ができなくなる。」
「いや、こうやってアドバイスをくれるだけでも嬉しいです。」
きっと何かしらのキッカケがないときっと記憶を取り戻すことはで気ないだろう。でも死後の世界に自分の記憶の片鱗に触れられる要因はない。
自分はこれから先記憶を取り戻せるのだろうか。
そんな事を考えている内に陸が見えてきた。
賽の河川を離れてから5分も経ってない。
余りの速さに驚いてしまう。
「お、見えてきたね。」
「三途の川も案外短いんじゃの。」
「……三途の川は生前の行いで長さが決まるんだ。良い奴は短く、悪い奴は長くなる。爺さんは短いからきっと天国行きだよ。」
「そうかい、そりゃよかった……。」
岸に着くと、サリエルが地面に突き刺さっている杭にロープと船を繋ぐ。
波は穏やかだから安全に舟から降りることができる。
サリエルは先に舟から降りて後から、自分がお爺さんの降りる手伝いをする。
陸に降りるとあたりの霧が晴れ、視界には赤い彼岸花が辺りに咲き誇る、なんとも綺麗な風景が映った。
此処から大体500メートル程先だろうか。
彼岸花で形成された地平線の先には大きな宮殿の様な物がある。
宮殿の城壁はどこまでも続いており終わりが見えない。
「……爺さんはもう未練はないかい?」
お爺さんは少し間を空ける。今までの人生を振り返っているのだろうか。
「…いや、未練だらけじゃよ。いざ死ぬとやっとけば良かった事が次から次に出てくる。」
「そうかい…。まぁ人間何かしらの未練は必ず残している。そう気に病む必要はないよ。」
「はは、そうだな。」
未練か、自分には縁のない話を聞く。
自分も記憶を取り戻したら未練の一つや二つできるだろうか。
「あそこにある宮殿が閻魔様の御座す場所だ。私たちは此処までだから後は頑張ってくれ。」
「あぁ、此処までありがとうなぁ。アスクレイ記憶を取り戻せる事を願っておるぞ。」
「はい!ありがとうございます。」
「それじゃあの。」
自分から背を向けて宮殿に向けて歩いていく。
段々小さくなっていく背を見てなんだか悲しくなってくる。
「ほら、向こう岸に戻るぞ。」
お爺さんの姿を最後まで見送りサリエルと共に向こう岸まで戻っていく。
人との永遠の別れがまさかこんなにも悲しいものとは。
少しの間しか関わってないのに……。
これがもし家族とかの関わりだったらどれ程の悲しみを味わう事になるのだろう。
改めて自分の記憶の重要性を知った。
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時は流れて、2年、自分は変わらず船頭として働いている。
あの世では年を取らないらしく自分の見た目は全くと言って良いほど変わらなかった。
あと、現実での自分はまだ死んでないらしい。
あれから色々な死者をサリエルと共に運んだ。
寿命を全うする事のできた老婆。
交通事故にあった男性。
山に遭難した登山グループの人達。
一番大変だったのは、凶悪犯罪を犯して死刑になった男性だ。
舟に乗るのを拒んでいたが、見かねたサリエルが男の後ろ襟を掴み、引きずる形で無理やり乗船させた。
無理やり乗船させたは良いものの、当然と言うべきか男は舟の上で暴れ始めた。
矛先がこちらに向き、自分に向けて拳を振り翳した瞬間、サリエルが男を川へと突き落としたのだ。
男は水の中で溺れないように必死に足掻いていたが、呆気なく川の中へと引き摺り込まれてしまった。
サリエル曰く。
「水には邪気を祓い取り込む力があるんだよ、あの男は邪気そのものだから水に取り込まれたってわけ。」 と語っていた。
この日からサリエルには逆らわないと自分の中で誓った。
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さて、今日のお客さんがきたようだ。
霧の中から人影が現れる。
霧の中から姿を現したのは、若い男性だった。
二年間も同じ仕事をしていれば流石に慣れてくる。
サリエルは舟の前で待機している。
「此処までお疲れ様です。お客様にはこれから三途の川を渡ってもらいますので準備ができましたら、声をおかけください。」
六文銭を貰っているから一応相手の事をお客様と呼んでいる。
六文銭は死神界の娯楽品に使えるらしい。サリエルの場合は殆どが酒代に消える。
お客さんの顔をふと見ると、とても驚いた様な顔で自分を見つめていた。
まぁ、当然だろう。
自分が死んだことをあっさり受け入れられる奴は少ない。
死を受け入れるまで待つかと思っていたが、青年の発した言葉でそれはただの杞憂だったと知る。
「おい、お前ゆうきだろ?」
ゆうき、最初誰の事を言っているのか分からなかったが、それが自分に向けられた言葉だと知るのにそう時間はかからなかった。
ゆうきと言う名前について考える暇もなく、青年は、目に涙を浮かべ、勢いよく自分に向かって抱きついてきた。
急な展開に自分もどうすれば良いのか分からずあたふたしていると、舟の前で待機していたサリエルがこちらに向かってきた。
「おい、お前さんはコイツの知り合いか?」
サリエルは自分の頭を指差しながら目の前の青年に問う。
「え?あ、はい、自分ゆうきの幼馴染です。」
「ふーん幼馴染ねぇ〜。」
いつまで経っても離さない青年を突き放す。
青年は何すんだよ、とでも言いたそうな顔でこちらを見つめている。
「……きみ、本当に俺の幼馴染なの?」
「なんだよ!俺のこと忘れっちまったのか?」
「いや、コイツ記憶喪失でね。生前の記憶がこれっぽちもないんだ。」
「えっ?記憶喪失?」
死後の世界で何思う? @omaehurenzu
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