イヤホン

可愛白兎(えのうさぎ)

イヤホン

イヤホンのイヤーパッドってわかりますか?


イヤホンの先っぽのほうについている耳に入れる部分のやつ。やわらかいゴムみたいなやつなんですけど。

プラスチックになっていて着いてないイヤホンもあるから、わからないかもしれないんですが、使ってる人ならきっと共感してくれると思うんです。


あれってよくなくなりませんか?

私だけかな……。


しばらく使っていると段々ヘタってきて、抜けやすくなっちゃうんですよ。

ポケットに鍵なんかと一緒に入れていると、引っかかってスポって抜けてしまった上に、鍵を取り出すときにポケットからも転げ落ちてしまう。


前は私もイヤーパッドがないタイプのやつを使っていたので、気にならなかったんですけど、アイフォンがイヤホンジャックを無くしちゃったじゃないですか。


しかたなく無線のやつを買ったんです。

イヤホンが独立してるのだとなくしちゃいそうなんで、昔ながらのコードタイプのやつにしたんですけどね。

耳に入れるところが、イヤーパッドだったんですよ。


耳の形に合わせて、大中小の付け替えができるんですが、こんな抜けやすいとは思ってなかったので、スペアは捨てちゃったんですね。


そしたら、ついにイヤーパッドをなくしちゃったんです。


上着もコートもズボンも全部のポケットを探したのだけど、見つからない。


まぁしょうがないなと思って、耳のところのやつだけ売ってないかなって家電量販店に探しに行ったら、これが売ってるんですね。

やっぱりみんなよくなくしちゃうのか、耳のフィット感にこだわりのある人がいるのか、いろんな種類売ってるんですよ。


でもね、大した金額じゃないんですが、なんかもったいない気がして、そのままにしておいたんですよ。

もともと音楽を常に聴いていなきゃならないタイプじゃないし、聴かなかったら聴かなかったで、別に気にならない。


そしたら不思議なんですけど、イヤーパッドって割と道に落ちてるんですね。


1週間に1回は遭遇するんです。


なんかちょっと不気味ですよね。

イヤーパッドを無くしてから、あちこちにポツンと落ちているなんて。


でも、ですね。

別に怖い話ってわけじゃなくて、心理学的な話なんですよ。

これってなんていいましたっけ?

心理学的になんとか効果って言って、赤がラッキーカラーとか言われたら、今まで気にならなかった赤いものがやたらと目についてくるみたいな……。


そうそう「カラーバス効果」。


実は怖くなって、そんなことあるのかネットで調べて知ったんですけど。


そのカラーなんとか効果で、イヤホンの耳に入れるゴムのところがやたらと落ちてるのに気づくようになったんです。


それを見るたび落とした人は同じような思いをしてるんだろうなぁと想像したりしてたんですよ。

なかったら困るけど、わざわざ買うほどでもないっていうか。


拾っちゃおうかなんて思ったりもしたんですが、やっぱり誰が使ったかも分からないし、耳に入れるものじゃないですか。


それは流石にないなと思っていたんです。


それがですね。


ネットフリックスを自宅で見ていたんです。

韓流ドラマのものすごく流行ってたやつ!

これがとっても面白くて途中でやめられないんです。

徹夜でぶっ通しで見ちゃいました。


翌朝、眠い目を擦って会社へ向かったんですが、電車で寝過ごして遅刻しそうになったんです、っていうか遅刻したんですけど。


でも、人身事故で電車が遅延して、遅延証明書が出たんでラッキーって感じで。

ズルして電車遅延で遅刻したことにしちゃいました(笑)


早く見たい気持ちを抑えて仕事してたんですけど、なかなか仕事が終わらない。

そんなこんなで帰りが終電間際になってしまったんです。


昨日も徹夜だし今日は流石に寝ないともたない。でも、見たい。


電車の中で見ればいいじゃないかと、駅のホームでスマホを取り出して見ようと思ったのですが、そういえばイヤーパッドがない。


イヤーパッドなしでつけてみるんですけど、ポロポロ落ちるし、どうも音が漏れている。


これは使えないなって思って、数百円をケチった自分を呪いました。

ふと、ホームの床を見るとイヤーパッドが落ちていたんですよ。


電車の中で音楽を聴く人も多いので、乗り降りするときにイヤホンを外してしまうからか、駅のホームに落ちていることが多いんです。


その日はラッキーだと思って、普段はそんなの絶対に拾わないんですが、拾っちゃったんですね。


今日は電車遅延で遅刻もセーフだったし、運がいいな、なんて。


電車がホームに到着したので、ドアが開いたらすぐに乗って、スマホを取り出しました。

早速、イヤーパッドをはめ込んだイヤホンを着けてネトフリを観るとやっぱり調子がいい。落ちないように押さえなくてもよいし、電車の雑音も気にならなくて集中できる。


ドラマもシリーズの中盤、ちょうど折り返しのところなんで、もう気になってしょうがないから、夢中で観ていたんです。


そしたら、いいところで、「ザザッ……ザザッ」って雑音が入るようになってきたんです。


無線のイヤホンなんでしばらく充電だけして使ってなかったというのもあって、電池切れちゃうのかなと心配になりました。


せっかくいいところなのに。


どんどんイヤホンの音が小さくなって、電車の音が聞こえるようになってきたんです。駅のアナウンスも聞こえて。


「電車がきますのでご注意下さい」ってやつが、かすかに。


駅に着いたのかと、顔を上げるとまだ次の駅までだいぶあるんですね。

ホームどころか窓の外は、地下鉄の壁がずっと見えている。


おかしいなって耳をすましてると、遠くで電車の警笛が鳴り響いているんです。

外から聞こえているんじゃなくて、イヤホンから聞こえているみたいなんです。


さらにイヤホンに集中して聞いていると、突然、何かがぶつかる衝撃音が聞こえたんです。


ドスンっと大きなものを2階から落としたような。


それからうめくような声も。


「ぃ……い。…た……ぃ」


聞き取ろうと、息を殺して耳をすましたら


「死にたくない!」


って耳元に男の大きな声が響いたんです。


私はびっくりしてイヤホン外して電車の床に投げ捨てて、隣の車両に走って逃げましたよ。


もう怖くて怖くて、駅に着いてからもダッシュで家に帰って頭から布団かぶって耳を押さえてましたよ。


もう、あの悲痛な男の叫びが耳の奥に残って消えないんです。


「死にたくない」って。


後で知ったんですが、あの日の朝の電車遅延はアレが落ちていた駅で起こったそうなんですよ。


サラリーマンがイヤホンをつけて大音量で音楽をかけてスマホを見ながら、ホームで電車を待っていたそうです。


何を勘違いしたのか電車が止まったと思い込んで、駅に入る電車に接触してしまったらしいんです。


むやみやたらと落ちてるもんは拾うもんじゃありませんね。


ああ。そういえば、私の投げ捨てたイヤホンどうなったのかが気がかりで。

誰かが拾って親切に遺失物として届けてくれたのか。

届けられていたって取りに行く気にもなれないですけどね。


それとも清掃のときにゴミとして処分されたのか。


それとも私みたいにラッキーと誰かに拾われて使われているのか……。


もしどこかにまだ落ちていても拾って使うことはお勧めしません。


だって今もイヤホンをつけると、あの男の叫び声が聞こえる気がするんですよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イヤホン 可愛白兎(えのうさぎ) @shir0usa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ