第16話・とんだ言いがかり



「はああ~。終わった──」


 西日が差す執務室。

王太子妃であるわたしの元へ、上がってきた決算報告書に目を通し、最後の書類にサインをし終えたときには、椅子に腰掛けたまま、大きく伸びをしていた。


「妃殿下」

「リラ……」


 側についている女官長のリラが、行儀が悪いですよと、窘めるような目を向けてくる。でも、これぐらいは許して欲しい。今朝から黙々作業してきたのだ。

 机の上に山と盛られた書類を見た時は、「これ、今日中に終わるの?」と、泣きたくなったけど。何とかやり終えて良かった。


「お茶をどうぞ。妃殿下」

「ありがとう。リラ」


 達成感に満ちた思いで頂く、お茶は風味が良かった。リラの入れてくれるお茶はとても美味しい。至福の時間に浸っていると、勢いよくドアが開いて驚いた。


「で、殿下?」

「おい、ルーナ」


 ノックもなくテレンツィオが入ってくる。ビックリしたので鼻の奥に、お茶が入りそうになっていた。それを何とか嚥下すると、テレンツィオが、つかつかと歩み寄ってきた。


「おまえ、ジータをどこにやった?」

「……ジータ? バスク子爵令嬢がどうしました?」


 彼は怒っていた。突然のことで頭を働かせるのに数秒かかった。彼女に何かあったのだろうか?


「おまえが彼女を隠したのか? 一昨日から彼女の姿が見えなくなった」

「隠した?」


 テレンツィオと顔を合せたのは、あの3ヶ月前の夜会ぶり。久しぶりに妻のもとを訪れたかと思えば、物騒な言いがかりを付けてくるものだ。彼女と喧嘩でもした? それで彼女がいなくなった? 


「リラ。何か聞いている? バスク子爵令嬢は休暇だったの? 外出届とか、帰省届を出していた?」

「いえ。彼女は本日休暇にはなっておりませんし、届けも上がっておりません。これはゆゆしき問題ですね。女官長であるわたくしに報告もなく勝手に外出、または帰省されているとなれば処罰ものですが? それに一昨日から姿が見えないと殿下は言われましたが、その事をどうして、女官達を総括する立場にあるわたくしに、報告が回って来ていないのですか?」


 リラ女官長から咎められたが、感情にまかせて乗り込んで来たらしい殿下は、それには無視を決め込んだ。


「宮殿内のどこかに、彼女が監禁されている可能性がある。取りあえずルーナ、おまえの部屋を見せろ」


 テレンツィオは、有無を言わさずわたしの部屋の開示を求めてきた。彼はわたしを疑っていた。痛くもない腹を探られて不快には思ったが、このような状態の彼に何を言っても無駄なのは良く分かっている。彼の好きなようにやらせることにした。


「お好きなだけどうぞ」


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